第18話 砂漠の狐作戦・女の敵は女

 冒険者見習の二日目。

 本日は配達の訓練。

 依頼の品を届けるだけだ。

 依頼書に受け取りのサインをもらって、夕五つの鐘までに戻ってくる。


「おい、おかしいじゃないか ! これは一日で戻って来られる距離じゃないぞ !」

「と、言われましても」


 こちらも新人の案内人が困ったように言う。


「私が先輩に指示されたのはこれなんです。他には聞いていません」

「はあぁぁっ、その先輩って誰かな ?」


 新人が後ろを振り向くと他の案内人はそそくさと横を向く。

 配達の訓練はその日のうちに戻ることが出来なければやり直しとなる。

 当然減点となり、正規の冒険者になっても昇格が厳しくなる。

 ライとファーが大きな声で抗議した結果、ホールにいる冒険者全員が見習冒険者が一日でこなせない訓練を課せられたのを知っている。

 新人いじめだ。

 だが、それは先輩冒険者がすることで、まさか中立の案内人がするとは。

 

「えげつないよな。『黒と金』の対番になったのをやっかんでんじゃないか」

「まさかこんなことをするような嫌な女だとは思わなかったぜ」

「止める奴はいなかったのかよ。最低だな、案内人」


 デュオ『黒と金』は高位冒険者。

 稼ぎ頭の一つで顔もいい。

 酒癖も悪くないし、案内人の女性たちとしては結婚相手として有力候補のトップだった。

 それがいきなり成人してすぐのような少女たちを対番、妹分として連れてきた。

 案内人たちも最初は期待の街専まちせんとして歓迎していたが、二人があまりにもあからさまに少女たちを気遣うし、服装も華やかで顔だちも可愛らしい。

 何とも言えず妬ましくなって、ちょっとだけ足を引っ張ってやろうという気持ちになった。

 運の良いことに今日の配達の依頼はあれ一つだ。

 本来そういう時は別の訓練に変えるのだが、そちらにも丁度良いものがなかった。

 しかたがない。

 これをやってもらおうということが朝礼で決定した。

 案内窓口の騒ぎを無視して、少女二人は依頼書と壁の地図を見ながら何やら相談している。


「んー、となると、ここをこう行く ?」

「で、ここはこうよね。それが一番早いんじゃないかしら」

「じゃあ帰りはその逆で決まりね、アンナ」


 カウンターとホール内は一触即発の雰囲気だったが、当事者の冒険者見習は本日の行動予定を決定したようだ。


「ライ、ファー、出かけましょう」

「急がないとお昼ご飯を頂く時間がありませんわよ」

「はあ ? 何言ってんだ二人とも。課題の差し替えを要求しないと・・・」

「必要ないわ」


 少女たちはすでに荷物を受け取っている。

 

「ねえ、ファー。砂漠の狐って知ってる ?」

「いや、知らない。どこかの魔物か何かか ?」


 エリカはそうよねえと笑う。


「遠い国の名将のあだ名。常勝将軍とも呼ばれていたわ。まあ、実際は負けたこともあるんだけど」

「そいつとこれが何か関係あるのか」

「まあね、何でその人が勝ち続けたか。それは勝てない戦はしなかったからよ」


 ホールの中がはてなマークで埋まる。


「つまり負ける戦は避けて、勝てる戦しかしなかったの。この依頼も同じよ」

わたくしたちはちゃんと夕五つの鐘が鳴り終わるまでに戻ります。ご心配なく」


 新人いじめの配達訓練。

 正々堂々と受けて立つ。

 そして勝つ。

 見習の少女たちは大勢の先輩冒険者の前で高らかに宣言した。

 

「売られた喧嘩を高値で買わないなんて、乙女がすたるというものよ」

「これは女の闘いです。殿方は口出し不要。ただし !」


 エリカがその後を引き継いでビシッと案内人たちを指さす。


「無事に依頼を終えられたら、あたしたちの願いを一つずつ叶えてもらうわ。いいわね ?」

「あ、そうだわ。これも」


 アンナが机の上にポンとお金を出す。


わたくしたちの勝ちに賭けますわ。胴元がどなたか存じませんけれど、儲けの一割は頂戴しますわね」

「なんで賭けが始まるってわかるんだ」

「ウフフ、掛け金の上限はあたしたちと同額で。健全に遊んでね。じゃ、行きましょう、アンナ」


 ポカンとしていたファーとライだったが、慌てて二人の後を追う。

 もちろんその前に新人の勝ちに賭けておく。

 四人が去った冒険者ギルドはザワザワしながらも一人が胴元に名乗りを上げ、賭けが正式に始まった。

 

 ◎


「おい、大丈夫なのか、こんな依頼を引き受けて」


 配達。

 王都で前日発行された全ての瓦版を王城まで配達するという物。

 これは通常依頼で、時間はかかるものの楽な仕事で街専まちせんの中では人気がある。

 王宮からの依頼なので日給も高い。

 だが城下町の真ん中にある冒険者ギルドから王城まではかなりの距離がある。

 チェックポイントとして城下町と貴族街の間の門、王城の門と二か所ある。

 そして王城に入っても、目的の場所までは結構な距離があるのだ。

 だから依頼完了報告は翌日でいいことになっているのだが、それを夕方までに済ませてこいというのだ。

 

「ファー、忘れてるんじゃない ? あたしたちがどうやって王宮を脱出してきたか」

「? あっ !」

「そういえば !」


 ファーとライはあの地下を疾走するトロッコを思い出した。


「そうか、あれを使えば」

「なるほど。考えましたね」


 少女たちは先輩の手を取ってどこやらへ連れて行く。

 多分その先に地下通路が隠されているのだろう。



 地下通路の出入り口は城壁の中にあることが多い。

 決して壊されることも塞がれることもないからだ。

 上で警備をしている兵に見られる恐れもあるが、そこはきちんと目隠しになるように設計されている。

 この通路は王都と共に発展していった。

 どの王が始め、どの王が拡張していったのか。

 それは少女たちも知らない。

 ただ目の前に丁度いいものがあった。

 それだけだ。


「王城だな」

「王城ですね」


 貴族街の手前で地上に出て、門をくぐった後もう一度地下に潜る。

 そして王城手前で再び外に出る。

 お昼前には王城の通用門にたどり着いた。


「言ったでしょ ? 勝てない戦はしないって。これ、人生では大事なことよ」

「なんだか人生経験豊富みたいな言い方だな」

「あら、そうかしら」


 通用門で依頼書を見せて通行証をもらう。

 外部のものはこれを首からかけていないと捕まって牢屋にポイだ。

 以前その日の服に合わないとポケットにしまっていた納入業者が、即座に捕まり一晩留め置かれたのは有名な話だ。

 もちろんその後御用達から外されている。


「こういうの首からかけるって、かっこいいよね。なんでわざわざ隠したんだろう」

「かわいい服を着て侍従に近づきたかったそうだ。低位貴族が多いから結婚相手に狙っていたらしい」

「はあ ? 馬鹿ですの、その人。低位貴族だからと言って、嫡男が侍従職に着く訳がありませんのに」


 アンナはあきれた顔で目的の部署の扉を叩く。


「冒険者ギルドから参りました。お届け物です」

「はい、どうも。今日は早いね」


 部屋から職員のお仕着せに包んだおじさんが現れた。


「新人さんかい ?」

「はい、今日で二日目です。よろしくお願いします」


 おじさんは依頼書にサラサラとサインをする。


「応援してるよ。またおいで」

「はい、ありがとうございます」

「がんばります」


 頂く物を頂いた二人はそそくさとその場を後にする。

 扉の上には部署名の書かれた札があった。


宗秩省そうちつしょう



 宗秩省そうちつしょう総裁は入り口からチラチラ見えた赤い帽子に気が付いた。


「今のはなにかね ?」

「瓦版の配達ですよ。今日は新人が訓練で来ました。同じ配達でも可愛い女の子が持ってきてくれると気分があがりますね」


 総裁は荷物なんて中身が無事なら誰が配達しても同じだろうと思う。

 

「誰かこれを侍従課に届けてくれたまえ」

「閣下、私が」

 

 職員が書類を受け取り部屋を出る。

 これで半分は始末がついた。

 残りも直に済む。

 あと少しの辛抱だ。

 総裁は執務室に戻っていった。



 冒険者ギルド。

 夕の鐘四つが鳴り終わった。

 見習デュオ『霧の淡雪』が戻ってきたのは昼の三つの鐘が鳴り終わってしばらくしてから。

 対番を銜えた四人が現れた瞬間、全ての受付窓口が休止中の札をおいた。

 そしてそれから一時間、まだ受付業務は再開していない。


「先輩、どうして窓口を開けないんですか。もう随分冒険者さんたちが戻ってきてますよ」

「いいのよ。今はこちらに罹り切りなんだから。冒険者なんて待たせておけばいいの」

「でも・・・」

「ほら、あんたもそれを終わらせちゃいなさい。こういうのは集中してやらなくちゃね」


 先輩に言われて新人は渋々先月の依頼の報告書をまとめる。

 冒険者ギルドのホールには次々と依頼を終えた冒険者たちが戻ってくるが、それでも窓口を開ける気配がない。


「おい、いい加減に開放しろよ ! こっちは早く帰りたいんだよ !」

「その作業は空いてる時間にやる奴じゃないか !」

「こっちはもう一時間も待ってるんだよ !」

「つか、この子たちは三つの鐘から待ってるんだぞ ! なんでこんなに待たせるんだっ !」


 三つの鐘から。

 朝の騒ぎを思い出す。

 つまりこれは、見習たちの受けた依頼を失敗させようという案内人たちの仕業。

 それに気づいた先輩冒険者たちは一斉に怒りの声をあげた。


「貴様ら、何を考えてるっ !」

「窓口を開けろっ ! 依頼完了を受け付けろっ !」

「自分たちが何をしているのかわかってるんだろうな !」


 その時、夕五つの鐘が鳴り始めた。

 

「何が何でも受け付けないつもりか」


 受付の奥では見習が先輩に書類を渡している。

 チラチラとこちらを見ている。

 見習少女たちはジリジリと窓口に近づいていく。

 二つ目の鐘がなった。

 そして三つ目。

 四つ目の鐘が鳴った時、新人受付嬢が先輩の机の上にあった『完了』のスタンプを掴んで窓口に飛びついた。


「お願いします !」


 少女たちはすかさず依頼書を窓口に出す。

 新人はそれに大きくスタンプを押した。


「依頼、達成です !」


 五つ目の鐘がなった。

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