第11話 想いそれ故に

 それは怒りで。

 それは嘆きで。

 それは諦めで。


「嫌い、嫌いなんだよ成瀬。俺の持たざる全てを持つお前が、俺の理解しえない欲求システムを持つお前が!!」


 トンカチで殴られたような感覚がするぐらい、凄まじく、強烈な、混ざりに混ざった感情の発露だった。皮肉のひとつも言い返せないくらいに、目の前、かち合う瞳が憎悪に染まり切っている。


「それ以上にお前に縛られる俺が、お前が居なければ存在できない俺が!!」


 でも、今までにないくらい、本心からの言葉だと、分かる。


「心底憎い!!」

「くっ……!」


 殊更に体重を掛けられる。剣が重い――これ以上は耐えられない。


「うっ、らぁ!!」


 無理矢理むりやり剣で圧しかけられたちからを左に流して、背後に跳ねて跳ねて。体勢を立て直せる距離を取る。

 それを詰める広いストライド、柳の一歩。

 踏み出した次の瞬間、もう直ぐそこまで近づいて来ていた。一瞬で詰められる距離。目の前掲げられる、氷剣が紅く光る。

 高めでダガーを構える。力の流れを捉えようとした視界の左端、不自然な角度の足。剣はフェイク、回し蹴りか――!!


(防御間に合わねぇ!!)

「オラッ!」

「『Algiz!』」


 平坦な柳の声、重なる師匠せんせいの声。一瞬鼻をかすめるような花の香、紛れもなく綺麗に入った回し蹴り。


「……くっ」


 衝撃で横っ飛びし、次いでステップにて距離を取る。痛みはない。多分だけれど、師匠せんせいが張った防御結界のおかげ。


有難うございますThanks!!」

「『お礼は後で!』」


 矢継ぎ早なやり取り、呼吸を整えながら、両手をそれぞれ構え直す。

 見遣れば、柳の空いた掌は宙に延ばされて。


「〈定まらぬ型、自由ゆえに底知れず〉」

(これ、知ってる)


 アイスブルーを纏う。足を地面ごと凍らせて機動性を奪う魔術だったはず、瞬間的な殺傷性はそこまでない。ひやり、と冷たい空気が足首に触れた。


「〈雨露うろ霜雪そうせつ〉」


 柳の足元から列を成して次々に地面から生える氷筍ひょうじゅん、やっぱりな。一目散にあし目掛めがけ向かってくる。――サイドステップ。


「ヨっと!!」


 一度かわせても、辺りに氷剣山を作り上げながら蛇行だこうし、旋回せんかいし、狙いを変えずに戻ってくる。


「〈いてつ牙よ――〉」


 横っ飛びで避けつつ、ちらりとみれば柳の背後。ぱきぱきと音を立てながら氷片が象られていく。先程さっきよりも多い、両方を相手にするのは――キツい。

 氷筍から、柳から、出来るだけ距離を取る。


師匠せんせい

「ハッ、この期に及んで背を向けるか!」

「『あと少し、確信が欲しい』」

「……分かりましたSure.


 足は捨てる。擦過傷なら師匠せんせいに後で治癒してもらうことはできるけど、失血はどうしようもない。凍傷になる前に魔術式を壊せばいい。


 傷口からぬめりと血が垂れる。

 じんじんと掌が痛い。


(だからって、立ち止まれない)


 片足軸に、身体を翻す。


「逃げるワケねぇだろ」


 ずらりと並んだ氷片はもう、数えたくもない。此処までくると、にたりと笑えてさえくる。


「ッこンの……!!」


 武具を構える。どれだけさばけるか。

 致命傷と、首回り、動脈周りは気を付けたい。


「舞い踊れ!」


 紅く煌めく氷針はいやに綺麗で、幻想的ですらある。

 ひょうが降るよりタチが悪いなあ、なんて。

 初撃へ両手を振りかぶる。


 その時だった。


 






「――〈翻天ほんてん覆地ふくち〉」

「〈疾風迅雷しっぷうじんらい〉!!」





 何度も弦を弾く音。足元のアスファルトがひび割れて、目の前の壁となる。左右に閃く風刃ふうじんが、壁向こうで氷を割っていく音がする。

 ひとしきり氷が弾ける音が鳴ると、しゃなり、と錫杖しゃくじょうの音。

 壁は土塊つちくれに戻り、あれほどあった氷片が一つ残らず消えていた。蛇のようにうねっていた氷筍も、壁が防御してくれたらしい。


 あれほど憎悪に染まりきっていた柳の顔に、驚愕が混じる。


 ゆっくりと振り向けば、見知った顔がそこに在る。

 視線が、合う。


「な、ん、……」

「――何故だ?」


 声にならない僕から引き継ぐように、するどく柳が声を発した。


「何故、お前らがそちら側に立っている? ――三守ミカミ間遠マトウ!」


 激昂に近い、声音だった。それをもろともせず、視線の先――目を疑いたくなるが間違いない、見間違えるはずがない。


「いやあ、だってなあ?」


 にっと笑みを浮かべた、駿シュン幸太コウタが立っていた。


「僕達、七海ナナミんの友達だしねー」


 目を見合わせてからさも当然と、あっけらかんと答える二人。その言葉に嬉しくなる半面、一つも解消されない疑問に首を傾げる自分が居る。

 なんで此処が分かったのか。それに、柳の言葉だ。まるで、僕を助けたことがイレギュラーであるかのような口ぶり。


「お前たちの役割は、仕事は、違うだろうと言っているんだ」

「いーや! 違わないね」


 厳しく叱る時のような口調の柳。それと対象的に、ゆっくりとこちらに歩きながら、朗々と幸太は反論する。

 一歩進む度、手に持った錫杖がしゃん、しゃんと鳴り響く。


「そもそもさー、僕達が何の為に動いているかってことだよ」

「……何が言いたい?」

「うわっ、とと」


 がっしりと肩を組んで、半回転させられると頬を人差し指で突かれる。何するんだ、と視線で問えば、左腕を取られて持ち上げられる。


「ほらー、七海んめっちゃ血が出てるじゃん。――ウル


 最後の言葉に反応するように、傷口に浮かび上がる文字ルーン。出血が止まり、みるみる傷口が塞がれていく。何度も見たことのある、何度もお世話になった、応急手当ての術式と一緒だ。


「有難う、幸太」


 腕を離して、傍らに立つ幸太。にこっと笑った顔は、余りにも普段と同じような、悪戯が成功したあとのような笑顔。その後、柳への向ける顔は、普段の見ることのない。


「つーまーりーさー? あんたは間違ってるって言ってんの。柳センセー」


 冷笑に近い、目の笑っていない顔。これは僕と柳の問題なのに、ピリッと張り詰めた空気が口出しをさせてくれそうにない。


「この俺が、間違っている、と?」

「それはもーう。だって、?」

「違う。これは必要な手順だ。間違いを正すが俺の仕事、役目だと」

「柳。お前が振りかざすその剣はエゴだ」


 幸太に援護えんごせんとばかりに、背後から駿がさえぎった。その言葉に、虚を突かれたような、愕然がくぜんとした顔が浮かんで。瞬く間に険しい顔へと戻る。


「……違、う」

「お前自身が心に持つ、あるべき姿を叶える為に」

「違う!」

「お前自身が持つ欲求を叶えたいがために」

「違う、違う!!」

「俺達の在り方を笠に着ただけの、お前自身の願いエゴあらわれだ」

「違うと言っているだろう!!!」


 身体が震えるくらい、耳を塞ぎたくなるくらいの咆哮ほうこう

 しいん、と場が静寂に包まれる。氷壁の前、一人佇む柳。その剣の切っ先が持ち上がる。


「俺は、間違ってなんか、ない」


 片手で持った長剣で僕を、僕達を指しながら。真っすぐと睨みつける瞳が、黒い瞳がまるで――底光りするかのように見える。

 違う、底光りしている。

 それどころか、


(これは、魔力色素――?)

「――苛立たしいError


 ぽつり、と零された言葉は、ノイズが掛かったように聞き取れない。


「やな、ぎ……?」


 その瞳は薄水色に染まり、髪は灰色がかった銀のように。突発的に感情が荒ぶるなどで魔力制御ができなくなると、稀に魔力色素が発現するというけど。


羨ましいError妬ましいError苦しいError辛いError――、……だから」

「なにこれ、駿、どういうこと」


 振り向いた幸太が途切れ途切れに問いかける。

 明らかに様子がおかしい。感情じゃない、もっと根本的な何かがたがえたような――言うなれば、リミッターが外れたような。


「……魔力が暴走している」


 駿の言葉に、と脳内で警報が鳴る。ダガーを握る手に、ちからが入る。


変わらなくていい進ませるものか俺を置いテ行かナいで手が届かなくなる前にマダ終俺をわりたくなイ損なう前にだカラ永遠にダかラ永劫に

「推測だが、これは」


 髪に反射する紅い月の光が、血に濡れたようにさえ見える。焦点の合っていない瞳の中、薄い青がらんらんと色濃くうごめいた。


スベテの誤りヲ排除スるお前を壊してでもアナタの為ニお前を生かす

「――感情飽和オーバーフローだ」

 

 

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