第22話 こいつは…勇者か?!

 通勤途上の俺は、異世界に転生した。

神様的存在からの説明も、詫びチートも無かった。

ただ何もなく、俺は異世界の草原に立っていた。


「妙だな。導入も無いなんて」

トラックに飛び込んだ覚えもない。

これは、おそらくだが、野生の異世界に襲われた可能性がある。


各種チートスキルを組み合わせ、異世界内を探査したその時。

『ブー!ブー!ブー!』

ステータス画面がアラートによりバイブった。

事前にいくつか設定していたアラートがあるのだ。


「他の異世界転生者を検知、か。こいつは…勇者か?!」

検知対象のステータスを覗き見る。

これも過去手に入れたチート能力のひとつだ。

「ステータスが高い…スキルも多い…周囲には女性ばかり…」

間違いない。これは、勇者だ。


 ならば俺は…俺はモブか。

極稀にだが、既に転生者の先客がいる事がある。

野良の異世界転生に襲われた時は特にだ。

複数転生者による群像劇ならばさほど問題はないが、対象は一人だけ、しかも勇者だ。

黙っていれば俺は完全にモブとして巻き込まれるだろう。


 しかし俺には数々のチート能力とレアスキルがある。

どこかで介入し、シレっと話に割って入るか、または、乗っ取るかだ。


 状況を確認するため、勇者のステータスに対しサイコメトリーを仕掛ける。


「うっ、こ、これは…」

俺は頭の中を流れるイメージに、吐き気を覚えた。


 彼は元々引き籠りの高校生で、ある日異世界転生を果たしたようだ。

転生後に与えられたチート能力と現代知識で異世界ライフを楽しんでいたようだ。

が、そこで過ごした4年間が、彼を変えてしまった。


 チートハーレム強スキルの俺ツエーで、冒険者ギルドじゃSランク入りのステータスオープン!だ。

周囲の仲間もヒロインも、ただひたすらに彼をヨイショするだけの舞台装置となり下がり、王から衛兵までみなが彼にひれ伏している。

ゲーム丸パクリで辻褄合わせをする気すらないようなこの世界で。


 真っ当な人間関係も構築できなかった日陰者が、特別な力を何の労力も無く与えられ、その能力を行使することに自重する事もなく、周囲はそれを褒めたたえる。

そんな人間が、果たしてどんな人格を得られると言うのだろう。


 覗き見た彼の人間性は、既に修復不可能なレベルに歪んでいた。

彼を囲むハーレムも、一つ覚えが如く彼を称賛するのみだ。

彼の発する言葉ひとつひとつに、ニチャアと擬音が聞こえてきそうだ。


 この歪んだ世界に、この歪んだ精神に、俺はどう対処すべきだろう?

露骨に接待を受けているにも関わらず、それを当然の事として甘受している、壊れているとしか言えない彼に対して?


 しかしそれでも、俺は彼の4年間を尊重し、何食わぬ顔で1モブとして合流した。

無論、彼より目立たぬようにチートもスキルも封印して、だ。


 そして俺たちは、現代日本へと帰還した。


 地方紙の片隅に、彼の自殺を報じる記事を見つけたのは、数日後の事だった。


 あの時、俺に何ができただろう。

彼の世界を乗っ取り、挫折を味わわせる?それでは俺が討伐対象だ。

いっそ未完にさせるべきだった?いや、俺も戻れなくなる。

そもそも彼は、反論ひとつ耳に貸さない程度に壊れてしまっていたのだ。

きっと、俺にできた事は何も無かっただろう。


 それでも何か、出来たことはあったのではないかと、そう考えてしまうんだ。

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