第1話 乙女ゲーム 『エリカノーマ』
『エリカノーマ』
家庭用ゲーム機用のソフト。
皇太子妃候補に選ばれた庶民出身のヒロインが妃殿下を目指してがんばる物語。
各教科担当の教師との授業を通して、最もよい成績を残したどちらかが皇太子の婚約者となる。
少女たちの絶大なる支持を得、ノベライズ、アニメ化、コミカライズ、シリーズ化を続け、30年近く続く人気シリーズとなっている。
◎
前世のエリカはロープレよりシミュレーションとかの方が好きだった。
だからパソコンの方をよく使ってた。
じゃあパソコンに詳しかったかっていうとそうでもなくて、このボタンを押したらこうなるって知ってたくらい。
息子が生まれてしばらくしてパソコンゲームから家庭用ゲーム機に移行した。
変な機能がないからわかりやすかったからだ。
と言っても、やっぱりシュミレーションばかりだったのはかわりない。
パソコン版が移植されていたし。
「家康の陰謀」とか「大開発時代」とか「海洋の狸」とか。
で、そんなお気に入りのゲームを手掛けてた会社の発売予告にあったのが『エリカノーマ』。
女海賊が活躍する海事シミュレーションゲームだと思って予約した。
そしたら、なんなんだ、あれは !
パッケージ開いて唖然とした。
シミュレーションと言えなくはない。
しかし、なんか変だった。
若い美形の先生と勉強するのだが、先生たちの表情は三種類。
笑顔、普通、怒ってる。
・・・何が楽しい ?
とにかく勉強するだけ。
ライバルの貴族令嬢は別に虐めてくるわけでもないし、嫌みを言ってくるわけでもない。
とにかく、勉強しかしない。
一体この会社は何をさせたかったのか。
このゲームを予約した人の八割が男性だった。
なぜなら、あの会社は男性向け軍事シミュレーションしか出していなかったからだ。
内容を見て即座に売り払ったのが九割くらいいたらしい。
その他の人はせっかく買ったんだから、とちゃんとプレイした。
もちろんエリカもその一人。
そしてはまった人たちもかなり多かった。
足りない部分を脳内補足して、あっという間に恋愛シミュレーションへと変換。
メーカーがそれに乗っかりリメイク版を発売。
そして口コミでファンを獲得して、親子三代のユーザーなんか出来たりした。
彼女は最初の一作で手を引いたが。
「なんであたしがヒロイン・・・」
エリカは困惑していた。
しかし一晩かかって自分がこのゲームの世界に転生したことを納得するしかなかった。
家族との最後の晩餐は取り損ねた。
◎
店の馬車に乗せてもらって王宮の門をくぐる。
・・・気が重い。
馬車はエリカを下ろして帰ってしまった。
昨日渡された手紙を見せると恭しく案内してくれる。
一枚のドアを叩くと中へ入るように促された。
ここからはエリカ一人のようだ。
「ようこそエリカノーマ・ヒナ君」
茶色がかった金髪の壮年の男性が大きな机の向こうから声をかけてくる。
知らない名前で呼ばれ、挨拶しようとして開いた口を閉じるのを忘れた。
「すまない。君は庶民で家名がないだろう ? だから取り合えず店の名前を家名にしてみた。王宮内ではそう名乗ってくれ」
「ヒナ・・・雛ですか」
エリカノーマ・ヒヨコでなくて良かった。
「私はこの国の
総裁は机の上から水色の表紙の小冊子を取り上げる。
「これにはお妃教育の期間中の生活について書いてある。よく読んで間違いのないようにしなさい。もう一人の候補を紹介するからついておいで。今日から君たちが住む家に案内しよう」
「待ってください。あの、なんであたしがお妃候補なんですか。あたし貴族じゃないし、おかしいです。それとそうナントカってなんですか」
エリカに冊子を渡し立ち上がった総裁に、エリカは疑問をぶつける。
訳が分からないうちは流されたくない。
「精花女学院に通っているんだろう ? 授業で習わなかったのかい」
「あたしたち平民は貴族向けの授業は受けないんです。学科だけで」
「そんな履修状況にはなかったはずだが。よかろう。説明しよう」
総裁は椅子に座りなおした。
「
「素行って貴族の方が悪いことをしたら叱るってことですか」
「まあ、簡単に言うとそうだね。下は赤ん坊から上はご老人まで、全ての貴族の動向を見張っているよ」
貴族の人向けのおまわりさんってことだろうか。
「それと君がお妃候補に選ばれたのにはいくつか理由がある。まずはそれなりの資産家の娘だということ。貧しい家の出だと嫁入り道具が準備できないからね。国家予算にも限りがある」
「はあ・・・」
「二つ目は親族に犯罪者がいないこと。特に目立つ功績もなく、噂されるほどの美貌でもない。極々普通の顔と頭と常識。なにより異性との交際経験がないこと」
なんか、ムカッときた。
「・・・つまりあたしが平々凡々で男の子にモテたこともない何の取柄もないつまんない女の子だからってことですね ?」
「まあ、
認めやがったよ、このおっさん。
「不満そうだね」
「あなたは出来が悪いからお妃候補になりましたって言われて喜ぶ女の子がどこの世界にいるんですか。もう一人の子も同じ基準で選ばれたんですか」
「いやあ、あちらは上級貴族のご令嬢で、淑女の中の淑女と言われている申し分のないお嬢様だよ」
「ますます訳がわかんないっ !!」
◎
そんな立派なお嬢様がいるなら、そっちで正式決定して自分は家に帰してほしい。
エリカのそんなささやかな願いは軽く無視され、王宮の片隅、本当に隅っこの方にある小さな屋敷に連れて行かれた。
「君たち二人がこれから住む家だ。小さいが二人だけの生活だから、このくらいでちょうどいいだろう」
なんだかエリカが生前暮らしていた家とよく似た雰囲気だ。
小さな扉と大きな窓。
ないのは掃き出し窓と縁側くらいか。
総裁さんがトントンとドアを叩くと、中からむかーしむかしブラウン管テレビの画面の向こうで見たことのある顔が出てきた。
教師の一人だ。
「総裁閣下、お待ちしておりました。皇太子妃候補ですね」
「もうお一方は着いておられるか」
「はい、こちらでお待ちですよ」
案内された居間には、金色のたてロールが眩しいご令嬢が立っていた。
ライバルのもう一人のヒロイン。
「シルヴィアンナ・・・」
「エリカノーマ ?」
まさか、まさか ?
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