第16話 愛すそれ故に
ぐっ、と一歩目を踏み込んで加速する。作戦も何もなくても、今まで一緒に戦ってきた経験がこの身体に染み付いて、こうすべきだと
「〈絶えぬ焔の想い〉! 〈
視界の端で舞う赤色の魔力。魔力の膜が編み上げ張られたのがわかる――防御の魔術結界だ。初めて見るものだけれど、いつもこれに守られてたんだな。
茨の檻に閉じこもる
虚ろな目が、僕を捉えた。振り下ろされる手。
「〈
アスファルトから生え出る何十本もの茨。だが気に留める必要はない。
「〈燃ゆる炎の昂ぶり〉、〈
ふわり、雪に交じって小さな淡い燈が舞い降る。早苗先生の心象ではない、
防御結界へと触れれば柔く解け、その守りを固め。
襲い来る蔓に触れれば燃え盛り、その勢いを削ぐ。
「〈
ノイズでひび割れた声。
「うわ、容赦ねぇのな……!!」
魔力を糧に伸びた蔓が、焔の雪をもろともせずに防御膜を叩きつけては殴りつける。その勢いに臆しそうになる足を奮い立たせたの
も束の間。
耳元で、破音がぱきり。
流石に防御結界とはいえ耐えきれなかったらしい、茨が殴る度に次々に
ここにきて一際太い蔓が棘付くその身をしならせ、振りかぶってるのが見える。
「やっばい!」
顔の前で腕をクロスする。
硬質な防御結界の割れる音。
衝撃のまま吹っ飛ばされる身体。
「
そのまま受け身を取って、転がりながら勢いを殺す。気づけば絢香の近くまで押し戻されたらしい、差し伸べられた手をとって立ち上がる。
「ちガう……ちガウの……!!」
「取り付く島もない、って感じだな」
体勢を整えながら並び立つ。茨の檻の中、早苗先生は両手で頭を抱えて苦しんでいるように見えた。
「こうなるともう、先生の魔力核を直接叩くしかないわね」
「あの……キラキラした宝石みたいなアレか」
続け様の全力運動。つうと滴る汗を手の甲で拭いつつ、思い出される数十分前の出来事に少し苦い気分になる。
「そう、これね」
「ちょ、なにし――あ」
ぐい、と胸元を
それは駿や幸太の手に現れていたのと同じもので、今思えば、柳先生の額にもあった気がする。
「魔力核を壊せば、昂った魔力も落ち着いて魔術を思うように使いにくくなる――から!」
「どーも」
「よくてよ。……とにかく、
「でもそれ、人によってある場所が違うだろ。早苗先生のはどこにある?」
確か、左手甲、右手甲、額、そして胸元。全員が全員違う位置にあり、今まで戦っている間に見ていた限りでは魔力核に気がつかなかった。視線で問いかければ、とんとん、と首筋あたりを指先で叩く絢香。
「
「わかるわ。僕なんだと思ってるワケ?」
「ちょっと抜けてる可愛い幼馴染」
「うるさいぞ口が達者な美人の幼馴染!」
手を伸ばし来る蔓をダガーでいなし、ナイフで切り落とす。しなり叩きつける蔓は避け、足で押さえてナイフを投げて、次いで絢香を狙う残りの茨を殴り叩き落とす。
「どうもどうもー」
「いいってことよ。……そろそろ来るぞ、どーする」
投げナイフを回収しじっと見遣る正面、早苗先生がすっと立ち尽くして胡乱な瞳を翠色の魔力で輝かせている。
「〈
「それなら、〈断ち切る火の誓い、――
周囲に一層濃く赤色が舞ったかと思えば、左腕を覆う魔力で編まれた、
「使い方、分かる?」
「なんとなくは」
投げナイフをサッとしまい、手元のグリップを握れば肘の留め具と二点で固定される。空を仰げば、花びらに紅葉に雪に、似つかわしくない茨の矢の雨が作り出されていく。
魔力核を、壊す。
「……サポート、頼めるか」
「なぁーにそれ、似合わないわね。ドシっとこうドシっと行きなさいよ」
「いや、僕はドシっとよりどちらかと言えばシュバっとな気が」
「つべこべ言わない!」
とんっ、と背中を押されて一歩前に出る。なりをひそめた茨蔓の攻勢も、ただの嵐の前の静けさでしかない。ダガーを構え、シールドを構え、右足を引く。
僅かに振り上げた茨絡む腕が、振り下ろされる前に!
「〈
「——後ろから攻撃来たら恨むからな!」
今出せるトップスピードで駆け出す。
「私がそんな
背後は絢香がどうにかしてくれる。
だから前だけ向いていればいい。
「〈
「〈触れぬ陽炎の揺らめき〉、〈
注意を払うべきは、視界に映るすべてだけ。叩き込まれる蔓は盾で焼き弾き、茨の棘はダガーで切り結ぶ。
右手へ走り込み、燃やし損ねた茨矢は盾を頭上にスライディング。
一瞬だけ空間に広く視線を走らせれば、ちょこまかと動く何人かの僕の姿。陽炎が映す幻に分散する攻撃の手。蔓の密度も下がり、行くべき道筋もはっきりする。
(――見えた、いける!)
「〈輝け〉!!」
荊の檻が燃え上がり焼け落ちる。低くスライドする蔓を飛び除け、撫で切り、盾弾き、サイドステップ。
左、右、空いた茨の隙間を掻い潜り――。
(――真後ろ、取った!)
振りかぶったダガー。
全力速力で駆け飛び上がり、茨を越えて肉薄する。
「はああぁぁ!!」
ただ斬って、魔力核を壊すだけ。
スローモーションに動く茨。
ゆっくりと振り返る早苗先生と。
「な、ナミちゃ」
「……あ」
目が、合ってしまった。
「〈灰よ燃えよ〉!!」
「〈
バキッと、派手に壊れる音。
しなりながら横っ腹を殴る蔓。
吹っ飛んでいく身体に、衝撃。
「——かはッ」
シールドごと地面を叩きつける反動で転がる視界を止める。半身を起こせば、きらきらきら。視界を半透明な破片が舞う中で、不思議なくらい痛みがない理由を知る。
「七海!!」
「だ、いじょうぶだ。防御結界がキいた」
「けど……!!」
さっと立ち上がり、絢香を立たせる。視界に早苗先生を入れれば、なりをひそめた茨は何かを待っているようにただただ蠢くばかり。ちらり、隣を目だけで見遣ったその表情は、何故か泣きそうだった。
「そんな顔するなよ。これくらいは日常茶飯事だろ」
「ちがう、そうじゃない」
「じゃあ何で?」
目は早苗先生を見据えたまま。視界の端で俯く顔。さらりと髪の赤が揺らめいて。
「……ためらうなら、あたしがやるよ」
そう言って一歩前に出る絢香に、呼吸を止めて、武器を握りしめる。
あの瞬間、確かに僕はためらった。
ノイズなく確かに聞き取れた声は、僕を呼んでいて。早苗先生を止めるという大義名分の前でも、手の中にあるこの
『お前には――
耳の奥でリフレインする嘲笑。あの時の僕は、なんで返したっけ。
何を考えてたんだっけ。
(ああ、そうか)
「ちがう、そうじゃなかった」
このダガーは、人に向ける凶器じゃない。魔術を切り、魔力を絶つ——対魔術における破壊の形でしかなかったんだ。忘れていた大事なこと、守るべき大切なこと。
「ごめん、絢香」
「なによ急に」
「もう迷わない。もうためらうことはない。だから」
すっとを絢香の視線を切るように早苗先生と相対し、ダガーを握った腕をまっすぐ伸ばして後ろに下がらせる。
「もっかい、僕を早苗先生のところまで連れてってくれるか」
沈黙。
ひらり舞う花びらと、紅葉と、雪だけが動いていた。
そして、ふ、と息を吐く音と、衣擦れの音。
「勿論、って言えたらよかったんだけれどねー……」
「? 何?」
すっと触れた感覚で、背中合わせになっていることを理解する。となれば、絢香が見ているのは背後の、僕が此処に入ってきた入口の方ということで。
「……どーやら、招いた覚えのないお客さんみたいで」
ちら、と顔だけで振り返り視線を遣ると、そこに立っていたのは――。
「なんで、此処に」
「——早、苗」
アイツらと戦っていたはずの、
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