第36話 それぞれの道

 2人でまだ散らかったままの部屋に戻って来た。


「なんか大変だったな…」


「ま、仕方ないよ。でもきっと燿達は今よりいい関係になると思うよ」


「美怜は凄いな…今回の件は本当に僕1人では何も出来なかったよ」


「じゃ、ご褒美のチューして」


「えっ……」


「冗談だよ」


 美怜はそう言って笑ったが、僕は顔が火照るのを感じた。


「今日は片付け終了!明日元気になってからまた再開しよ!」


「そうだな…なんか疲れたな」




 お風呂に入り、2人でダブルベッドに潜り込む。


「美怜、初めての夜だな」


「うん…」


 どちらからともなく抱き合い2人で優しさを分け合った。そうする事が当たり前だが、僕は尚一層美怜が好きになった。


「美怜…彩乃さんみたいに別れるなんて言うなよ」


「やだな~初日からそんな心配?」


 美怜に腕枕をして抱きしめた。


「同棲…初めてなんだ…」


「そう」


「ん?美怜は違うの?」


「うん…あの親から逃げ出したくてね……色々あったよ」


「そうか…別れは美怜から?」


「だいたいそうだったね~。でもこれだけは言える…。日向を逃げ場として扱ってない。本当に好きだから……」


 もう1度キスをした。お互いがお互いを包み込むように。そして離れたくないから2人の隙間を埋めるように…。

 長い長いキスをした。




 彩乃さんは美怜に助けて貰いながら、小さなハイツに引越して行った。手伝ってあげたいが、そう出来なくて少し悔しい。



 今日は燿の引越し日だ。燿もまた1からやり直すという言葉通り、瀬川駅近くの小さなおんぼろアパートに引越した。

 だが部屋は和室2つにキッチンも広く食卓も置けた。寝室の和室に、不似合いなダブルベッドが悲しく置かれた。


「ここでお金貯めるッスよ」


 今の給料からして家賃や1人所帯を鑑み、すぐに貯金は増えていくだろう。

 2人でダンボールを開けせっせと片付けてゆく。

 日が傾きかけた頃、僕はコンビニに行き3人の夕食を買いに行った。後で美怜が合流する事になっていたからだ。

 戻ると美怜が来て荷解きをしていた。


「夕食にする?」


「そだね~これが最後のダンボールだから、後は配置していくだけだしね」


「いや~おかげで早く片付けられそうッスよ」


 皆で食卓についた。


「…聞いていいっすかね~」


「彩乃ちゃんの事?」


「そうす…」


 美怜は待ってましたと言わんばかりの顔つきだった。


「もちろん!彩乃ちゃんからも報告許可は出てるんだしね!……ん~まず場所は言えないけど、駅から徒歩20分位の小綺麗なハイツに引越しました。管理も良くて鍵は2つ付けた!」


「ほぉ」


「それから最寄り駅前にあるレストランでバイトが決まりました!昼前から夜まで!帰り道危ないので自転車をプレゼントしました!」


「ありがとう……でもそんな長い時間大丈夫ッスかね~」


「心配事は聞きません!大切に思うなら応援してあげなよ」


「そうッスね」


「それで、もちろんレストランなので大型連休はありません。土日祝も休み無し。交代で彩乃ちゃんは木曜日が休みになりました!こんな所かな?」


「どんな感じすか?元気そうすか?」


「今の所はね!気合いが入ってるって感じかな…バイトが始まってからが本番。何かあればうちが聞くし対処する。ただ燿は陰ながら見守ってあげてね。間違っても彼女とか作らないでよ!」


「何言ってるんすか?!もちろんすよ!彩乃ちゃんを待つつもりでここに越して来たんすよ!」


「はいはい、ごめんごめん」


「いや、こっちこそ。世話になるけど頼んます」


「美怜が付いてれば大丈夫だよ。さ、落ち着いたなら食べよ」


 これでようやく2人は引越しを完了し、別々の道に歩き始めた。いまは平行線の道だが、必ずいつか繋がるだろう。



 GW前の最終日のお昼過ぎ、久しぶりに吉田先輩の経営するラーメン屋に行った。前よりもお客さんが増え活気づいていた。

 店員の数も増えたようだ。相変わらず吉田先輩は額に汗しながら厨房に立っていた。僕に気付かないくらい忙しそうだった。

 店員が注文を取りに来たので、この前食べたチャーシューの豚骨ラーメンにした。


 食べ終わる頃にはお客さんがいっきに減り、ランチ時が終わったようだった。


「店長!コーラ下さい」


 吉田先輩は店長直々に注文した客を訝しげに見たが、僕だと分かると顔が一気に明るくなった。


「なんだー森さんじゃないですかー!」


「お久しぶりです!」


「こちらこそー!いや~嬉しいですよ。また来て頂けたんですね」


 吉田先輩は相変わらずの丁寧語だった。やはり喋ると懐かしさが込み上げてくる。

 吉田先輩はコーラを持って隣に座った。


「お元気でしたか?」


「はい、お陰様で」


「それは良かった」


「店も順調なようで吉田先輩もお元気そうですね」


「はい。元気でやらせてもらってます。実はこの前…」


 急に吉田先輩は小声になった。


「春川課長が突然やって来ましてね…閉店前の時間でした」


「はぁ…」


 付き合っていた事は知らない事になっていたので、一瞬なんと言えばいいのか戸惑ってしまった。


「それでですね~僕もびっくりしたんですが、あの威勢のいい人がかなり弱ってましてね…」


 会社では相変わらずだが、あの酔った日の事を思い出すと、プライベートでは相当参っているのだろう。


「それでですね、ま、閉店してから色々話しまして…」


「はい」


「一緒に住んで欲しいと…言うんですよ」


「ほぉー」


「で、彼女の家はここから遠いですし、かと言って僕は小さなアパートですからね~。2人でここの近くのマンションに引越ししたんですよ」


「えっ?で……吉田先輩はいいんですか?」


「まぁ、会社が違うですしね。プライベートの彼女は本当に温和で優しいんですよ」


「そ、そうですか…恋愛感情……は」


 なんとも聞にくい。


「もちろんありますよ。多分今年末位には結婚しようという話も出ています。まー生きてると本当に何があるか分かりませんね~」



 自殺未遂を計った吉田先輩。でも今は彼女春川課長を愛し結婚しようとしている。

 人生は道を歩く1人の旅人だと思っているが、恋愛に関しては1人じゃなく2人で歩く。進む方向が違えば自ずと距離が離れてゆく。進む方向が同じなら一旦離れてもまた再開し一緒に歩き出すのだろうか。

 人それぞれの恋愛があり色々知ったが、2人で手を取り合い1本の道を歩くという事が奇跡のように思えてきた。







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