第02話 沈黙する語り部

 カウンターに置いた鞄の中に、店主が手を入れる。そして出てきたその手には、三角錐さんかくすいの形をした――小花柄の


「……何ですか、それ」

「分からん。身に覚えは?」

「いや、ないです」


 冗談抜きで、今までに見たことがない。形状もだけど……類似した物品を今までに見たことがないというか、用途・用法が分からない謎の物体。

 勿論、そんなお菓子のアソートパックのひとつみたいなものを、携帯している覚えなんてない。短剣は僕の買ったものだとしても、僕の所有物はカウンターの上に並べたものが全てのはずだ。

 店主は表面に指をそっと滑らせてみたり、色々な角度から見ては少し唸っていた。


「……何なのか、わかります?」

「どうだろうな。素材は布のようだが……」


 一旦言葉を区切ると、店主はカウンターにを置いて。周囲にぐるり、と円を描くようにカウンターをなぞった。じっと、三角錐を見つめる店主。多分、推測だけれど何かの魔術を行使しているんだろう。


「……やはりだ」

「分かりましたか?」

「いや。これが何かは分からないが」


 物体から視線を外すことなく、低い声が響く。


「――何らかの魔術が掛けられていることは確かだ」

「切りましょう」

「……っ!」


 店主の息を呑む音で、我に返った。


「あ、いえ。や、……」


 気が付いたら、そう答えていた。無意識にも左の手でさやごと掴んでいた短剣ダガー。違和感はなく、間違いなくこの感触は


(やっぱり、何かある)

「すまん、驚いただけだ。反魔力術式で壊してみるか」

「言葉足らずですみません……、はい。やってみましょう」


 店主の言葉に、鞘からそっと刀身を抜く。三角錐を手に持って、刃に気を付けながら刀身に当てると。


 ――ふわり、と。今までの店内になかった、アロマのような香りが漂う。


「形状固定術式に内外遮断結界の術式……ぐらいか。どうやら魔道具ではないようだな」


 差し出された手に物体を渡す。とそこで、しっかりとした三角錐だったそれが、へにゃりとしぼんだように形が変わっているのに気が付く。


「それにこれは……、匂い袋か?」


 鞘に鈍く光る刃を仕舞って、再びカウンターに置く。やっぱりさっきまでは無かった、少し甘くて、どこか爽やかで、安心するような香りがする。


「匂い袋って、なんかいい香りがするやつですか?」

「嗚呼。乾燥させた花弁や香草をいれて香りを楽しむものだ。だが、この匂い袋には何か入っているな」

「入っている?」


 触ってみろ。そう差し出された、ふにゃふにゃになった三角錐――もとい匂い袋をぎゅっと手で掴んでみる。そこには、草らしい独特の感触の中に硬い、何か。


「ほんとだ」


 その形を辿ってみると、時折でこぼこしていながらリングのように輪になっている。だけど、完全な輪っかという訳ではなく、一カ所途切れている部分があって。何だコレ。


「形状・大きさを考えると、指輪ではないかと推測される」

「指輪……、材料な訳ないですよね」

「そう思う。が、魔道具としてではない、ただの匂い袋の製法は詳しく知らん」


 まあ、僕も詳しくは知らないけれど。それでも、指輪を入れる、なんて話はとんと聞いたことがない。


「こういったものが流行っているのか?」

「流行り廃りに疎いのは否めませんが、そんな僕でも言えます。――流行ってないです」

「……そうか」


 本来ならば無いものが、そこに在る。匂い袋の中に入れられた指輪のようなもの。結界の術式が術式を壊す為の導線で、形状固定の術式が指輪の存在を隠すものだとしたら。


(何はなくとも、これを僕に渡した人の意図があるとしか)


 だったら、やることはひとつだろう。


「取り出してみますか」

「――七海君が良いのなら。ただ、もし取り出すのであれば開封は俺が行っても?」

「どちらも構いません。……お願いします」


 開封をきっかけトリガーにして、魔術が起動する可能性を鑑みてのことだろう。頭を少し下げると、店主は頷きを返事としたみたいだった。

 かがんで、カウンターの下から取り出したのは筆箱サイズのソーイングセット。中からちバサミを取り出し、片手にハサミ、片手で匂い袋を摘まむ。


「切るぞ」

「お願いします」


 三角錐だったときの辺のひとつに狙いを定めて、最初にほんの少し、ほんの少しだけ切れ目を入れる。傍目はためには、何かが起こっているようには見えないけど。


「……大丈夫、ですか?」

「ああ。何も仕掛けられてはいないようだ」


 ゆっくりと丁寧に、それでいて迷いなく生地を裁っていく。一辺分いっぺんぶんを切り終えると、ハサミを置いて。


「七海君、取り出してもらっても?」

「あ、はい」


 切り口があまり大きいものではないから僕の方が適任か。店主が器用に広げる切り口に指を入れて。草の感触をかき分け、硬質なそれを掴んで引き出す。出てきたのは。


「やっぱり指輪だ」

「うむ。……サイズ可変型のものだな」


 重みはそれほど無い。いや、装飾品にそれ程精通している訳じゃないからもしかしたら重い部類に入るのかもしれないけど。

 店主はさっと糸を通した針を手に取ると、中身が溢れないようにすいすいと切った部分を縫い付けていく。


「すみません、有難うございます」

「サービスだ。……花がモチーフか」


 縫いながらも、時折視線を指輪に向けられるなんて器用だな。僕にはできない。


「ですね」


 青い花弁、花の中心は黄色、という独特な色合い。その小さい花が三つ四つと集まり咲いている様子があしらわれている。指輪の意匠は割と好きだなあ。

 その傍ら、くるくるくる、と針に糸を巻きつけて綺麗な玉留めを披露する店主。


「……よし」

「お上手、ですね」

「仕事柄、な。……見せてもらっても?」

「はい。お願いします」


 ソーイングセットを片付けたところで店主に手渡して、指輪自体を見てもらう。


(そういえば、花図鑑借りてたな)


 カウンターの上に置いていた図鑑を取って、開いて見る。分からない花が見つけやすいように、目次が花の色ごとになっていた。青色の花は、八四ページから。

 いちページずつ確認しながら、めくっていく。


 アサガオ、アジサイ、アヤメ。 

 カキツバタ、キキョウ。

 ツユクサ……、ヒヤシンス。


(これ、キリが無いな)


 一度ぺらぺらぺらと軽く流し見て、似たヤツを……あ、コレっぽいな。


「店主、これですかね?」

「……どれだ」


 青い花のカテゴリーの最後の方。開いたページを、店主の方に向けて見せる。


「ワスレナグサ、って花らしいです」

「確かに。似ているな」


 ネモフィラ、って花も似ているけど、花の中心が黄色ってところでワスレナグサの方が合っている気がする。

 開花時期は四月から六月。多年草だけど、日本だと夏越えが出来なくて一年草扱いなのか。青だけじゃなくて、ピンクとか白い花の種類もあるってなると、並べて植えて咲かせたら綺麗そうだな。


「七海君。こちらも、魔術が仕掛けられている痕跡は無いようだ」

「そう、ですか」


 返そう、と差し出した掌にそっと乗せられるワスレナグサの指輪。指輪自体には魔術は仕掛けられていない。だからといって、何の意図もないとは言い切れない。


(指輪。匂い袋。花……)


「花言葉、とか」

「花言葉?」


 もう一度図鑑を手に取って、一六四ページ。

 ワスレナグサの花言葉は、『真実の友情』、『思い出』、『真実の愛』。そして。






「『私を忘れないでForget me not』……?」

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