第16話 知識とは力なりて
ぺら、ぺら、と、紙束を
「ううむ……」
すらすらと紙の束に眼を通せば通していく程に、
まあ、今の論点はそこじゃないか。
「どうですか?」
「う~ん……」
何回か見返した後、一度紙束から目を上げて
「魔術適正の測り方のように、明らかに意図して隠されている知識はなさそうだね」
「そうなんですか?」
「うん。いくつか足りないところもあるけれど……基礎知識としては、不必要と考えられるものばかりだ」
そう、か。何かまた
妙案だと思ったんだけどなあ。
「無駄足になっちゃいましたね……」
「いいや、そういう訳でもないよ?」
僕の予想とは外れて、
「このリストが有ることで、私は君が魔術について何を知っていて、何を知らないのか。それが分ったんだからね」
「……それ程気に掛けてもらえているとは、嬉しい限りですね」
にいっと、口の端が上がるのを感じた。
「確かに、より効率的に魔術について教えていただけられるかと?」
「言ってくれるねえ。まあ、そのつもりで居るからね」
「よろしくお願いしますよー?」
今、その魔術の腕だけが、唯一僕と
魔術適正の件があった今。魔術学を教えてくれていた柳先生も、イマイチ信用できない。この状況で魔術についてちゃんと学べると僕が思ったのは、この人からだけだから。
「ところで……、さっき言っていた足りないところについて教えてもらってもいいですか?」
「え?
ちょっと話題転換が強引だったかな……? まあ、いいか。教えてもらえるなら問題ないな。
ちょっと不思議そうな顔をしながら、
「ちょっと気にかかったのは二つで、この魔術結界の種類ついてと……、魔術詠唱について、かな」
魔術結界の種類に、魔術詠唱についてか。どちらもなんだか重要そうな気がするけど。
「それじゃあ、魔術結界についてからお願いします」
「
「種類……」
「そう。――
「はい。結界内の結界外の境界を強固にすることで、外部からの攻撃などから内部のものを守る術、と」
「
確か、中学に上がった後に習ったはずだ。実際に見たことはない。魔術の素養ゼロな僕には、勿論起動すら不可能だったし……。その
(いつか、僕も使えるようになれたら)
僕に掛かっている魔封じの術を、完全に解いてもらえたらの話だけれど。
「だけれど、それ以外にも魔術結界にはそれ以外にも種類があってね。大まかに分けると二つ」
「二つ、ですか」
「
魔術結界。界を結ぶと書くように、魔術によって限定的に位相をずらした世界を結実させる術。それを防御以外の目的で使うことがある、ってことか。
「まずは一つ目、特殊結界についてから話していこう」
「はい、お願いします」
「では。――特殊結界というのは、防御以外の用途で作成される結界全般を指していてね。その内側に特殊な力場を発生させるものなんだ」
「特殊な力場……って、例えば何でしょう?」
「ん~、そうだね。結界の中のものを腐らせない、とか。真空状態にする、あるいは水で満たす、とかね」
何だか実用的な例えしか出てこないけど、何となく想像がついた。結界の内側に対して、特殊な条件を付すことが出来る、っていう感じなんだろう。
「つまり、防御以外の特殊な状態を結界の中の空間に付与する、……というのが特殊結界という訳さ」
「……成る程、特殊結界というのは理解しました」
そこで、一旦区切り、というように
(あー、ふわっと良い香り〜……)
香り良し、味良し。至福のひと時。
お互いそれぞれ味を楽しんでひと段落したところで、緩んだ顔を引き締めて。僕から質問を投げる。
「では
防御の為、特殊な効果を付与する為。それ以外に、どんな定義の結界があるんだろうか。
「うん、二つ目の特有結界というのはね、その人の強い想いや深層心理、あるいは心象風景が魔力と結びついて出来る、――いわば個人特有の結界さ」
「個人特有の、結界……」
んー、いまいちピンと来ない。そもそも魔術の定義だけを聞くと、性質上仕方ない部分もあるけれど曖昧な
そんなことを考えていると、分からないって表情を浮かべていたらしい。ふっと視線が合うと、師匠は苦笑を浮かべていた。
「例えば、ね」
一つ区切って、
「ある人が居て、彼には大切な人が居て、
「その、時に?」
「……その人の、『無念だった』という強い想いが、大切な人と明けない夜の町を過ごすという歪んだ世界――つまりは、特有結界を作りだしてしまう、とかね」
「……その人のみが、その個人だけが持ち得ることができる結界、って感じで合ってますか?」
「そう。他人と共有することができない、その個人だけが結ぶことができる世界、という具合かな。まあ、とはいっても滅多に特有結界を起動できる人はいないかけれど……」
私も、数えるほどしか見たことないよ。と、
「まあ、分類としては特殊結界の中で殊更に特別な術が特有結界、といった感覚かな」
「成る程。有難うございます。……大体ですけど、理解ができたかなと」
「お、そうかい。流石我が弟子、飲み込みが早い〜」
「それは
「えっ、……そうかなぁ?」
僕の言葉に、明らかに口元が緩んでへらっとした笑みになる
「まあ、冗談はさておき。次は魔術詠唱についてお願いします」
「え、冗談だったの……?」
へにゃりと
「うっ……、分かったよ。魔術詠唱について話せばいいんだろう……?」
「はい」
「そんな君の素直なところ、嫌いじゃないけど……、傷心中の私に代わって、詠唱について簡単に振り返ってみてくれるかな……」
そう言うと、ちょっとだけ口をへの字にした
待て違う違う、そうじゃない。
「かしこまりました~」
初心忘れるべからず。ちゃんと魔術について教えを乞わなければ。
「二つある魔術を起動させる方法の
「そう、そうなんだけどね」
そこで、一息に何枚もクッキーを食べたことにより、口の中がぼそぼそになったらしい。
「此処で
「はい、
「言葉を口に出すときに、必要不可欠な事は何でしょう?」
「……えー」
うおう、急に来た来た。
「うーん……、何でしょうね?」
「こーらー。質問に質問で返さない!」
にへらっと笑って返してみるが、誤魔化される
言葉を口に出すときに必要なもの、ねぇ。普段話をするときに、無意識下で何をしているかってことだよな。
「うーん……」
「そう難しく考えないで良いよ。こうして話している言葉の中には、どんな要素が含まれているかな?」
「言葉の意味、……とか?」
「うん、それもあるね。その他には?」
「それの他に、ですか?」
挑戦的に、それでいて穏やかに
意味。それ以外に喋ってる言葉の中含まれている要素、か。話をする、意味を紡ぐ、その他には何があるだろう――。
(――あ)
「音、だったりして?」
「……
にっこりと満足そうな笑みでそう告げられる。確かに、音も口に出した言葉の構成要素ではあるけれど、首を傾げたくなる。
「言葉の音が、詠唱とどんな関係が?」
「ふふ、それはね……、言葉だけじゃなくて、音の列――
音の列が、詠唱になる、とは。
「音を言葉の代わりに、術式に
「そういうこと。特定の音階を術式に固定することで魔術詠唱とするんだ」
つまりは極論、ららららら〜って歌うと魔術が起動するってことなのか。これは知らないと困る知識だな……。
「実のところ、口笛だけで魔術を起動する
「えっ……そうなんですか!?」
「うん」
そんな、口笛だけで魔術を起動させるなんて……本当にまるで
「以上が足りてないな、と思った知識についての補足だよ」
「教えていただき、有難うございます。言葉じゃなくて音を
「元々口から紡ぐ言葉自体、イントネーションとして特有の音列を為しているからね」
「! 確かに」
合成音声ソフトを使った歌とかを聞いたことがあるけど、人の歌を比べると音階の数とか、歌詞になってる言葉自身に含まれる音のニュアンスが足りない。それだけでも
「話し言葉だって平坦な音じゃなくて、抑揚っていうか、微妙な音の上がり下がりがありますもん……」
「そうそう。だから、そこから音の高低に重きを置いた歌唱や、意味を削った音列でも、魔術を起動できないことはないんだよ」
「成る程、ですね」
言われて納得だ。魔術学にて、儀式などで使われる
「……また一つ、魔術の知識が増えました」
「私も、こうして
ふにゃっと笑みを浮かべて
たまたま出会ったのが、胡散臭くはあるが
「では。今日の魔術講座はこれにて終了、かな」
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