魔術

第10話 朝の喧騒

「くらえっ、流星パーンチ!!」

「流星キーック!!」

「グハァ、ヤーラーレーター……!」


 彼らなりの全力で、肩を殴られ蹴られる。それにタイミングを合わせ、地面に突っ伏すようにして大仰おおぎょうに倒れて見せた。目を瞑ってやられた振りをして、十数秒。


(……んん?)


 待てども待てども、毎度お馴染みの決め台詞ゼリフが聞こえてこない。待ちくたびれて、うっすらと目を開け風太フウタ勇人ユウトの様子を窺う。すると、じーっと此方をただ見下ろす二人と目が合う。


「……どしたよ?」


 普段見下ろしているから、チビッ子二人を見上げているのはちょっと変な感覚だな。視線を交わして数瞬、じっと見つめていた二人は口を揃えてこう言った。


「飽きた」

「飽きたね」

「おいおいこの状態で急に冷めるなよ……」


 突っ伏したままの年上を放置とか、本当に何プレイだよ。

 ひょいと起き上がって胡坐あぐらをかくと、視線の高さが大体同じくらいにまで狭まる。まあ、風太達の方がまだ視線は上だけれど、うつ伏せのまんまで話すよりはマシだろう。

 次から次へと違う敵役かたきやくをやらされて、今日だけで十何回と繰り返したヒーローごっこだ。


「まあ、同じこと何回もやってりゃあ飽きるわな……」

「わな……」

「わな……」

「自動でエコー掛けるの、やめれ?」


 二人の頭にこつんと握り拳を当ててやると、あっかんべーと真っ赤な舌を揃って出してきやがった。


「ほう、良い度胸だな……!」


 ゆらりと立ち上がり、生意気なチビッ子共を見下ろす。ニィっと口の端を持ち上げて、チビッ子命名“悪ガキのしたり顔”を浮かべる。はは、年上をあまり舐めるなよ?


「ナナミが怒ったぞー!」

「逃っげろー!!」

「逃すかぁ!!」


 冷房の効いたお遊戯室で、縦横無尽に駆け回る。積み木やらフィギュアやらを踏まないように気をつけながら、巧みに逃げる二人を追いかけ回す。

 これでも鍛えている方だと自負してる、けれど。


「はぁ、はぁ……」

「ナナミ、だいじょぶか?」

「つかれたのか?」

「つ、疲れた……」


 ……やっぱ若さには勝てないらしい。

 滑りやすいフローリングの床と、体格の差というハンディキャップにより敢え無く撃沈。大の字に寝転ぶと、冷えた床が熱い身体に心地良い。何回か玩具踏んだし、転んでお尻が痛い。

 朝七時に起床してからもろもろの支度を済ませて……二人と遊び始めたのが大体八時過ぎ頃だったか? これだけで疲れるなんて、夏バテはそうそう治るものじゃないみたいだ。


「なあナナミー、次は何して遊ぶー?」

「……どーしようなぁ」


 上から覗き込むようにして風太が言う。

 本当に、朝っぱらから尽きることを知らない小学二年生二人の元気さには頭が下がる。僕でも大変なのに、……この相手をしなくちゃならない世のお父さんお母さんは大変だ。


「外で鬼ごっこしようぜ、鬼ごっこ!」

「それはちょっと……」


 勇人が声高に叫ぶが、この期に及んで真夏の炎天下で鬼ごっこはキツい。元気有り余りすぎじゃないか? 


「ナナ……」

「ん?」


 鈴を転がすような声がして、起き上がる。何処から聞こえたのか、きょろきょろ、と部屋を見渡す。


「あ、リンリン」


 声の主を真っ先に見つけたのは、勇人。お遊戯室の扉から半身を乗り出して、此方を窺うように風太と勇人の一つ下のリンが見ていた。視線が合うと、にこっと笑って手を振ってくる。


「リンリンも遊ぶか?」

「リンリンじゃないもん! 凛だもん!」

「あーはいはい」


 凛と顔を合わせる度に揶揄からかう風太の口を、手で抑えて黙らせる。それに噛み付く凛も、毎度ながら細っこい身体の何処から出てくるのかという大声だ。まあそれはさておき。


「それで凛、どした?」

「ナナを先生が呼んでるの。……もうそろそろお出かけ?」

「ああ、もうそんな時間か」


 流石早苗サナエ先生。凛を使いに出してくれなきゃ、ずっと遊んでいたというか、風太達に捕まっていたと思う。


「えー、お出かけか?」

「ナナミ行っちゃうの?」

「悪いな。続きはまた今度、な?」


 風太と勇人の頭をくしゃっと一撫ひとなですると、不服そうながらも渋々受け入れてくれる。駄々をこねて泣いてた頃が懐かしい、大人になったなあ。


「じゃあ、またな」

「いってらー!」

「いってら!」

「おう」


 二人の送り出しを背に、お遊戯室の扉を閉める。ふと、下を見ると凛が僕をじぃーっと見上げていた。


「きょうも、いそがしい?」

「んー、そんなに忙しくはないよ。それよりも凛、呼びに来てくれて有難なー」

「うん。凛は先生のお手伝いさんだもん!」

「そかそか、頑張れよー」


 頭を髪の流れに沿って撫でてやると、くすぐったそうに笑う。チビッ子三人組は手はかかるが、それだけ可愛いもんだ。特に凛は可愛い盛り、目に入れたら痛いけど。

 揃ってダイニングに入ると、絢香アヤカがぐだっとくつろぎ、早苗先生は針を片手に、ズボンをもう一方の手に持ち裁縫をしていた。あれは多分、勇人が破った膝のところの修復だな。


「せんせい、ナナを呼んで来たの」

「先生、呼び出してくれて有難うございます」

「ああ、七海ちゃん!」


 さっと視線を寄越すと、早苗先生は少し焦ったような声で腕時計を見せながら言う。左右反転したL字型の長針と短針……って。


「えっ!?」

「もう九時十四分よ?」

「これは予定外……!」


 余裕をもっての時間設定だからまだそこまで焦ることはないけれど、時間に緩いのは良くない。さっと用意しておいたお出掛け鞄を軽く肩に掛け、中から急いで腕時計取り出して見ると。


「んん? まだ九時五分では……?」


 調子が悪いのか、僕の腕時計は九時五分ごろを指す。どっちがあってるんだ?


「私の時計、ズレてちゃっているのかしら?」

「もー……、先生の時計も、七海の時計も、どっちもズレズレだよ!」


 黙って聞いていた絢香が呆れたようにそう言う。此方に向けて掲げられたスマートフォンの画面を見ると、九時五分でも九時十四分でもない。


「正解は、九時七分でぇーす」

「せんせいもナナもハズレー」

「本当に? 七分も早くなっちゃってるわ」

「先生のはまだ良いですよ……、時計が遅れる方が困りもんです」


 手首に巻いてから、竜頭りゅうずをくるくると回して時間を調整する。二分ぐらい早めにしておこう。鞄を斜めにしっかりと掛け、中身を確認してから軽く服装を確認する。ちょっと早いけど、行くとするか。


「予定より早いですけど、このまま出掛けますね」


 途中途中で涼みながら行ったら良い時間になるだろうし。僕の言葉に、ダイニングの面々は三者三様の返答で送り出す。


「はーい、気を付けてね」

「シエルさんによろしくぅ!」

「ナナ、いってらっしゃい……!」

「行ってきますー」


 ガチャリ、と扉を閉めて鍵を掛ける。用心に越したことはない。

 今日も今日とていっそ清々しいくらいの晴天だ。よく洗濯ものが渇くことだろう。日焼け止めが手放せないような日差しに、半袖パーカーのフードを被ってから歩き出す。


(……もんのすんごい暑い!)


 真っ白な入道雲が遠くに見える。青い空とのコントラスト、これでもかと騒ぐ蝉の声に、灼けるアスファルトの匂い。これぞ夏、という空気感に、ふわっと漂う魔力が蛍を連想させた。

 

 住宅街をひたすら進む。

 タオルで汗をぬぐいながら、あまりの暑さだからか人っ子一人いない公園を横切る。そこから曲がって進んで、今度は大通り。この辺りは通っていた中学校の通学路だから、なんだか懐かしい。


「よーう、落ちこぼれ」


 肩にずん、と重み。視線を向けると、クラスメイトの三守ミカミ駿シュンの顔がすぐ近くにあった。肩を無理やり組んできたから、ちょっと痛い。


「なんだ、一人か?」

「あいつらもいるぜ」

「七海ん、やほー」


 フードを避けて反対側から後ろをみると、他にも、大振りに手を振る間遠マトウ幸太コウタ八橋ヤハシツカサが片手をあげて此方を見ていた。この様子だと、三人で遊んでいたところに出くわしてしまったか。

 知り合いとこうも出会うなんて、連日ツイてない。しかも駿コイツは扱いが面倒な知り合いナンバーワン。


「んで、何か用?」

「いや? 高校最後の夏だぜ? ……急に魔術の才能が開花しちゃったりとかしないのかなー、と」


 はぁ、と溜息を吐く。

 いつもいつも飽きないもんだ。この三人とは中高と同じ学校に通っている。特に司とは小中高とずっと同じという縁だ。中でも駿は、ああだこうだと事あるごとに絡んでくる。以前幸太から、一回も勝てないのが癪に障るとか聞いたが全く、僕からしたらとんだ迷惑だ。


成瀬ナルセ。面倒なら殴っていいからな」

「フォロー有難う、司。まあ、毎度ワンパターン過ぎて精々ボキャブラリの少なさに呆れるのが関の山だよ」

「なんだと!?」

「確かにそれは否定できないよねー」


 一方的に組んできた肩に、体重をぐっと掛けてきて重い。膝を思いっきり曲げて姿勢を低くすると、バランスを崩した駿から解放される。そのまま歩き出すと、わざわざ隣に並んで歩いてきやがる。


「まあ、此処であったのが運の尽きだ。一試合ひとしあい手合わせ願おうじゃないか」

「え、嫌なんだけど。暑いし、暑苦しいしっ!?」


 咄嗟に距離をとろうとしたが、腐れ縁でも長い付き合いをしているだけあって腕をがっしりと掴まれた。逃がすまいという意思がはっきり感じるこの握りしめ具合。


「拒否権などない! さあ行くぞ御影中みかげなか中学校へ」

「ちょ、横暴すぎる……!」


 背後に助けを求めて幸太と司に視線を向けるが、片やにこにことした底知れぬ笑みを返し、片やおもむろに車道の方へと視線を逸らした。おいこら貴様ら……!


「七海ん、ファイトー」

「成瀬、すまないが自力で逃げてくれ」

「他人事だと思って……! こうなったら二人も道連れにしてやる。――駿! 二対二の勝負はどうだ」

「悪くない! そうしよう」


 こうなったらやけくそ、見放した奴らも巻き添えだ巻き添え。司が物凄く嫌そうなオーラを出してい視線を向けている気がするが無視無視。

 時計はまだ九時十五分、さくさく歩いていたから時間にまだ余裕はある。師匠せんせいの仕事内容も相まって魔道具一式は鞄に詰めてあるから出来ないことはない。

 ま、短剣の練習だと思えばいい。


「じゃあ司、俺に付け」

「……仕方がないな」

「じゃ、七海んとペアだね!」

「よろしく、幸太」


 とかなんとか、やいやい話しながら歩く。さほど遠くなかったこともあり、ものの数分で中学校に着いた。

 母校である御影中みかげなか中学校に限らず、中学高校には基本的に魔術鍛練用の練習場が設けられている。子どもは基本的にその中でしか魔術の行使が認められていないので、魔術を扱いたければ各学校の練習所に赴かなければならない。

 夏休みは学生向けにどこも解放している。盂蘭盆だろうが、鍛練する者に門を閉じる訳にはいかないとかなんとか。


「……闘技室が空いてる。此処で良い?」


 練習場に設置された基盤を操作しながら、司は言う。


「勿論だ!」

「ルールは?」

「普段の実技戦ルールでいいんじゃないか?」

「オーケー、その設定にするよ」

「司、ハイテクだねー」


 実技戦のルールは簡単。闘技室で戦う前に、対戦者は一人一つ“マト”と呼ばれる標的ターゲットの部位を設定する。そこには六角形をかたどった緑色の盾のようなものが浮かぶ。そこに魔力でも物理でも何でも衝撃を与えると、“マト”が割れてその対戦者は脱落。形式は、多人数対戦や今回のようにタッグを組んでのグループ対戦など様々だが、いずれも対戦相手全ての“マト”を破壊すれば勝負としての勝ち、だ。

 控室に入り、各々準備を行う。ベルト型のホルダーに短剣や他の武具をセットしてパーカーを脱いで畳む。


「制限時間は五分か、短いな」

「さくっと終わらせてやる。引き分けじゃなくて黒星が付く覚悟をしておけよ」

「それはこっちの台詞セリフだ!」

「駿、それフラグだから」

「ははは、折れなさそうだー」


 作戦はもう伝えてある。さっさと終わらせて、師匠せんせいの事務所へと行かなければならないしな。

 控え室から円形のフィールドに入ると、土のグラウンドと強い日差しのお出迎えだ。


「さあ、始めようじゃないか」

「準備はいい?」

「ああ」

「おっけー!」


 司が壁の基盤を操作すると、機械音声が流れる。女性の声が闘技室内に響いた。


「『チームA 駿&司ペアとチームB 七海&幸太ペアの対戦を開始します』」

「今日こそ勝つ!」

「後方支援任せるといいよ」

「『開始まで 五、四、三』」

「幸太、作戦通りに」

「うん、任せてよ!」


 お互いに身構えて、開始の合図を待つ。息を吸って、吐いて。意識を集中させると、明確に魔力の流れが見て取れた。ああ、これが僕が見れなかった神秘の世界か。


「『二、一』」


 左手で鞘を握り、柄を右手でしっかりと握る。各人の設定した“マト”の位置が表示された。


「『――開始!』」

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