第12話 隔つ壁穿つ意志
「……ヤバいじゃん!?」
実際、柳の足元から放射状にアスファルトへ氷が張ってきている。霜が降りたみたいに、そこだけ冬の景色だった。
このまま魔力が膨張し続けたら――氷漬けになってもおかしくない。
真っ直ぐと向けられていた切っ先は
「来る、臨戦態勢!」
短剣を構えながら叫んで、幸太と距離を取る。構えられた
剣を持ってない手が宙になぞると、呼応するように身体に纏うアイスブルーが脈打つように
「〈
(――聞き取れない?!)
唇の動きは見て取れたのに、聞こえる音が合わない。ぱきぴきぱき、と結氷する音、上からでも下からでもなく――同じくらいの高さから。つまりは。
「氷片来るぞ! 幸太!!」
「おっけー!」
叫んだ瞬間、柳の周囲に生成されていく氷片。今迄と比べ物にならないスピードで増えに増えた数の氷片は、到底応戦できる数じゃなくなった。
幸太が錫杖を地面に突き立てた。振り返れば駿が駆け出したところで。
「〈目を
土壁の影に入れなかったらなんて考えたくも無い。
「〈
「駿ッ!!」
ダガーを鞘に戻して右手を伸ばす。広めの壁、左右をも囲うように持ち上がる土。短弓を持たない手が伸びる。あと少し――あとほんの少し!
「……ッ成瀬!!」
手が触れる、掴んだ!!
「〈
「うらぁッ!!」
思いっきり引っ張って、背後に倒れ込むような形で土壁の影へと入る。なだれ込むように駿が続いて、その後ろできらりと氷片が地面に刺さるのが見えた。
魔術行使している幸太が受け止められる訳ない、背中に来るだろう衝撃を想像して目を瞑る。けれど、感じるのは土壁とは違う、温もりのある柔らかな感触。
「全く、二人とも無茶をする……」
耳元で響く聞きなれた声に、駿が喉で笑う声が聞こえる。
「ようやく御出ましとは遅くないか?」
「誰が君たちの分まで位置偽装してきたと思ってるんだ……全く」
土壁から出ないよう気を付けながら、体勢を立て直す。振り返り見れば背後で受け止めれくれたのは。
「つ、かさ?」
「うん、改名した覚えはないかな」
落ち着いた声で返される、至極全うな
「いや、いつから、なんで」
「割と前から。幼馴染を助けるのに理由は要らないだろう」
「……まあ確かにそうだけど!」
多分、
でも、そんなことは僕も
「僕が聞きたいのはそうじゃなくて――」
「――御影タワーへ行くんだろう?」
バッと駿を見る。何で知っているのか、いや知っているからこそ此処にいるのか。
「お前はそのために。俺たちは俺たち自身のために。アイツを止めるんだ」
「まあ、駿に関しては利害の一致ということにしておいてくれ」
おどけたような口調で、眼鏡のブリッジを押し上げる司。それが言わんとする駿の心情をなんとなく察してしまって、それ以上なにも言えなくなる。
「……わかった。それじゃ、そういうことで」
「はいはーい話まとまったならこの状況の打開策考えてくれるかなー?!」
「っとと、長話してごめん!」
幸太の声で現状に意識が引き戻される。色々と聞きたいことは山ほどあるが、今はゆっくり話していられそうもない戦況が続いている。いまだに氷片がバキバキと砕ける音がそこらじゅうから聞こえているし、オーバーフローというのが俗に言うガチギレ状態ならば待っているだけじゃこの攻撃は止まらないだろう。
(全然話しかけてこないってことは、
「放置してて悪かったな幸太。俺の弓で援護するか?」
「それもいいけど、この調子だと魔力を消費し続けてジリ貧になっちゃいそー」
「……相手は柳先生だ、
「あー、マジ? そういうこと? ……なら仕方ないかあ」
「ふん、やるしかないようだな」
イヤーカフに耳を澄ましていると視界に映り込む、鮮烈な魔力の色。黄色だけじゃない、緑、そして白色。三人それぞれが柳先生と同じように、魔術を行使していないのにも関わらず可視化されるくらいに体内から魔力が溢れ出ている。
「……なに、して」
「魔力ぜんかーい!!」
錫杖を持ったまま幸太が叫ぶと、毛先の髪色が変化し土壁がより大きく、そしてさらに多くの土壁が生成される。駿や司を見れば、二人も同じように色味を帯びて、瞳の色がそれぞれの属性の色へと変化して、加えて。
「なんだそれ、ダイジョウブなのか?!」
「ああこれか? 平気だよ」
駿の左手甲にボコっと現れた、緑色の宝石のようなもの。何ら顔色が変わらないあたり、痛かったりとかいうのはないみたいだった。司はぱっと見たところ見当たらないが、幸太の手元を覗き込めば右手の甲に同じような鉱石が現れていて、本人は平気そうでも見ているこっちの心臓に悪い。
「これは魔力核といってな。俺たちが持つ魔力を使うための源、みたいなものだ」
「核を壊されるとかなりの痛手になる。……けど、それは柳先生も一緒だ」
「じゃあ、それを壊せばとりあえず抜けられるってことか?」
「いやーそういう訳にもいかないと思うなあ」
錫杖をコンクリートに刺して、強化した土壁生成魔術を固定したらしい。振り返った幸太が首を振った。見慣れない黄土色の瞳が、鋭く底光りする。
「柳先生、めっちゃ強いし。だから、七海んを氷壁の向こう側に逃がすのを優先した方がいい気がするー」
「『そうだね、私もそれに賛成だ』」
「……っ!!」
急に響く聞きなれた声に、思わず息を飲む。
「でも、それじゃお前らを此処に残すことになっちゃうだろ」
「『……あの術式は、独立して地表から直接魔力の供給を受けているみたいだ。その魔力で傷ついた部分は自動修復される。彼のコントロール外にあるからこそ、一度向こうへ抜ければそう簡単に後は追えないよ』」
「そうした方がいいのは理解できるよ、けど――!!」
「――さっき言ったことを忘れたのか、成瀬」
ぴしゃり、と名を呼ばれて思わず口を噤んだ。隣、深い緑の色をした、駿の眼がまっすぐと僕を見る。意志のこもったその眼は、いつも僕に挑戦をしかけて戦う時のような闘志を秘めたもので。
「俺たちは俺たちのために戦うんだ。……お前はお前のやるべきことを見失うな」
そんな眼を向けられたら、引き下がる他ないじゃないか。
「あの氷壁は自立型の術式みたいだ。僕の
「……それなら尚更だね。成瀬さえ向こう側にいけば、
司も
「……念のためダミーで土壁増やしておいて正解だったかなー。ばんばん壊されてる感じがする、もう時間ないよ」
「俺の
眼鏡の向こう、灰色がかった瞳で司が面々に視線を投げかける。
「おっけーい!」
「わかった。足引っ張るなよ、成瀬?」
「そっちこそ、自分勝手に動くなよ?」
十分に練られたとは言えない作戦。ぶっつけ本番ともいける状況だけれど、この面子ってだけでどうにかできそうな気がする。
幸太が錫杖を地面から抜いて手に取る。司が長杖を構え、駿が短弓を握る。装備していた投げナイフを片手に一つずつ手に取ると、誰からともなく頷きあって。
「――行くぞ!」
駿の号令で、それぞれ動きだす。
一瞬、緑の瞳と視線を交わしてからバッと土壁から駆け出し、次の土壁へと移る。合間にちらりと見えた柳の額に見えたのは魔力核。少し移動しただけでも、冷えた空気が肌を刺すみたいだ。
「
虚空に向かって叫ぶ先生の悲痛な声。司の
後ろをついてくる駿を確認しながら、土壁を駆使して氷壁へと近づいていく。
「――大きさ、どーする?」
「それなりに景気よく、お前が通れるくらいな」
「なんだそれ、よくわかんねーの」
ふはっと思わず笑ってしまう。
目の前の氷壁を、俯瞰するために距離を取りつつ見上げる。自動修復の影響を受けてもいいくらいに景気よく、か。大きな三角形を作るように、まず左下の一本。そして右下に二本め。頂点の三本目と投げナイフを素早く打ち込む。
「投げナイフの腕は落ちてないようだな」
「そりゃどーも。……じゃ、後は頼んだ」
「ああ、任せておけ!」
きらり、と短弓を握る左手甲の魔力核が煌めく。淡い緑の魔力が収束し、練り上げられ、魔術を行使せんと形作っていく。
「〈疾風迅雷〉!」
爪弾かれた短弓の弦から生成される、三本の風刃。まっすぐと尾を引いて、楔を頂点とした三角形に氷壁をくり抜く。とどめと言わんばかりに渦を巻くような風刃で、向こう側へと氷を押し出してゴトンと音を立てる。
「今だ、駆けろ!!」
ぐっと踏ん張って、スタンディングスタートを切り加速する。氷壁までそれほど距離はないが、少し高さのある穴を飛び越えるために速度を上げていく。
「
気が付いたらしい、柳の声が僕へと向けられているのが聞こえる。じわじわと小さくなっていく穴。一層足の回転数を上げれば、まるで示し合わせたように目の前の地面が盛り上がって小さな坂となる。
「行っけーぇ!!」
幸太の声を背に、刻一刻と小さくなる大穴めがけて走って、走って。氷壁をハードル走みたく飛んで。
(――くぐり、抜けた!)
うまく通り抜けられたのを機に、振り返ろうとした瞬間。
「振り返るな、走り抜け!!」
聞こえてくるのは、僕のことを深く理解した幼馴染の言葉。それに応えるために、正面の御影タワーを見据える。僕は、僕のために、向かわなくちゃならないから。
「……有難う、駿、司、幸太」
そう小さく呟いて、立ち止まることなくそのまま。まっすぐ御影タワーへと駆け出した。
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