第2話 説明回・これで生活をはじめろと ?

「紹介しよう。こちらの金髪のご令嬢がシルヴィアンナ嬢。栗色の髪のお嬢さんがエリカノーマ。今日から二人でここで生活してもらう」


 家の間取りは台所、食事室、洗面所、教室に使われる居間と教師の控室。

 二階はエリカたちの個室。

 個室は居間、寝室、洗面所とお風呂で構成されている。

 その他には中くらいのお風呂と自習室。


「居間と君たちの個室は清掃済みだが、他は手付かずになっている。まずは今週一杯はそちらを頼む。家が綺麗になったら授業を始めよう」

「それって、掃除をあたしたちがするってことですか ?」

「その通り」


 今日と明日の分の食事は用意するが、明後日からは自炊。

 食材をリストを提出してくれれば毎朝配達される。

 手伝いのメイドはいない。

 家事能力も審査の基準になるので、掃除洗濯も手をぬかないように。


「なにか質問は ?」

「突っ込みどころ満載」


 ライバル令嬢がボソッとつぶやく。


「掃除道具や洗剤とかは準備してありますか。まさかそういうのを調達するところから始まるとかありませんよね」

「それは大丈夫。確か地下室においてあったはずだ」


 げ。

 古くなって使えなくなっている可能性がある。

 チェックしないと。


「必要な物は食材とか日常の道具とか支給されるんですよね。衣類はどうですか。手ぶらで来いって言われたから、あたし着替えとかないんですけど」

「着換えが欲しかったら自分で縫えとか仰いませんわよね。わたくし、取り急ぎ着換えと夜着と下着の支給を頂きたいですわ。全て七着ずつ。それとエプロンと三角巾を三枚ずつ」

「きれいなタオルと食器用の布巾もお願います。もちろんバスタオルは最低四枚は欲しいです」

「掃除用のメイド服も二枚ずつ頂きたいですわ。あとそれなりに使い込まれた良さげな雑巾を十枚くらい」

「ちょっ、ちょっとまったぁぁぁっ !」 

 

 総裁が顔を引きつらせてエリカたちをとめる。


「君たち、この状況を受け入れるのが早くないかね。普通は質問はないと答えてから後でジタバタするものだが」

「そんなこと仰っても、それでは生活が成り立ちませんわよ。必要最低限の水準にすらなりませんわ」

「はっきり言って明日までこの服で過ごすのはいやです。せめて夜着と下着と明日着るものだけでも下さい」


 エリカノーマ君はともかく、シルヴィアンナ嬢、上位貴族のご令嬢がなぜ生活臭のする発言をする。

 総裁はハンカチを取り出して額の汗をぬぐう。

 どうやらこの二人は自分たちの思っていたような少女ではない。

 もしかしたら人選を間違ったかもしれない。

 人を見る目には自信のあった総裁だが、それはすこしばかり揺るぎかけていた。



 総裁と教師たち、そして夕食と翌日分の着換えを持ってきたメイドたちが帰ると、残ったのはヒロインであるエリカとライバル令嬢の二人。


「シルヴィアンナ・・・」

「アンナと呼んでちょうだい。そちらはエリカでいいかしら」

「うん、みんなそう呼ぶわ。で、あたしの名前を知ってるってことは・・・」

「そちらこそわたくしの名前をご存知ということは・・・」


「「 転生者 ? 」」


 見つめ合う二人。

 どちらともなくため息をつく。


「やっぱりね。そしてあのゲームをプレイしたことがあるのよね」

「うん。でもあたし、オリジナルしかやったことないわよ。リメイク版とか派生ヴァージョンとかは知らない」

わたくしだってやってたのは娘で、熱烈な想いを家事の片手間に聞いていたくらいだわ」

 

 お互いを頭の上からつま先まで遠慮会釈なく眺める。


「やっぱりシルヴィアンナなのね。まさか実在するとは思わなかった。説明書通りの美少女ね」

「それは恐れ入ります。あなたもイラスト通りのかわいらしさだわ。わたくしだってエリカノーマが本当にいるとは思わなかったわよ。この名前だって偶然と思っていたし。それより、これって物語は始まってしまったと思ってよろしいのかしら」

「とりあえず一日目は終わったわよね。『私に出来ることはもうないわ』。 で、どうする ?」

「そうねえ」


 まずは家の中を探検することにしましようか。



 二階建ての家の地下は倉庫になっている。


「使えないわね。いくら腐らないからって、洗剤だって古くなったら洗浄力が落ちるわ」

「雑巾、ひどっ。ドロドロのカビカビ。これで掃除したらもっと汚れるんじゃない。あ、その辺のタオル、雑巾替わりにしちゃおう」


 使えないものをどんどん表に出していく。

 地下倉庫の中はあっという間に空になった。

 続いて台所をチェックする。

 ここは埃がつもっているだけで、それほどひどい状態ではなかった。

 ただし、長期放棄されていたせいで、調味料は全滅。  

 調理器具は磨けば使えそうだ。

 とりあえずすぐに洗えるように水につけておく。

 昨日まで当たり前のように使っていた生活魔法。

 あちらでは魔法なんかなかったから、不思議な感じがしてならない。


「ねえ、そういえばゲームの中では魔法なんてあったかしら」

「なかった・・・と思う。普通に学科や礼儀の勉強だけだったわよね。あのポイントふるだけの勉強」


 学科の上昇率で優劣が決まるのだけど、今日はダンスに何ポイント、礼儀作法に何ポイントと振っていって、その日使えるポイントが無くなったらおしまい。

 その間なんのイベントもないので、黙々と最終日を迎えるだけなのだ。

 その学科に魔法という授業はなかった。


「あたし、生活魔法の水と火は使える。それ以外はないな。アンナはどう ?」

わたくしも同じ。でもそういうのは家の者がやってくれるから、魔法を使う機会ってほとんどないのよ」


 エリカの通う精花女学園でもそんな授業はなかった。

 魔法を覚えたければ、王立魔法学園にいかなくては。

 でもそこは成り上がりをめざす平民たちの行くところ。

 そして詠唱魔法は発動率が低く、こっぱずかしい詠唱を胸を張って発声しなければならない。


「なんだか不思議な感じ。昨日まで生活魔法が当たり前だったのに、魔法があるってことに違和感を感じるわよ」

「あら、覚醒したのって昨日 ? 随分急だわね。わたくしは五才の時よ。お食事をいただいているとき、突然ね」


 あら、これって娘が嫌いだったやつだわ。

 うん、こっちは夫が好きだったやつ。

 そんな感じで芋づる式になぜか朝昼晩のお献立が頭に浮かんできて、ごちそうさまを言うときにはかなりはっきりと生前のことを思い出していたそうだ。


「きづいていた ? こちらには『いただきます』と『ごちそうさま』がないって」

「あ、そういえばそうだ。食前のお祈りとかはあるのにね」

わたくしの田舎にはあるのよ。王都に出てきて初めて知ったわ。そんな習慣がないなんて。食生活も大分違うしね」


 食べ物の話はやはり盛り上がる。

 食事室がやはり埃だらけだったので、夕食は居間でいただく。

 食後のお茶を飲みながら、明日からの作戦を練る。

 汚れた食器を水につける頃には、かなり夜が更けていた。


「それじゃ明日からよろしくね、アンナ」

「こちらこそ。がんばりましょうね、エリカ」


 皇太子妃の座を争うライバル同士の筈だが、当面の敵は汚部屋。

 手を取り合って立ち向かうべく、二人はがっつりと握手をするのだった。

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