第38話 義文さん
GWも終わり彩乃さんの休みの夕方、4人で義文さんがいる場所に向かった。久しぶりに会った燿と彩乃さんは、少々ぎこちなかったが、それよりも皆義文さんの事が心配だった。
夜8時前に僕の運転でやっと義文さんが住む街に入った。都会の中心地でもあるこの場所に、何故黙って1人で来たのか。やはり女の人の影響が大きいのだろうか…。
住所を見るに繁華街のど真ん中。こんな所に住居があるのかと思うような場所だった。
一旦通り過ぎてパーキングに車を置き皆で歩いた。スナックの横に細いコンクリートの階段が有る。住所からしてここしか考えられない。
僕を先頭に皆で上がると木のドアがあった。インターフォンは無い。ノックをし暫く待つと、アルコールの匂いがする義文さんが出て来た。僕の顔を見て一瞬驚きドアを閉めようとした。
すると彩乃さんが無理矢理ドアを引っ張り、大声で怒鳴った。
「兄ちゃん!こんな所で何してるのよ!」
義文さんは諦めたようにフラフラと中に入り、洗濯物や衣服が吊り下げられ片付けられていない部屋に座った。
彩乃さんは靴を脱ぎドタバタと入り、義文さんの前に座った。
僕達はドアを開けたまま中に入らず見守った。
「ねぇー!何とか言いなさいよ!」
義文さんは胡座をかき押し黙ったまま俯いていた。
「とーさん達にも何も言わずに、もう1ヶ月って言うじゃない!心配かけてるのが分かんないの?いい歳してもう!」
そう言って彩乃さんは義文さんの膝を叩いた。
「…ここに居たいんだ……蘭《らん》さんが好きなんだ」
その時階段を上がって来るツカツカという音がし、女の人が来た。
「なんだいなんだい!大勢で押しかけて!」
金髪の長い髪で赤いワンピースを来ているその人は、僕達を押しのけて中に入った。
「あんた誰?勝手に人の家上がり込んでさっ!」
彩乃さんに投げかけられた言葉だった。
「妹です」
彩乃さんは臆する事なく、その女の人を睨みながら言った。
「へぇー、妹の方がしっかりしてるじゃない」
そう言うとタバコに火を付けベッドに座った。
「貴方が蘭さんですか?」
「そうだよ」
「兄ちゃんを誑かさないで下さい!」
「はっ?押しかけて来たのはコイツの方だよ?仕事でも出来るのかと思えば、それも出来ない。洗濯も掃除も料理も何も出来ない。昼間っからあたしの酒飲んで…全く疫病神だよ」
義文さんは尚も押し黙っている。
「なんで知り合ったんですか?」
「ネットだよ、店のね。コイツがそれを見てメールしてきてさ。会いたいって言うから…本当に嫌になるわ」
「兄ちゃん帰ろ?兄ちゃんは農業があってるよ」
「あぁー、そうしてくれるとあたしも助かるね!」
その蘭さんの言葉に義文さんが反応した。
「蘭さん、別れるって事ですか?」
「別れるも何も付き合っても無いし…ただのヒモじゃないか!」
「そんな……好きなんですよ…蘭さん」
「バカじゃないのか!」
そう言うとタバコの火を消して立ち上がった。
「コイツ連れて皆もとっとと帰っとくれ。あたしは店があるんだからね!」
「そんな事言わないで下さいよ」
義文さんは蘭さんの足にしがみついた。
「まだわかんないのかい!あたしとあんたでは住む世界が違うんだよ!何も出来ない甲斐性のない奴、好きになる訳ないだろ!」
義文さんは蘭さんの足を力無く放し項垂れた。
蘭さんはそれを見て下に降りて行った。
「兄ちゃん帰ろ?」
「明日帰るよ……」
「あんなに言われてまだ未練があるの?」
「いや…もう分かった。必ず帰るよ。僕も酔ってるし…もう時間も遅いから。」
「本当に?本当に本当に帰ってくれる?」
「あぁ、朝1番で帰る。今日は荷造りして蘭さんが戻る前に出るよ。泊まるとこならいっぱいあるんだ……」
「そう、分かった。信じる」
彩乃さんは立ち上がり靴を履いた。
「皆、ごめんなさい。恥ずかしい所見せちゃって…」
燿は彩乃さんの背中をそっと押した。皆で車に戻り乗り込む。誰1人口を開く者は居ない。
30分が経とうとした頃、ふいに彩乃さんが呟いた。
「あたしも兄ちゃんと一緒だった…悪く言えない……」
「うちは母親を思い出したよ……」
「恋して田舎から出て来て儚いっす……」
三者三様の想いがあった。皆考えていたんだろう。
翌日家に戻った義文さんは、農業を頑張ったらしい。そして役場に務めていた人と、お見合いし結婚した。
義文さんにとっては苦い経験となったが、成長出来た事は返って良かったんじゃないかと思う。きっと奥さんを大切にするだろう。
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