世界初の乙女ゲームに転生しちゃったら ~だってレジェンドだもん ! 

たちばな わかこ

プロローグ

「皇太子妃候補・・・ ? 父さんたら、お昼になにか変な物食べた ?」


 学校から帰るなり、エリカは父の書斎に呼び出された。


「変なものもなにも、うちのメニューの検食しかしとらん」

「じゃあなにかつまみ食いとか」

「お前の中で、俺はどれだけ食いしん坊なんだ。もう一度言うぞ。お前は皇太子殿下のお妃候補の最終選考に残ったんだ」


 皇太子殿下のお妃選び。

 あたしの国の皇室は基本的に恋愛結婚だけど、一つだけ決まりがある。

 25才の誕生日に相手を連れて来れなければ、問答無用で結婚相手を決められてしまう。

 そして皇太子殿下には浮いた噂が一つもなく、当然お誕生日のお祝いの席にそういう女性を伴わなかった。

 どこそこのご令嬢がお妃候補に・・・なんて噂はあったけど、そんなのあたしたち庶民には関係ないからふーんって感じで聞き流してた。

 ただお妃候補選定委員会によって選びに選びぬかれた、完璧な女性が候補となるって言うのは聞いている。

 で、なんであたし ?


「冗談でしょう、父さん。あたし、そんなのに選ばれるような完璧な女の子じゃないわよ」

「うむ、親の贔屓目を三度掛けしてもそうは見えん」


 父は執務机の上の未決の文箱から偉そうなリボン付きの手紙を取り出して見せてくれる。


「今日、王宮から使者が来てそれを置いていった。中には間違いなくお前をお妃候補にと書いてある。明日の午後、手ぶらで王宮に来るようにとな。もし候補から正式な許嫁に選ばれたら、そのまま王宮に住むことになるから、私物は全て処分してくるようにとのことだ。あー、めんどくさい」

「めんどくさいって、父さんっ!」

「日記とか書き物とか見られたくないものは紙箱に入れて縛っておいてくれ。後で焼却処分しておくから」


 どーして、何でと聞くエリカを、父はシッシッと部屋から追い出した。

 閉めかけたドアの隙間から「めんどー。なんでー」という父の独り言が聞こえてきた。

 何が何だかさっぱりわからない中、エリカは自室に戻ることにする。


 エリカの家は大衆向け食堂だ。

 王都に数店舗を持つ、大きいがそれなりの格式の普通の店。

 お貴族様向けではないのでそれなりでしかないのだ。

 庶民が気軽に入れるお店とか、休日にちょっとおめかしして家族で出かけるお店とか、貸し切りでパーティーが出来るお店とか。

 エリカの父が経営するお店はそんな人々の生活に密着したお店。

 ファミレスみたいなものだ。


 ん ? ふぁみれす ?

 なんだっけ、それ。

 ・・・まあ、いいや。


 エリカの生まれた街は領都と呼ばれる領地全ての中の首都。

 父親はそこで小さな喫茶店を開いていた。

  元々ここの領主の家系は放任主義で、子供たちも勉強や習い事が終われば街に出て好き勝手遊んでいた。

 今の次期領主も街の子供たちと遊びまくって、疲れるとエリカの父の店に来ておやつを食べるという毎日。

 その次期様が十才になって王都の学校に入ると決まった時、乞われて一家も一緒に王都に移り住んだ。


「あの店のおやつが食べられないなんて耐えられない ! 学校行かない !」


 と、そのお方がごねたから。

 エリカはまだ生まれていなかったが、母からは泣く泣く店をたたんだと聞いていた。

 最初はお屋敷でお菓子を作ってご家族や使用人に出しているだけだったが、専属菓子職人が風邪で寝込んでいるときにたまたまお客人に出したものが評判になり、王都で喫茶店『ひよこのおやつ』を出店。

 安くて美味しくて量が多くて感じがいいと評判になり、あれが食べたい、ここでも食べたいと言うお客様のニーズにお応えしているうちに、あれよあれよという間に店舗が増え、現在は『ヒナ』という一大外食チェーンとなった。


 外食ちぇーん・・・ね。

 ちぇーんって ?


 自室に帰り父から手渡された偉そうな手紙を読む。


 皇太子妃候補選定委員会は『ヒナ』経営者ご息女エリカノーマ嬢を皇太子妃最終候補として参集する。


 間違いなくそう書いてあった。

 エリカノーマ。略してエリカ。


 エリカノーマ。

 そんな名前の女海賊の海外小説があったな。

 それをコミカライズしたのが流行ったっけ。

 だから同じ名前のゲームが発売されるとき、すぐに行きつけのゲームショップに予約入れたんだよね。

 それがまさかあんな内容だと知らずにさ。


 げーむって、なに ?

 おんなかいぞくってなんの話 ?


 とにかく手紙の指示通り私物を処分する。

 衣類とか本は取っておいてもいいだろう。妹が使うだろうし、どうせすぐに候補から外れる。

 頂いた手紙とか住所録、返却された学科の提出物。

 エリカは日記を書く習慣がなかったので、日頃の予定を書いた手帳を紙箱に入れる。

 もともと見られてまずいものとかは持っていない。

 私物処分は一時間もかからず終わった。

 

 「あたしがお妃候補って、一体その選出基準ってなんなんのかしら」


 明日に備えて制服にアイロンをかける。

 火の生活魔法で温めてしっかりと伸しをつける。

 手ぶらで来いと言われる以上、私服は多分取り上げられるだろう。

 もったいない。

 制服だったら問題ないかと思う。

 

 学校は止めなくちゃいけないのかな。

 友達とももう会えないのかな。

 あーあ、なんであたしがあんなつまんないゲームの主人公なんだろう。

 どうせならもっとイベントの多い新しいのがよかったな。


 ズキン。


 オデコが傷む。

 痛みがどんどん広がっていく。

 いけない、アイロンと制服を片付けないと。


 ズキン。


 そうそう、そんな酷い頭痛がして、動けなくなっちゃって、119番しようとして電話に這いずって近寄って、そして、あたしは、


 死んだんだった。

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