第01話 あ◆ふ◇た◆◇
鼓動が一段大きく胸を突く感覚。大きく息を吸って、息を吐いて、吸って、また吐いて。大丈夫大丈夫、なんてことはない、落ち着いた。
「……お前さぁ」
「……何が言いたい、成瀬」
「いや、お前。別れ話とかカフェでするタイプだろ」
「な……」
お、みるみる耳が赤くなってくな。図星だ。というか、知ってて言っているんだけれど。
「こじれるぞ~。よりによって、デートの最後とかで決行するタイプな」
「な……! 見ていた訳がない、何を根拠に」
「見ては無いが伝え聞いたってところさ」
「っ、誰が……!? ――はー……」
顔に手を当てながら深く息を吐いた。分かってるねえ、情報源は秘匿するのが僕の鉄則だ。誰が、なんて言う訳が無い。
「いい加減問いに答えてくれるか、成瀬」
「はいはい、そうだねー」
珍しく照れたような怒ったような顔が見れたことだし、これ以上追い詰めるのは
「――じゃあ話を戻すとしますか。魔術を使ってみたいか、だっけ」
魔術を使ってみたいか、使ってみたくないか、どっちなのか。
その二択が存在するのはこの世界で僕だけだけれど、僕の中では二択ですらない。
「勿論、使ってみたいさ。ずっと」
(言うまでも、問うまでもない話なんだよ)
「……言い切るね」
「言い切るさ。そりゃあ」
驚いたように目が見開かれた。そんなに意外な考えだったか?
「てっきり、成瀬は魔術のことを嫌っているものだとばかり思っていたけれど」
「
「という表情を頻繁に見ていたからな」
「だろうなあ。でも、
「……まあ、授業については先生のこともあるからな」
「そうそう。それが無ければもっと魔術学の授業も好きになったと思うんだけどね」
教科担任の
「……出来ることならば。使ってみたいし、目にしてみたい。
幼い頃のお
「魔術という存在が絵空事じゃないのなら尚更、な」
「……確かに。魔術を扱うということは絵空事ではなく、成瀬が魔術を使える可能性はゼロじゃない」
「そうそう」
魔術は才能。言われてしまえば、すっぱり諦められるかもしれなかった。でも、事実としては魔力が扱えていないだけで。それが残酷にも僕にまだ希望を抱かせる。
「ある意味一番残酷な宙ぶらりんだけれどね? それでも」
「それでも……?」
「なんていうかな。子どもっぽいかもしれないけどさ……」
「夢をみるのはタダだろ?」
おっと、丁度良いタイミングだ。あー、美味しそうというのがこの距離でも分かる。僕たちのプレートを手にした
「お待たせいたしました。パストラミとチーズのパニーニのランチセット、本日の珈琲のお客様」
「は~い!!」
「失礼致します。では、エッグベネディクトのランチセット、アイスブレンドコーヒーですね」
「有難うございます」
「ご注文の品にお間違いないでしょうか」
「はい!」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
伝票を置いて、去っていく店員さん。うわ、美味しそう……程よく熱の入っている肉、新鮮そうなレタス。チーズもたっぷりで、ヴォリューミーだ。思わずごくんと唾を飲む。司のエッグベネディクトも出来立てほやほやで、半熟卵の黄身が今にもとろーり溢れてきそうな感じがする。
「さ、さ、食おうぜ」
「……そうだな」
「いっただきまーす!」
「いただきます」
* * * *
「ご
「ご
ドアベルをカランコロンと鳴らして、外に出る。冷えた身体に、暑い空気が
いやあ。今回も食べ応えたっぷりな、それでいて味と量に対してコストパフォーマンスの高いランチでした。
「良い店だな」
「だろ? 僕が
「珈琲も美味しかったしな」
司も食べてる間に頬を緩ませていたからな。今日は表情筋を使いすぎて筋肉痛になるんじゃないかね。
「これからどうする?」
「俺は図書館に行くよ。借りていた本を返さないといけないし」
「あちゃあ……ついさっき図書館には行ったばかりだ」
「じゃあ、此処でお別れか?」
んー、どうしようか。もう一回ついて行っていいけど、何かすることは、――あ。
「そーだな。ちょっと行く所あるし」
そういえば、魔道具屋に行かないといけない。夏休み前の模擬戦闘で杖を壊してしまったから、魔道具屋に行って新しい
「昼飯、付き合ってくれて
「こちらこそ、美味しい
「そう言ってもらえて
「勿論」
軽く口の端を上げて、司は笑う。普段笑わないくせして、時折こうして微笑むのが女子に好評だとかなんとか。
「じゃあ成瀬、またな」
「おう、またなー」
軽く手を挙げるだけの姿に、ひらひらと手を振って返す。魔道具屋へ、図書館と反対の方へ道を進んでいく。
でもどうしようか。七星デパートに行って、銀行でお金をおろしておくべきか? さっきの支払いをするときに財布の中を見たらお金が無かったからな……。
(いや、とりあえず見に行くだけ見に行ってみよう)
腕時計の針は十三時前を指す。幸い、時間だけはあるんだ。二度手間にはなるけど、一度魔道具屋に行ってから銀行に走ってもいい。武具の種類も杖以外でもいいかなと思い始めているから、家で一度戦術を考えながら一晩寝かせるのもアリだ。
木々の葉の隙間から、陽射しが刺さるみたいだった。
ゆらゆらと
(……きっと違うんだろうなあ)
曲がっては歩き、曲がっては歩き、信号で立ち止まってはまた歩き出す。
(あれ?)
ふと、何もない空き地が目に留まる。近くのビル群に連なる中ひっそりと存在する空き地。流石に立ち止まりはしないけど、どことなくその場所が空き地である、ということが異様に思える。
(此◆は――◇◆事◇所があ◆た)
「……んー」
(◆処◇――確か、◆生の◇◆あっ◇)
「あー……なんだっけ?」
喉まで出かかってるんだけどな。いざ無くなってみると、何があったかって意外と思い出せないもんだ。何もなくなってるって事は何か新しく造られるんだろな。
入道雲が、青空に映える。
暑苦しいほどの夏が、足を引っ張っている。
(あー……着いた着いた)
魔術という幻想を、人智としての道具に落とし込んだ。その事から、『
これでまた暑さとはオサラバ、ようやく涼める。
庇の影になっている部分の取っ手を握り、チリンチリン、とドアベルを鳴らした。
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