第11話 模擬魔術戦

「さあ来い!!」


 短弓たんきゅうを片手に、好戦的な笑みを駿シュンは浮かべていた。その背後では、ツカサがいやいやそうながらも錫杖しゃくじょうを構えて白い魔力を纏う。“マト”は駿が腹部で、司のは多分――背中か。

 視界の中で、薄緑・白・黄土の三色の魔力が蠢く。その色が大いなる力の顕現と知っているからこそ、……ぎゅっと手に力が入る。


「……言われずとも」


 ダガーを引き抜いて、駆け出す。

 注意すべきは二つ。駿が短弓たんきゅうを手で弾くタイミングと司の幻惑魔術ヴィオ・マギアだ。幻惑魔術ヴィオ・マギアは最初の一分は魔力を練り上げる為に使用不可能。つまり、僕らこちらの策も相まって最初の一分は――。


「〈弦音つるねが裂くは天地の狭間〉!」

(注意を払うのは、飛んで来る風刃のみでいい!)


 ――僕と駿の一騎打ち。

 薄緑の色合いが視界の中央で蠢く。ある程度距離を取りつつ足を止めずに動向を睨む。決定打とならないのに近づけば、着弾までの時間が悪戯に縮まるだけ。

 風刃アレの速さ、鋭さ、威力、痛み。それはもう何度だって身を以て知っている。じん、じん、と右肩の古傷が疼く。


(焦らなくていい、勝機はある)


 まだ、踏み込むときじゃない。予定通りに事が運べば、後で必ず確実に仕留める好機チャンスがやって来るはずだ。此処で僕がするほうが、建てた作戦の致命傷になりかねない。


「〈足の先、転ばぬ為の杖〉……」


 幸太コウタの声に呼応して、黄土色の魔力が舞った。どうせ駿ヤツは僕のことしか頭にない。だからこその策だ。詠唱が終わるまでが僕の正念場。


 手が汗ばむ。心臓が脈打つ音を感じる。


 僕と駿コイツだけの戦場フィールド。薄緑色の魔力が収束し、彼の足元で魔術陣を形成するのが――。にたり、と自信満々の笑みが浮かべられる。


(……来る!)

「〈閃くは風のやいば疾風迅雷しっぷうじんらい〉!」


 声高な詠唱。弦の音が響く。神経を尖らせる。

 生成された風刃――第一波、三枚。それぞれが緑色の軌跡を描くのが、しっかりと見えた。左、左、右、ダガーを構えて、一、二、三っ!


「叩き斬る!」


 真っ二つに割れ、目の前で霧散する刃。神秘を感じることができなかった、ということが、大きなビハインドだったことがよく分かる。今までは、襲い来る透明なから武器を振り回すことで身を守ってたからな……。


「……〈地は、利となりて〉」

「閃け!」


 奏でられる弦音。気は抜けない、第二波……五枚。タイミングや角度の違う五枚の緑刃。いつでも切れるようにダガーを構える。向きは――右、左、上、右、左!


「……はっ!!」


 一、二、三、四、五っ!!


「ほう、やってくれる!」


 空に溶け消える魔力の粒を見て、駿が悔しげに言う。無事全ての風刃を切った。けど。


(これは、計算外……!)


 振り回せば振り回すほど、ダガーの重さが腕の負担になってる……!

 ただ持っている分には良かった。けど、やっぱり何事も実際に使ってみなければ分からないこともある。


「〈身をたすく〉!」


 あと少し、あと少しで幸太の詠唱が終わる。次の攻撃を、防ぎきれれば!!


「では本気でいこう! ――閃け!」

(防ぎきってやる――!)


 弦の音が鳴った。

 汗が流れる。つかを握りしめる。息を吐く、吸う。生成された風刃は――第三波、七枚、右、左、上、右、右、上、左!!

 嫌にスローモーションで、一枚一枚の風刃が襲い迫るのが見えた。汗ばむ手。柄を握りこんで、力を込めて――!!


「うらぁっ!!」


 一、二、三。

 勢いに任せ、力技で当てる!!


「せぁっ!!」


 四、五、六。

 斬り伏せる!!


(……ダガー、重いっ!)


 七。


成瀬ナルセ!」

「……っう」


 緑色のやいばが、肌を裂いた。

 真っ赤な色が、見える。だらり、と右腕に血が垂れる。痛い。

 切られた部分が、燃えるように熱い。が、見てくれが酷いだけで傷は浅いな。


「『流血を確認しました。応急処置術式を展開します』」


 闘技室に備えられている安全管理システムが、傷口にルーンを描きこむ。痛みは残るが、うん、やっぱり浅い傷だ。まだ動かせる。まだ、戦える。


(あー、しくじったな)


 見切れなかった。実戦で用いるには、慣れと筋肉がまだまだ必要らしい。それでもまだ、僕は此処にいる。“マト”は割れていない。睨んだ先、したり顔の駿の後ろで司は心配そうに見ている。ったく、今は敵同士だってのにな。


「本番はこれからだぞ、七海!」

「……ーってるよ」


 高らかな宣言。本当に、たったの一撃で清々しいほど勝ち誇った笑みをしやがって。ああ、もう。


(読み易くて、助かる)


 ダン、と視界の端で幸太が手に持つ長杖ちょうじょうを地面に突き立てる。それは、魔術が発動する合図。僕が短剣を一回鞘に納めると、駿が怪訝な顔つきになる。


「……?」

(さあ、此方のターンだ)


 幸太を中心として、彼の黄土色の魔力が地面に魔術陣を描く。円形フィールドを覆い尽くさんばかりの大規模な魔術を、よくこの短時間でやってくれたもんだ。


「……駿、不味い!」


 焦ったように司が叫んでいるが、もう遅い。魔術は此処に相成った!


「――〈驚天きょうてん動地どうち〉!!」

「なっ……!?」

「おおっと」


 魔術陣が発光し、僕の足元の土が盛り上がって塀になる。フィールドの至る所で同じような塀が大量に作成され、これでめでたく駿と司は分断された訳だ。おまけに視界が遮られることで、視界で座標指定を行って飛ばす風刃は封じられてまさに一石二鳥!


「よっと!」


 塀から塀へと跳ぶのは容易たやすい。パルクールはやっぱ身に付けておくと、こういう時に役立つよな。


「駿、合流を!!」


 パラパラ、と音を立てて移動する視界の一部の土塀が崩れた。ってことはその辺りに駿が居て無理矢理風刃で壊したってところか。


理解わかっている!!」


 これは近寄らずに迂回して司を叩くのが吉。作戦の要である機動力は奪われたくない。そして、白星も、だ。

 計算では塀を後三つ、二つ、一つ、――見っけた。


「させねーよー」

「……成瀬ッ!?」


 飛び降りつつ抜刀して斬ると、司は驚きつつも慣れた動作で弾かれる。体の前で錫杖を持って防戦の構え。こっちから“マト”を狙うのはやっぱ難しいな。


「司、耐えろ! 今そっちに向かう!!」


 バコン、とまた土塀が崩れる音が聞こえる。こっちに向かって壊しながら進んでるのか。


「嗚呼! ――〈我は見えざる者、しきされぬ者〉」

「げ……まずい」


 合流されるのも困るが、このタイミングで幻惑魔術ヴィオ・マギアを使われるのも困る。柄を握り込む、傷がまだ痛む……出来る限りで打ち込むしか!


「はあっ!!」

「くっ……、〈葉隠す〉、〈森隠す〉」

(間に合え……)


 斬りつける度、シャラン、シャランと錫杖が音を立てる。防ぎながら詠唱とか反則技だろ……、司は昔から魔術の素質があったもんな、くそ!


「〈霧〉、〈隠す〉……!」

(間に合え……!)


 ダガーが重い、……さやも使いつつ連撃で殴っても、うまく受け流されるばかりだ。このまま幻惑魔術ヴィオ・マギアを使って逃げられ、戦闘が長引くのは避けたい所。


(間に合え……――幸太っ!)

「お待たせたー!」

「なっ……!?」


 朗らかな声と一緒に、パリン、と“マト”が割れる音が響く。司の背後、塀から飛び出してきて長杖で一突き。いとも簡単に“マト”が割られる。


(間に合った!!)


 にっと笑みを浮かべた幸太と、司越しに目が合った。


「『チームA、一名脱落です』」

「司が脱落したのか!? くそっ!」

「あー……ごめん、駿」


 意気揚々だった先程までと一旦、焦り混じりで大きく叫ぶ声が聞こえる。これでもかってくらいの形勢逆転だな。

 一度ダガーを納めて、深く呼吸をする。


「作戦成功!!」


 地面に座り込む司を横目に、駆け寄って来た幸太とハイタッチをする。その得意げにはしゃぐ表情に、張っていた緊張の糸が少し緩む。


「ったく、待ちくたびれたぞ」

「ごめんごめん、此処まで来るのに手間取ったんだよー」


 後ろに回り込むの大変だったんだよ。と、拗ねた顔を見せる。まあ魔術発動前に間に合ったから良いか。


「まさか、こんな手を打ってくるとはね……」

「全部七海んの策だよコレ」


 はぁ、と溜息を吐きながら言う司に、自慢げに幸太が胸を張った。確かに、自分でも即席にしては良い策が浮かんだものだ。

 そこで、また背後からドゴン、と大きく土塀が壊れる音がした。先程さっきよりも近い。駿が力任せ、いや魔術任せに暴れてんな。


「んじゃ、……幸太?」

「よしきたっ!」


 一つ返事で笑顔を見せて、幸太はトン、トトン、と長杖で地面を叩く。それに呼応してフィールドを覆うように大きな魔術陣が形成され、出来ていた塀がすべて――

 パラパラと砕けた土塊つちくれと砂埃が空を舞う中、駿やつと目が合う。浮かんでいるのは、驚き、焦り、怒り。


(今だ!!)


 全速力で足を回して、距離を詰める!

 彼奴が短弓に手を掛けた。


「……閃け!!」


 弦音が三回響く。

 単純にして明快。感情の坩堝るつぼに囚われた駿ヤツの魔術は、。だけれど保険は掛けておくべきか。


「幸太!」

「はいよっ」


 襲い来る風刃を、地面から盛り上がった土塀が相殺する。砂埃の中で弓の間合いから短剣の間合い、懐に入り込んで――見上げた。

 予想外、という表情で目を見開いている。ニイッと、口の端を持ち上げた。


「ゲームオーバーだ」

「なっ……!」


 仰け反って避けようとするが、この距離で逃すわけないだろう。


 逆手で抜いた短剣の柄で、“マト”を叩き割った。


「まーた、僕の勝ち」


 ダガーを納めて目の前でドサッと地面に座り込む駿を見下ろすと、機械音声が響く。


「『チームA 駿&司ペア脱落。これにて試合終了、チームB 七海&幸太ペアの勝利です――』」

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