第9話 闖入者と穏やかな日々
アンナはしゃがみこんだままの青年の肩を
「ここは
ニッコリと微笑んではいるが、その目は決して笑ってはいない。
剣の嗜みはないようだが、手に持った棒に込められる気迫は騎士並み。
見下ろされる身としてはなかなかに堪える。
「俺たちは冒険者だ。庭園管理部門からの依頼で来たんだよ」
「冒険者の方が ? 魔物の討伐とか採取のお仕事はなさらないの ?」
棒を引っ込められて、ファーはやっと立ち上がる。
「冒険者の仕事はそれだけじゃないぞ。棚を直してくれとか、荷物を届けてくれとか色々だ。俺たちは日頃行かないようなところの状態を確認して報告する依頼を受けたんだ。冒険者クラスは
「高位クラスが園丁の真似事 ?」
「王宮に低クラスは入れられないんだとさ。俺はファー。こっちはデュオを組んでるライ。ギルドに行かないと確認は出来ないが、これが冒険者のペンダントだ」
二人が胸元から小さなペンダントを見せる。
冒険者は上から
それに見習の
それ以上になると『数字持ち』と言われる5クラスだが、現在では該当者はいない。
何十年か前には最高位の
「それで、もらった地図にはここには小さな屋敷と花壇があるはずなんだが、屋敷はともかく花壇はどこに消えたんだ ?」
「目の前にあるではありませんか。気持ちよく茂ってるでしょう ?」
まさか、これが花壇の成れの果てか。
地図には花壇に植わっているのは真紅の薔薇だと書かれている。
仁王立ちしている金髪とその後ろの栗色を呆然と見る。
「魔改造したのか・・・」
「失礼な。有効利用と言ってちょうだい。第一
頑張ってここまで育てたのよね、とアンナとエリカが満足そうに笑う。
「あたしはエリカ。こちらの
◎
「ごめんね。女所帯なので家の中には入れてあげられないの」
元花壇、今家庭菜園の前に布を敷いて、ピクニックスタイルのお茶会。
ティーセットは完璧だが、お茶請けは・・・。
「これは菓子なのか ? 甘くない、いや、しょっぱいし固いぞ」
「おせんべいというの。おいしいでしょ ? アンナの故郷のお菓子よ」
この上にアイス乗せるとおいしいのよね、とエリカが言う。
「あいすとはなんだ ?」
「牛乳と卵を使った甘くて冷たいお菓子なの。作るのに氷がいるから冬しか食べられないけれど、とってもおいしいのよ。おせんべいに乗せて食べると甘くてしょっぱくて、病みつきになるわ」
「うふふ、エリカもやってたのね。あれ、美味しいのよね」
ファーはこちらもどうぞと渡されたお茶を飲む。
「お、これもしょっぱい。この浮かんでいる桃色のものはなんだ ?」
「桜湯よ。桜の花の塩漬けなの。さ、これも」
エリカが差し出したのは桜色の塊。
一口で摘まめそうなそれは飾りもなく、ただ楊枝が一本突き刺さっている。
「・・・甘い・・・」
「このお茶と合うでしょう ?
ファーは相棒にお前も食べろと勧める。
人見知りではないが、女性との付き合いが苦手なライは会話をしようとしない。
「お好きなものを召し上がってね。正式なお茶会ではないから、順番なんて気になさらないで」
アンナはそんなライにサンドイッチや大ぶりの焼き菓子などをお皿に乗せて渡す。
男の人ならこのくらい平気だろう。
「・・・美味しい」
金色の髪を少し揺らせながらライがつぶやく。
あまりに単純で素直な称賛に、アンナは満面の笑みで返した。
◎
その夜。
「どう思う、アンナ?」
「そうねえ」
夕食後のお茶の時間。
二人は今日出会った青年二人について語り合う。
「まず、依頼を受けた冒険者なら、まず依頼書を出すのよ、アンナ」
「でも二人は冒険者の証のペンダントを出した」
「そこからしておかしいのよ」
依頼書があれば正式に依頼された冒険者だとわかる。
だから王都外から戻るときも門でペンダントと共に依頼書を出す。
だが二人はそれを出さなかった。
それだけで訳アリと思う。
「総裁の手の者かしら」
「なら依頼書を準備してあたしたちを安心させるんじゃない」
「と言うことは、冒険者でありながら、自由に王宮内を歩き回ってるってことでしょ ? それが許されるということは・・・」
二人はジッと見つめ合う。
「・・・多分、金髪のほうは・・・」
「茶髪はきっと・・・」
アンナがニヤッと笑って挙手する。
「金髪の方は取っつきにくそう。距離感が必要みたいね。
「じゃあ、茶髪はあたしね。よくしゃべるし、何かの拍子に色々吐きそう」
午後一杯一緒に過ごしたというのに、少女たちはもう冒険者達の名前を忘れている。
二人は茶道具を片付け始める。
「何を考えて
「つかず離れずってことね。丁度いい距離感で、お相手しましょう」
すっかり悪役面の二人だが中身はおば様なので、あの二人のことをハニートラップの一組としか見ていない。
もし違ったとしても、前世の息子より若い坊やに心が動くはずがなかった。
◎
皇太子妃候補として入宮して早や四か月。
家庭菜園は順調だ。
新鮮な野菜は日々の食卓を彩っている。
「美味いっ ! なんだ、この美味さはっ !」
小ぶりのボウルに盛られた一人前のサラダに、ファーは舌鼓を打つ。
「いつも食べてるサラダとは雲泥の差だ。このパリパリ感はなんだ」
「朝採れの新鮮なお野菜ですもの。水に長く付けないで手早く処理するのがコツよ」
ドレッシングは適量を食べる直前に加えるのもいいわ、とエリカは主菜のオムスビの乗った皿をファーに渡す。
「ああ、これも上手いなあ。絶妙の塩加減だ」
ファーはウットリした表情でオムスビをパクつく。
「初めて見た時はなんだと思ったが、食べなれるとたまらないな。なんといってもパンよりも腹持ちがいい。俺はやっぱりこのウメボシという酸っぱいのが入ったのが一番好きだ」
「ウメボシが好きなんて、通ねえ。じゃあ、はい、もう一個どうぞ」
エリカたちが冒険者の二人組に出会ってから三か月。
少女たちはバッチリ二人の胃袋を掴んでいた。
前は週に一度顔を出すだけだったが、今は三日か四日は訪ねてくる。
エリカたちが在室していない日もあるので、もしかしたらその日も来ているのかもしれない。
「どうぞ。こちらが塩むすびでこちらが鮭よ」
アンナはライのわずかな表情を読んで彼の好みのオムスビを渡す。
あまりおしゃべりはしないが自分の好みを知ってくれているアンナに、ライは少なからず好印象を抱いていた。
アンナはと言うと、ライがシャイなのではなく、余計なことを話さないように言葉数が少ないのを見破っていた。
それならそれで構わない。
言いたくないことは聞き出す必要はない。
だが、エリカとも話しているが、何故この二人は自分たちが二人きりでここで暮らしている理由を聞いてこないのだろう。
成人前の少女二人がこんな隅っこの小さな屋敷にメイドなしで暮らしていたら、普通は気になるし心配するはずだ。
それが一切ないということは理由を知っているのか、知る必要がないと思っているのか、はたまたどうでも良いと感じているのか。
週に二日の授業。
五日の自由時間。
時々の四人での野外お茶会。
穏やかで静かな楽しい時間。
エリカもアンナもこの『年下の少年たち』との生活を楽しみ始めている。
が、その平和な日々も突然の嵐の前にもろくも崩れ去ってしまった。
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