第17話 あったことのないお方に関する考察

 翌日。

 ファーとライは正規の依頼で留守なので、エリカとアンナの冒険者稼業はお休みである。

 顔役はお仕事。

 お弁当を持たせて送り出す。

 二人は任された家事を始める。


「いちおう掃除はしてあるけど、やっぱり男の仕事よね」

「埃ははたいてるけど、物をどかしていないから跡がばっちり残ってるわ」


 男の人って大掃除は徹底するけど、日頃のお掃除は適当よねと、少女たちは家中を片付け始める。

 私室だけは大事な書類があるから入らないでくれと言われた。

 まあ、大の男が隠しておきたい物の一つや二つや五つや六つはあるわよねと、詮索せずに笑顔で了承した。

 エリカは前世では五人の子持ち。

 うち四人は男の子だった。

 どんなものがあるのかは大体の想像がつく。


「そういえば、アンナはお嬢さんと『エリカノーマ』シリーズをずっとやってたのよね ?」

「ええ、でも見たのはオープニングとエンディングだけ。後は娘の中間報告を聞いてたわねえ」

「じゃ、じゃあさ、聞くけど」


 エリカは意を決してずっと聞きたかったことを質問する。


「皇太子殿下のスチルって、見たことある ?」

「スチル・・・絵のこと ?」

「そう、皇太子殿下の顔、見た ?」


 エリカがプレイしたのは一番最初に出荷されたオリジナル。

 とにかく何にもしないゲームだった。

 ポイントを振り分けるだけで皇太子妃を目指すその先は、選ばれた後に皇太子景品との対面がある。


 きれいな曲の途中で画面が変わる。

 開かれた扉の向こうに一人の男性の姿が現れる。

 そして彼はこう言うのだ。


「待っていたよ。私の天使」


 その姿は逆光で見えない。

 多分、短髪で高身長らしいことだけはわかる。

 ゲームはそれでエンディングを迎えスタッフロールが流れる。

 最後は攻略対象者に囲まれたエリカノーマとシルヴィアンナの笑顔。

 と、後ろ向きの皇太子殿下の影。


「もうねっ、サブいぼ湧いたわっ ! 何あれ、私の天使って !」

「やめて、エリカ ! それ、もう二度と聞きたくないんですけどっ ! って言うか、聞きすぎて飽き飽きしてるんですけどっ !」


 このセリフ、ヒロインであるエリカノーマが皇太子妃に選ばれたときにだけ流れる。

 ライバル令嬢であるシルヴィアンナが皇太子妃になった時には出ない。

 シルヴィアンナの手を取る皇太子の肩から先だけが映る。


「皇太子妃候補になった時は、わたくしが『シルヴィアンナ』でよかったってホッとしたわ。あのセリフを聞かなくてすむって」

「あたしは逆になんで『エリカノーマ』かって呪ったわよ。もし選ばれちゃったら、あれ、聞かされるのよ。勘弁してよ」


 エリカがあれをプレイしたのは一度だけ、それも三十年も前。

 それでもこの年まで記憶に残るほどのインパクトがあった。

 そしてその後のゲーム機の変化で、今はイケボ付きである。

 破壊力が半端ない。

 そして主婦としてはそのたった一言の出演に、ゲーム会社は声優さんに幾ら払っているのだろうと気にかかる。

  

「で、結局その後のシリーズでも皇太子殿下は出てこなかったの ?」

「ええ、もうわざとらしいくらいに出なかったわ。攻略対象の美青年と美少年はどんどん増えていったのに、肝心の殿下がねえ。あれじゃ一生結婚できないんじゃない ? あ、でも、そういえば」


 娘の誕生日プレゼントに買った最新作。

 あれのキャッチコピーは『皇太子、降臨 !』だったはずだ。


「ついに出るのね。で、プレイしていないと」

「引退したら娘とゆっくりやろうと思ってたから・・・」

「アンナぁ、お嬢さんってファンなんでしょ ? 発売日に買ってファーストプレイはもちろん、二周目三周目やってるんじゃない ?」

「わあぁぁっ、それ、思いつかなかったっ !」


 何たる失態。

 そういえば公演準備で早朝家を出て、深夜に帰宅する生活だった。

 そうでなければ夕食準備からお片付けまで、娘の報告を延々と聞かされていたはずなのだ。


「あのセリフは聞きたくないわ。でも、あのセリフを言われてるところは見たいのよ。エリカ、がんばって !」

「いやいや、そこはアンナでしょう。だってシルヴィアンナは皇太子殿下の顔をちゃんと見てるはずだもん」


 面倒くさいことを押し付け合いながらも、掃除の手は休めないのは主婦だから。

 ちなみにアンナ情報として、一番最初に消えた攻略対象以外はここでは見ていないそうだ。

 山のような美形、見てみたいのに無理みたい。



「失礼いたします、殿下。宗秩省そうちつしょう総裁が報告に参っております」

「通せ」


 王宮侍従に案内され、壮年の総裁が現れた。 


「お妃候補の様子はどうだ」

「二人のうち一人は順調でございます、殿下」

「男爵令嬢だったか」


 さようでございますと総裁が返す。


「先日も伝えたが、もう一人の候補の評価ができない段階で決定はしないように。どちらにも平等に機会を与えたい」

「もちろんでございます。ですが、部屋から出てこない以上、評価のしようがございません。また人とうまくやっていけないと言うことは、未来の皇后陛下としていかがかと」

「それを決めるのはそなたではない。出てこないと言うことは、本人にとってそれなりの理由があるからに違いない。若い娘のことだ。もっと気遣ってやるように」


 承知いたしましたと辞しようとする総裁を青年が呼び止める。


「男爵令嬢の名前はなんだったか。こちらには報告があがっていないが」

「それは申し訳ございません。こちらの手違いでございます。男爵令嬢の名はエリカノーマ、もう一人の名はシルヴィアンナでございます」


 どちらにも自分からねぎらいと励ましを伝えるようにと言う金色の髪に、総裁は深々と頭を下げて帰っていった。


「笑えるな、ライ」

「そうですね、ファー。まさかこういう事になっていたとは思いませんでしたよ」


 少女たちの前での冒険者姿と違い、二人は髪をきっちりと整え貴族としての装束を身に着けている。

 ファーは大きな執務机によりかかって、庭園管理部から送られた書類をパラパラとめくる。


「男爵令嬢は養女。それはいい。だが、皇后になれるのはこの国生まれの女性だけだ。外国からの移民では法に反する。当然他国の王女も無理だ。それはあの馬鹿も知っているはずなんだがな」

「何軒もの家を養女として渡り歩いて、戸籍をきれいに出来たと思っているのでしょうが、この国はそれほど甘くはありませんよ」

 

 庭園管理部は優秀だ。

 宗秩省そうちつしょうの子飼いよりも。

 それにしてもと執務机に肘をついてライが続ける。


「自分が引き籠っていると知ったら、アンナはなんて言うでしょうね」

「扉をぶち壊して引きずり出すんじゃないか ?」

「中に人がいればですがね」


 そしてあの長い棒でビシバシと説教するに違いない。

 クスクスと笑うライにファーは報告書を渡す。


「教師二名だが、出立前に一緒に食事をしているのが確認されている。店を出た後に行方不明だ」

「王都を出ると言って出かけたのに門をくぐった記録がない。これはギルマスから頼まれた依頼と似ていますね」


 冒険者ギルドのギルドマスターからの依頼。

 修道院に入ると馬車で出た貴族の娘。

 離れた街に奉公に出された子供。

 何人かが同じように王都を出ることなく消えている。

 探し人の依頼として別々に出されたものだが、根は同じではないかとの疑いがあると言う。


「もし教師が口封じで消されたとしたら、次は生活物資を届けていた侍女たちと拘束する予定だった警備兵か。どちらも彼女たちの存在を知っている」

「女性は噂話が好きですからね。口外しないように言われていてもフッと口にしてしまうかもしれない。今日で三日。そろそろ動きがあると思いませんか」


 ライは天井に顔を向ける。


「彼らを見ておいてください。全員でなくてもかまいません。それと宗秩省そうちつしょうについても注意しておくように」


 カタンと音がして気配が消える。


「命だけは、守りたいと思いますよ」

「ああ、命令に答えようとした者たちだからな」


 あの少女たちは今何をしているだろうか。

 大人しくスラム街で過ごしているだろうか。


 そのころ二人は室内清掃を終え、小さな裏庭の草むしりをしていた。

 逃亡三日目は穏やかに過ぎていく。


「アンナは上級貴族貴族のご令嬢でしょう ? リアル皇太子殿下にお会いしたことはないの ?」

「十六になって成人の儀が終わるまでは公式の表に出てはいけないの。それに皇族の方々の御絵ごえいなんて出回ってないわよ。そんな恐れ多い」

「うーん、ますます気になるわね」

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