第00話 ◇◆ふ◇た◆◇
流れ出した冷たい空気が、鼻に刺さる。ああ、冷房最高。そのまま視線をカウンターに向けると、相変わらず威厳に満ち溢れすぎている店主と目が合う。
「……らっしゃい」
「こんにちは」
毎度ながら、心臓に悪い
そんな店主は目が合ったときからそのまま、鋭い眼で僕を凝視してきている。
「あの……」
カウンターの方に動く間も、じいい、と観察されたままで。
いや、本当に店主には良くしてもらっているんだが。無言で、鋭い目で、じっと見られるのはキツい。何がって、圧が。
「何か、僕の顔についてますか?」
このままだと身体だけじゃなく肝まで冷えきるというか、本当に
「……が」
「?」
ぼそり、と低い声で呟かれると聞き取りにくい。なお、眼光は鋭いまま。視線が痛い。
「顔色が」
「顔色?」
「ああ。顔色が悪い」
「顔色……そんなに?」
「いや。……俺には、そう見える」
そう見えるが、他の人が判じれるかどうかは分からない、って具合か。
「椅子、居るか?」
「いえ! 大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そうか」
威厳や圧が消えないながらも、なんとなく心配そうに見ているような気がする。まあ、気がするだけかもしれないけど。
「でも、驚かされました」
「……それはどういう?」
「実は体調を崩して、寝込んでいたんで」
「……ふむ」
何か、変なことを言ったか? 鋭かった眼つきを驚きで少し見開いてから、顎に手を遣り、考え込む仕草を見せる店主。こんな仕草をする人だったっけか、それよりもなんだか。
(◆◇に似てるなあ――)
「……似てる?」
「?
不思議そうな表情で店主に見られる。だけど多分、僕も困った顔をしていると思う。無意識に、口を突いて出てきた言葉。確かに、似てる、似ているという感覚だった。だけど。
誰に似ているのか。それが一瞬にして分からなくなった?
(顎に手をやって考える仕草をする人なんていたか?)
「どうかしたか」
(
「や……ちょっと」
(でも、確かに見覚えがある――あるの、に)
眩暈みたいに、頭がくらくらする。カウンターに手を突く。靄が掛かったみたいに思い出せない。深呼吸、深呼吸。誰か、その仕草をする人を知っている、知っている? 大丈夫、大丈夫。
「やはり、椅子を」
「ダ、イジョウブです。治ってきたので!」
にたり、と笑みを浮かべる。深呼吸を続けていると、段々と収まってくる。大丈夫、もうくらくらしない。カウンターに突いていた手を外す。伺うように見ると、不服そうでありながらも、店主は無言の圧で語ってくるのみに押し
「どうか、お気遣いなく」
少し違和感が残るが、立っていられないくらいの
「……無理は禁物だ。いつでも言え」
「有難うございます、すみません……」
「気にするな。さて」
そこで一つ言葉を区切ってから、店主はどっしりとした重低音を響かせる。
「七海君。目当ての物は、何だ?」
「え? あ、ああ、えーっと」
そうだ、話が逸れてしまったけど壊した魔道具の代替品の目星をつけに来たんだ。違和感が気にはなるが、今すべきことは他にある。
「……あの、模擬戦闘に使う武具で、剣型のものはありませんか? 今まで使用していた杖型の魔道具が壊れてしまったので」
以前まで使っていた杖は、模擬戦闘中にポッキリと折れてしまった。まあ、二年ぐらい使っていたから長くもっていた方ではあるけど。
高校生になると、魔術学の授業はほとんど実践みたいなものだしな。使用頻度が高くなればなるほど、手入れをしていても道具の寿命が短くなるのは早いわけで――。
(――?)
いつもなら代替武具の提案をする店主が、一向に返答をしていない。ぼうっと
「
呼び掛けた声で、ハッと気が付いたかのように威厳と表情が普段の圧に戻る。
「いや、すまん。少し気が、動転してな」
「……何か変なこと言いましたか?」
「ああ。そうだな。すまないが今回俺から勧める武具はない」
何一つ、おかしなことを言った覚えはない。加えて、店主が勧める武具がないとは。
(今まで、そんな事は無かった)
「何故ですか? 理由を聞かせてください」
「ああ。……何故なら。つい三日前のことだ」
「三日前ですか?」
三日前なら、家で僕は寝込んでいる頃だろう。そんな時に何が。
「何が、あったんですか?」
「……
「? 誰が?」
「勿論、七海君。君だ」
「僕、が?」
呆けたような声が出る。『
「他の誰でもない君が、――君自身が。此処を訪れている」
「そして全く同じ台詞で、杖の代わりに新しく、魔道具の短剣を買って帰っている。だから――もう、勧める武具はない」
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