第16話 することもないので冒険者を始めます

 昨夜は気分転換でたくさん料理をした。

 昨日までは渡された食材と家庭菜園で採れた野菜を使うしかなかったけれど、顔役が色々買い込んでくれていたのと、地下通路に隠しておいた味噌や醤油を持ち込んでで好き放題させてもらった。

 顔役は「こんな美味うまい物食ったことがない !」と感激してくれた。

 朝一番に出かけて焼きたてパンを買ってくる。

 簡単なスープとサラダと卵。

 またまた感動してくれた。


「それで今日はどうするんだ ?」

「今日から冒険者見習で勉強。身分証明はもらったけど、本当はダメだから、早く正式な冒険者になれって」

わたくしたち、戦えないでしょう ? だから街専まちせんっていう王都内だけのお仕事になるんですって。良かったわ。剣は苦手なの」


 魔物の討伐するのが冒険者に思われているけれど、実はそれ以外の依頼もたくさんある。

 エリカたちが受け持つのはそういう細かい仕事。

 冒険者的には一ランク下に見られるけれど、実は結構依頼が多いのだ。

 かっこいい目立つ仕事ではないけれど、大切な依頼だ。


「おじ様、今日からはわたくしたちが食材を調達いたしますわ」

「ここに住まわせていただけるんですもん。おじさんは何も買ってきちゃダメよ ?」


 スラムの物価は高い。

 城下町の卸業者が集まる市場では、スラムの業者とわかると倍の値段で売りつける。

 そこで手分けして一般向けの店から小売値段で買うしかない。

 そこに儲けを上乗せすればどうしても割高になる。

 そこで安い食材を外から買ってこようというのだ。


「うーん、気持ちは嬉しいが、それはやめてくれ」

「あら、何でですの ?」


 顔役の困り顔にアンナが聞く。


「スラムの店はな。誰がどれだけ買うか知ってるんだ。だからその日に売り切れる分しか用意しない。俺が買わないと品物が余る。それだけ儲けがなくなるんだ」

「・・・」

「俺はいつもより二人分多く買うと言ってある。昨日は残りそうなものを売ってもらったが、今日からはきっちり三人分だ。街の連中の為に、頼む」


 そういう事情があったのかと、少女たちは顔を見合わせる。

 そういえばエリカの父が卵をスラムから購入するきっかけも、安くて質の良い卵があるとの噂からだった。

 なんのことはない。

 スラムの業者は卸値を叩かれて、通常の半額以下で買い取られていた。

 スラムの物など自分たち以外の誰が買うんだ。

 引き取ってもらえるだけ感謝しろ。

 その話に激高したエリカ父が、スラムの養鶏場と専属契約。

 専属と言うこととかなり質が良いことで、通常の卸値に上乗せした金額で取引している。

 ちなみに前に取引していた店は潰れている。

 スラムの卵を別の業者の物と偽って販売していたことで信用を無くした結果だ。


「養鶏場はこの街の公共事業だから、おかげで街の整備にお金がかけられる。今冒険者ギルドの支社を作れないか検討してもらっているんだ」


 そういう事情なら仕方がない。

 いきなり飛び込んできたのだからと、生活費は受け取ってもらう、家事は任せてもらう、スラムで買えない物は外で買う。

 この条件をなんとか受け入れてもらった二人だった。



 スラムを出てから裏道で帽子を変える。

 ここからは見習冒険者の『霧の淡雪』だ。

 ライとファーは迎えに来ていなかった。

 何か用事でもあったのだろう。

 ギルドに向かうまで、二人は随分と声をかけられた。


「新人さんかい ? 」

「素敵な帽子だわ。がんばってね」

「早く一人前になれよ」


 その声に「ありがとうございます」「がんばります」「よろしくお願いします」と笑顔で応えていく。


「ねえ、アンナ。あたしたち、めだっちゃいけないんじゃなかったかしら」

「そうよね。おかしいわ。どこで間違ったのかしら」


 時折かけられる声援に笑顔で手を振りながら、少女たちは冒険者ギルドの扉を開けた。


「お、期待の新人が来たぞ」

「可愛いなあ。街専かな ?」

「いいなあ、あの帽子」


 ここでもなんだか注目を浴びている。

 受付に並んで順番が来るのを待つ。

 やっと番が来たと思ったら後ろから声をかけられた。


「エリカ、ごめん、遅くなった」

「二人だけで無事に来られましたか、アンナ。危ない目にはあいませんでしたか」


 息を切らしてやってきたのはファーとライだった。


「おはよう、ファー、ライ」

「おはようございます。特に問題はございません。お二人とも落ち着いてくださいな」


 案内人のお姉さんが遅刻はダメですよと笑った。


「それでは今日から基礎訓練を始めてくださいね。不可ふかのお二人は討伐などはなさらないということで、街専まちせんと呼ばれる括りになります。街の人たちからの依頼を受ける何でも屋さんのことです。対番のお二人とは違う仕事になりますが、基本対番は見守るだけですから問題はありません」


 お姉さんは後ろの棚から用意してあった紙を取り出す。


「基礎は採取、配達、家事、育児、家庭教師の五つです。依頼があるのは配達や家事で、採取は討伐系の方が受けることが多いです」

「では採取は今回のみということでしょうか」


 そうですね、とお姉さんがうなずく。


「王都の外に出るので危険もあります。身を守れる人でないとお願いできないんですよ。採取の訓練のときだけ討伐の人が付きますが、対番のお二人がいれば大丈夫でしょう。では『霧の淡雪』さん、いってらっしゃいませ」



 その日の訓練は割と簡単に済んだ。

 依頼は薬草と血止め草を十本一束で五束ずつだったが、エリカたちはここ数か月の『探検』で群生地を掴んでいた。

 

「穴場だな、ここは」

「よく知っていましたね、こんな場所を」


 先輩冒険者のびっくり顔に少女たちはドヤ顔で応える。


「家庭菜園で育てるハーブを探していて見つけたの。どちらも料理に使えるもんね」

「ただこうやって自然に生えている方が美味しいのよね。だから土ごと運んで屋敷の裏とかに放置したの。今では立派に育ってるわよ」


 王都の外は魔物が出る。

 だから外に出るときは必ず冒険者の護衛を頼む。

 少女二人だけでよく今まで無事だった。


「あら、平気よ。知ってた ?」

「城壁からあまり離れなければ、魔物は近づいてこないのよ。なんでかわからないけれど」


 城壁の上から攻撃されるって知ってるからかしらねえ、と二人は笑う。


「あの、良かったら一度、菜園の様子を見て来てくれる ? わたくしたちがいなくなくって、八つ当たりでメチャクチャにされていないか心配なの」


 そういうアンナにライが笑顔で告げる。


「あの屋敷周辺は立ち入り禁止になりましたよ、アンナ」

「まあ、本当 ?!」


 質の良い薬草を選んでいたアンナがパッと顔を輝かせた。


「言ったでしょう、庭園管理部の長期依頼を受けてるって。昨日あれから報告して、今朝入れないようにしてきました」

「屋内は荒らされていたが、地下室の仕掛けはバレていないようだ。特に荒らされた感じはしなかったぞ。まあ、入りたくなかったんだろう」

 

 家庭菜園も無事だったと聞いて少女たちはホッと胸をなでおろす。

 もうあの屋敷に住むことはないだろうが、それでも残してきたものが心配だった。


「ありがとう、ライ。今朝来なかったのはそれのせいだったのね」

「どういたしまして、はい、採取用ナイフ。持っていないでしょう」


 ライとファーが小型ナイフを差し出す。

 だが二人はいらないと断った。


「ナイフで切るとね、金気かなっけが切り口から入って美味しくないのよ」

「料理に使うなら、必ず手で摘むの」


 薬草などは採取用ナイフで切り落とす。

 そう教わってきた。

 だけど・・・。


「素晴らしい。このみずみずしい生き生きした葉。鮮度が全く落ちていない。どうやって採取したのですか」

「「ナイショでーす」」


 少女たちが声を合わせて応える。

 摘んだ後ギルドまで根っ子をぬれタオルで包んできただけだ。


「採取の訓練完了です。それも素晴らしい品質です。おめでとうございます」


 提出した薬草の新鮮さに他の案内人も集まってきた。

 訓練中でも提出した薬草は買い取られ、ちゃんと代金を払ってもらえる。

 見習の間は正価の八割だが、今回は正価にプラスアルファの値が付いた。



「今のところ、侍女と二人のところに来た騎士、というか警備隊はとくに問題ないようだ。教師の方は行方不明になっている」

「行方不明 ?」


 少女たちがお茶の支度をしている間に、冒険者二人はスラム街の顔役から簡単に報告を受ける。


「ご褒美の取材旅行に出たということだが、王都から出た記録がない。あの二人の言う最初の五人も同じだ」

「・・・どういう事だ」

「詳しいことは王宮で報告を受けてくれ。正式な手続きをすると必ず宗秩省そうちつしょうに漏れる」


 顔役の目に何か感じ、ファーとライは黙る。

 多分なんらかの不正があるということだろう。

 情報収集はこちらにまかせて、それ以外は自分たちで動くしかない。


「おまたせしました。お茶と甘味です」

「おじ様。この街の卵を使ったお菓子よ」


 娘たちがお茶とお菓子を持ってきた。

 男たちは先ほどまでのきつい雰囲気を一変して笑顔で迎える。


「ウフ・ア・ラ・ネージュよ。アングレーズソースで召し上がれ」

「ヒナ・ブランドのプリンをつかったプリンアラモードもどうぞ」


 机の上にドンドンとお菓子が並べられる。


「おじさん、この街の卵がどう使われてるか知らないでしょ」

「城下町では有名よ。貴族もこっそり召使に買いに行かせてるくらいにね」


 さ、どうぞという娘たちに、男たちはありがたく頂戴するのだった。


「ねえ、アンナ。おじさん、何か隠し事してるわよね」

「ええ、ライとファーもね」

「男の人たちって、どうしてナイショ話がバレないって思ってるのかしら」

「仕方ないわよ。殿方ってそういうものよ。あちらから言ってくるまで気づかないふりをしてあげましょうよ」

「そうね。見て見ぬふりをするのも良い女のふるまいよね」

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