第40話 2人の距離
年末の休日、ガーデンの椅子でくつろいでいると、美怜が真剣な面持ちでやって来た。
「寒いけど気持ちがいいな」
「ねぇ日向、お正月は実家に帰らないの?」
「うん、そのつもりだよ」
「ダメだよ…毎年帰ってるんだからちゃんと帰って」
「ん~」
美怜の実家の事は分かっている。母親があんなんだから帰らない方がいい。それを分かっていて自分1人実家に帰るのは気がひける。
「うちの事は気にしなくていいから!言ったでしょ?今のままの日向がいいって…気使われて嬉しいわけないじゃん」
「…そうか…そうだよな。じゃ朝祝いだけ帰るよ。実際、美怜と過ごす方が僕は楽しいんだよ?美怜も一緒に行かない?」
「ありがとう…でも遠慮しとくよ」
「そう…残念だけど仕方ないな」
初めて2人で過ごす大晦日。テレビを見る事はなく、夕飯の後2人でワインを片手に語り合う。
「なぁ美怜?なんで美怜と居ると話が尽きないんだろうな~凄く楽しいよ」
「うん、うちもそう思ってた!凄く凄く楽しいよ!」
「きっと運命の人なんじゃないかな。ソウルメイトというのかな?」
「それは…まだわかんない。わかんないけど楽しければいい!」
何処からともなく除夜の鐘が鳴っている。
「もうそんな時間か。このまま初詣でも行く?」
「ダメダメ、酔ってんだからね!」
「そうだった」
美怜は年越しそばを作り始めた。出来上がった頃には12時を回った。
「美怜おめでとう!今年もよろしくね」
「日向おめでとう!こっちこそよろしくお願いします!」
「明日は初詣行く?」
「行く!去年行った所がいい!お礼参りするんだ~」
「分かった。じゃ朝祝い終わったら行こ」
久しぶりの実家で朝祝い。何という大層な事はしない。お節を広げ、ぶりの塩焼き、お刺身、酢の物そしてお雑煮。
父と母は日本酒を美味しそうに飲んでいたが、僕は車なので飲めない。
「仕事はどう?叔父さんに迷惑かけないでよね~」
母は心配なんだろう。
「大丈夫だよ。もう慣れたしね」
「兄ちゃん彼女は?」
突然妹の菜々子が聞いてきた。
「いるよ。同じ会社の人でね。今一緒に暮らしてる」
「あら、じゃ~連れて来れば良かったのに~」
母はびっくりした様子でそう言った。
「ん?さやかさんでしょ?」
菜々子は何度か会っているからそう言った。1度だけ家にも来たことがある。昔の事のように遠く感じる。
「違うよ。別の人だよ」
「そうなんだ~」
「菜々子は?彼氏出来たのか?」
「へっ?内緒~」
「いるわよ~超イケメンなのよ~」
母が超イケメンとか言うのか…。そっちの方がびっくりだ。
「なんで言うのよー」
「いいじゃない、兄弟なんだから~」
母と菜々子は仲良く言い合っていた。それを嬉しそうに聞きながら飲む父。いい家庭だと自分の家ながらそう思った。
美怜と初詣にやって来た。
「美怜とは2回目だな~」
「美怜とは…?誰と比べてるのよ!」
そう言って少し膨れた。
「新年そうそう怒るなよー」
そう言って後から抱きついたら、腕を噛まれた。
「お前は犬か?!」
笑って走ると美怜は嬉しそうに笑ってついてくる。可愛いな。
そう言えば真剣に喧嘩をした事が無い。イラついた事もなかった。2人の距離を縮めるのには喧嘩もたまには有効だろうが、僕達に縮める距離がまだ残っているだろうか…?
2人でお参りをし、おみくじを引いた。末吉と中吉。どっちがいいのかよく分からないが、2人とも結んで帰った。
「なぁー美怜?」
僕は運転しながら尋ねた。
「ん?」
「美怜は僕の事で知らない事があるの?」
「ん~どうだろう…なんで?」
「いや、2人の距離ってこれ以上縮まらないんじゃないかって思ったんだ」
「2人の距離ね~」
「なんだよ、意味深な言い方」
「日向はうちの事知らない事あると思うよ」
「えっ?そうなの?」
「うん…」
「例えば何?」
「そんなの言えないよー」
「えっ、隠し事ってこと?」
「ま、いいじゃん」
気になる…凄く気になる。
今まで僕は素の自分を見せてきた。美怜も鬱病も母親の事もなんだって見てきた。だから2人の距離はほとんど離れてないと思ってたし、自信もあった。だから尚更気になる。
「ねぇ美怜…頼むから教えてよ」
「まだその続き…?」
「気になって眠れないよ」
「別に隠し事でも無いし嘘もついてないよ?ただ…」
「ただ?」
「ん~なんて言うかな~。うまく言えないけど、この先日向とどうなるか分からないし、傷つくのは嫌だし…。だからね、距離は縮めたくないかな…」
「なんだよそれ~」
腑に落ちない!僕はこんなに愛してるのに…。それじゃ別れる限定じゃないか!
一瞬聞いて怒りがあったが、待てよ…。いわゆる防衛本能か?そうだよな。その部分は残して置かないと、全てさらけ出したらまた美怜は鬱病になるだろうし、誰でもそこは持っているだろう。
「何よ…怒ったの?」
「え、ううん。そこまで話してくれた美怜にありがとうって言いたい位だよ。美怜は正直だな」
僕が笑うと今度は美怜が膨れっ面をして、腕を叩いた。
「もう、なんかやんなっちゃう!」
だが、本気で怒って無いことは知っている。やっぱり美怜は大好きだ!声を大にして叫びたいほど大好きだ。
新年早々楽しくなりそうだ!
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