第03話 忘れじの言葉共
(『君は――)
頭の中で、声が聞こえた。
(『君は――魔術を使うことって、できているかい?』)
「……っあ」
ずきん、とこめかみに痛みが走る。手から離れた指輪が、ころりと音を立てる。
(『仕事内容は、『いや、探偵見習いって『御影市に潜む謎を、解き明かしに来『矢張り、君もなの『
「七海君!!」
「は……」
店主の声が、遠い。耳鳴り。くらくら、
「! ……お前は」
(『ナナミ君』)
「ほら、吸って、吐いて――しっかり呼吸をするんだ」
呼吸。吸う、吐く。吸う、吐く。
(――ものは存在しないのだからね』所によって雰囲気が違うみたいだね』
頭が、ギンギンと痛い。後ろにふらついた身体、支える誰か。
「大丈夫、私が支えているからね。ゆっくりでいい、思い出すんだ――」
ああ、知っている。この声だ。柔らかい、少し低い、花の在る声。
「は、い」
(『体調不良になった子が居たから、『そうです! てか、七海。新しく『なんだよ、じゃなーい。『それにしては遅かったねー?『ねぇ、絶対聞こえて――わかりましたよー……』眠れないのかなって』のそーゆーとこは尊敬するわ』と眠れなくなる。でしょ?』るものを信じればいいと思うよ?』)
パキリ、と何かが砕け散る音を感じたような気がした。段々と、頭痛が治まっていく。ああ、そうだ、そうだった。
(『目の部分の魔封じの術は無事解けたみたいだね』)
なんで、忘れていたんだろう。
(『誰の入れ知恵か知らんが、――利口な子は、面倒なんだ』)
乱れていた呼吸も、思考も、
「もう、大丈夫です。有難うございます」
微かな花の香が、舞った。
「――
少し
「どういたしまして、我が弟子」
顔に湛えられた柔らかな笑みは相変わらずで、それでいて久しぶりに見た感覚だった。本当にムカつくぐらいの良い顔をしやがって。
肩に添えてくれていた手が離れ、しっかりと両足で立つ。うん、大丈夫だ。
「……いつから、
低く、唸るような声だった。視線を向けると、眼つきを鋭くした店主が僕の背後を見つめて。
「お久しぶりです、店主殿。いえ、ついさっきですよ」
底の知れない笑顔で、
思うに、隠れていたんじゃないかと。
「そうか。……まあいい」
問い詰めても無駄だと思ったのか、この手の性格の人は苦手なのだろうか、直ぐに視線は僕の方に向けられる。その目が少し見開かれたみたいだったのは、気のせいだろうか。
「七海君は、思い出したのかね」
「――はい」
「
「それはもう、しっかりと」
「そうか」
頷きながら、そう返す。
例えるなら、そうだなあ。二時間映画を三十秒に圧縮して、無理矢理見させられて。かつその全てを理解させられた感覚だ。テストが終わった後のような、頭を使った後の独特の疲労感がある。
「……水、要るか?」
「え、あ。……できれば、頂きたい、です」
「持ってこよう」
そのまま、くるりと
「すみません、有難うございます!」
大きめの声で言ったけど、ちゃんと聞こえたかな。
でも多分、純粋に体調と、
そこで響くのは、間延びした声。
「――いやあ、昨日ぶりだねえ」
「……あ、そっか。昨日ぶりでしたっけ。……まあ、僕はそんな感覚じゃないですけどね」
背を向けたままでも分かる、ちょっとだけ嬉しそうな声音だ。鞄の中に、順序立てて整頓しつつ荷物を入れていく。
「それはまあ、ね。気分はどうだい?」
「お陰様で、そこまで悪くはないです」
「無理は、しないように、ね。我が弟子は真面目すぎて無茶をするところがあるから、
そんな風な戯けた口調に、安心感があるのは何故だろう。でも、感動の再会なんてのに流されている場合じゃない。
「手間のかかる弟子ですみませんね。――ところで」
思考を整理しつつ、僕は僕で知りたいことを尋ねなければ。
「
「そうだねえ。なくなっちゃった」
「……どこに住んでるんですか」
「うーん、それは今は言えない。
住まいについては曖昧な答え、か。
鞄に入れる物はこれで全部。あとは、これだけ。ワスレナグサの指輪を摘まむと、振り返って青い瞳を見る。
「
「うん、何だい?」
「僕は」
「僕は――自分の意思で動けているのでしょうか?」
突きつける、指輪。先生の顔からは、笑みが消えていた。
ワスレナグサの花言葉で、消えていた記憶を運よく思い出す、なんてこと普通じゃ有り得ない話で。
「……怖いんですよ」
指輪を摘む、指先が震える。
順繰りに、予定調和のように発生する
「まるでロールプレイングゲームのキャラクターみたいに、何かに、誰かに、いい様に操られている気がしてしまって」
本当に――自分の意思なんだろうかと、急激に恐ろしくなる。
少しの、静寂。
「ナナミ君は、ナナミ君だよ」
人差し指に、そっと指輪を
「君は、物じゃない。れっきとした
「……答えになってないです」
「ふふ、ごめんね。私は
眉尻を下げてそう言う
少し暖かくて、
「私との出会いはね、ただ
「……どういう意味、ですか」
「考えたこと、あるかな」
一度言葉を区切ると、青い双眸で真っ直ぐと見射抜かれる。
「
「――!」
息が、一瞬、止まった。
「……なんとなく、予想がついたみたいだね」
柔らかな声音に、頷いて返す。
(なんで、事実はこんなにも)
唇を噛む。
「理解ったと思うけれど、私は、これ以上表立って干渉することはできない。ただ、ナナミ君」
「はい」
「君が望むのなら、出来る限り尽力はするつもりだよ」
「……はい」
「更なる忘却も、見て見ぬ振りも、真実の探究も、全ては君が決めることだ。その上で、私は君に尋ねよう」
僕の
でも、共に残酷だとも思う。
つまりそれは、選択肢のどれもを選択しないことを許してはくれないのだから。そしてそれはきっと、この世界も。
真っ直ぐと視線を合わせながら、聴き慣れたその声が言葉を紡ぐ。
「ナナミ君、聞かせてくれるかな」
「君が、これからどうしたいのかを――」
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