第19話 異世界には個人情報保護法はありません

「依頼、達成です !」


 受付印を押したところで五つ目の鐘が鳴った。

 と、新人は首根っこを引っ張られて、先輩案内人に思い切り頬を叩かれた。


「何、余計なことしてるのよっ !」


 跳ね飛ばられた新人は頭をどこかにぶつけたのか、倒れたまま動かない。


「全員、解雇 !」


 階段脇から野太い声が響いた。


「仕事放棄とはやってくれるじゃないか。朝っぱらから問題を起こして、最後の〆がこれか。余程仕事をしたくないとみえるな」

「ギルマス・・・」


 いつの間にかギルマスが腕組みをして仁王立ちしている。


「俺が何も気づかないとでも思っていたか ? ここ何年かの貴様らの仕事ぶりは目に余る。こちらが口を出さないのをいいことに、やりたい放題だったな。だが残念ながら調べはついている。今この場で立ち去るか、憲兵に突き出されるか、さあ、好きな方を選べ」

「今あたしたちが辞めたら、受付はあの子一人になっちゃうじゃないですか。いいんですか。困るのはギルドですよ」


 気の強そうな案内人が首になるわけがないという顔で言う。

 他の女性も同じように頷いている。


「おまたせしました。お久しぶりです、ギルマス」


 その時、奥の扉が開いて、ドヤドヤと入ってきた人たちがいた。

 若くはない、それなりの年齢のご婦人たちだ。


「おお、すまんな、呼びつけて」

「いいんですよ。小娘たちがいろいろやってるって噂は聞いていましたからね」

「お世話になったギルドの危機ですから、力いっぱい働かせていただきますよ」


 現役たちの顔が引きつっている。


「先輩、何で・・・」

「子育ても終わったしね、再雇用してもらうことになったんだよ」

「ずいぶんと好き勝手したようね。恥を知りなさいよ。案内人の風上にも置けないわ」


 新人の頃に指導してくれた先輩たちがズラリと並ぶ。

 エリカとアンナには何が起こっているのかよくわからない。


「もう一度言うぞ。全員、解雇だ。とっとと出ていけ」

「そんな ! あんまりです !」

「今日までの給金は払ってやる。横領した分も目をつぶってやる。それ以上欲をかくと牢屋が待っている。さあ、ギルドの外で憲兵隊が待機しているぞ」


 今この場でギルドの建物から退去せよ。

 そう言われた案内人たちは、私物を持つことなく正面玄関から外に出される。


「・・・覚えていなさいよ。こんなことされて、世間が黙っていないわよ」


  案内人のリーダーが睨みつけて言う。

 

「世間がどう言うか、それは身をもって知るんだな」


 ギルマスはフンっと鼻を鳴らして言う。

 先輩案内人たちはザッと散らばって。私物を確保する。

 冒険者たちがそれを外に出していく。


「ギルマス。今、解雇された人たちの情報をいただけます ?」


 アンナが無表情で告げる。


「問題ないが、何をするつもりだ ?」

「まだ自分たちに理があると思っている人たちに思い知らさなければいけません。名前と何をやったかを教えてください」


 ギルマスが解雇された女性たちの履歴書と調査の一覧を渡す。


「それは後で返却してくれ」

「ギルドにご迷惑をおかけしないとお約束いたしますわ」


 アンナの目がきらりと光った。



 翌日の午後。

 解雇された案内人の一人が新しい職を求めて街を行く。

 案内人をしていたら、どこで求人をしているかぐらい知っている。


「え、何で雇っていただけないんですか」

「何でって、あなた、信用ないもの」


 何軒目かでも断られてさすがにこれはないだろうと思った。

 ギルドの案内人といえば教育されて使える人間。

 商店であれば喉から手が出るほど欲しい人材なはずだ。


「信用って、私はしっかり働いてきました」

「本当に自分でそう思ってるの ? 依頼達成の金額を少なく提示して差額を懐に入れていたわよね。お気に入りのパーティには実入りの良い依頼を教えておいて、それ以外のには少ししか稼げない依頼を渡していたでしょう。それと新人の訓練にとても達成できないようなのを割り振ったわよね。そんな人を雇ったら、何をされるかわからないわ。危ない人はお断り」


 とっとと出ていって、と外に出された元案内人。

 呆然としていると街の人たちが自分を見てコソコソと話しているのが聞こえる。


「瓦版、いかがですか」

「いえ、私は」

「お代はいりません。どうぞ」


 瓦版売りは一枚を押し付けて行ってしまった。

 何気に渡された紙に目を通してみると、そこには信じられないものが書いてあった。


「なんなのよ、これっ !」


 昨日の冒険者ギルドでの出来事。

 そして解雇された案内人全員の名前と罪状が一覧表になっている。

 もちろん彼女の名前もある。


「誰がこんなことを・・・」


 世間がどう言うか、それは身をもって知るんだな


 ギルマスの言葉が頭に響く。

 瓦版には冒険者ギルドは彼女たちの子供の代までの親族を雇わないと書いてあった。

 つんだ。

 もうここでは生きていけない。


 その週のうちに何軒かの家が王都を出ていった。

 人気のあった商売をしていた家もあったが、あっという間に客足が途絶え廃業に追い込まれた。

 今回は憲兵隊に引き渡されはしなかったが、やっていたことは犯罪だ。

 犯罪者の家族は雇っていられないと首になった者もいた。

 彼らは遠くの街を目指す。

 王都での悪評が届かない場所へ。

 これから先何十年も禊をして過ごすのだ。

 いつか再び王都に戻ってくることを夢見て。



「すまんかったなあ、巻き込んじまって」


 騒ぎの翌日、アンナとエリカはギルマス執務室に呼ばれた。


「何があったかわからず驚いただろう」

「はい、でも頂いた資料を読んで納得いたしました。ずっと前から計画はあったんですのね」


 昨日預かった資料を返しながらアンナが言う。


「初日あんなに親切だった人たちがいきなり敵意を向けてきたのですもの。おかしいと思わない方が変ですわ」

「女の勘って言うか、前の日にかなり煽ったんじゃないですか。目つきが普通じゃなかったですもん」

「あの一瞬でよくそこまで読んだな。お前たち、本当に見た目通りの年齢か ?」

「六十才ですわ」

「あたしは七十です」


 冗談も上手いな、お前たちは。

 ギルマスは豪快に笑うが、伊達に前世で何十年も女をやってたわけじゃない。

 専業主婦だってある意味、妬みと嫉みに包まれた世界だから、実力ちからで黙らせられなければ消えるしかないのだ。

 男は外に七人の敵がいるというけれど、女なんて百人くらいざらにいる。

 あの程度の嫌がらせなら大したことじゃない。


「お前たちが帰ってから冒険者たちが協力して煽らせてもらった。最初の内はニコニコと聞いてたんだがな、そのうち醜い顔になっていったよ。怖いな、女は。数秒で意見を変える」


 翌日はさらに範囲を広めて一日中『霧の淡雪』の評判を聞かせた。

 年若いのに衣装センスは抜群。

 気品があって礼儀正しくて、だからと言ってお高くとまっていない。

 物を見る目も確かで、最高級の薬草を採取してきた。

 なにより若さと新人らしい初々しさがたまらない。

 等々。


「よくもまあ、そんな心にもない煽りを」

「その噂、消してくれるんですよね ? そんなにハードル上げてくれちゃ困ります」

「はー、どる ? なんだ、それは」


 エリカはそういえばここ異世界には陸上競技ってないよねと思い出した。


「越えなきゃいけない壁ってことです」

「嘘は一つも入ってないぞ。ちょっとばかし大袈裟に言っただけだ。否定は自分たちでやってくれ」

「何を見習に丸投げしてるんですか。ちゃんと仕事をして下さい」

「いい大人が無責任でしょう。ギルマス業務ってそんなにいい加減なことで務まるんですの ?」

「もう一度聞くが、お前ら本当に十五才なんだよな ?」


 おふくろに叱られているみたいだとギルマスは汗を拭う。


「ところで瓦版、よく伝手があったな」

わたくしは上級貴族の娘ですわよ。子飼いの瓦版工房の一つや二つ持っていますわ。今回はお借りした情報から住所、氏名、年齢とやっていたことを一覧表にして、号外として無料配布いたしました」


 特急で作らせたから、お昼前には城下町のあちこちで配られた。

 もう王都で彼女らを雇うところはない。


「個人情報だけど、いいわよね」

「個人情報保護法なんてこちら異世界にはないのよ。気にするだけ無駄」


 コソコソと訳の分からないことを話している娘たち。

 もしかしたら王都冒険者ギルドは物凄い大物を釣り上げたのかも知れない

 ギルマスはこの新人たちをどう育てようかと考えを巡らせた。



 カタンと音がして、皇太子執務机に羽根に結びつけられた文が届く。

 金髪の青年はそれを手に取ると羽根の根本を見る。


「赤、緊急案件ですか」

「何があった、ライ ?」


 解いた文を読むライの顔は強張っている。


「動きましたよ、総裁が。王宮侍女が数名行方不明です」

「エリカたちに食材を届けていた娘たちか ?」


 広げて渡された文を読むファー。

 こちらも表情がきつくなる。


「人手が足りない貴族の屋敷に臨時で派遣。だがその屋敷に本人たちはおろか馬車も到着していないとは」

「馭者は間違いなく屋敷近くで降ろしたと言っています」


 だがそれっきり行方が知れない。

 侍女たちについていたお庭番からは、突然姿が消えたと報告があった。

 そしてたまたま城下町にいたお庭番は、突然現れたと言う。

 今は城下町の隅っこの屋敷にいるとのこと。

 お庭番数名が常時監視している。


「お庭番の調査では貴族街ではなく城下町にいるそうですが、移動方法がわからないようですね」

「貴族街の門を通らずに城下町になんて、そんなことできるのか」


 門では出入りを厳しく控えている。

 ナアナアで済まされることはなく、所属と氏名はもちろん、目的も書いて提出しないと通してもらえない。

 そこをどうやって ?


「あ」

「まさか」


 二人の脳裏に浮かんだのは、例の二人の少女の顔だった。

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