第35話 別れ
僕と美怜は新しい住居を何処にするか、相談を繰り返した。やはり親友である燿達の所に、という事で意見がまとまった。
丁度1階が空いていたので契約をし、2人で燿の家に行った。美怜と付き合いだした事を報告する為だ。
「あら、いらっしゃい!燿君ー!日向君と美怜さんが来たよー!」
彩乃さんが笑顔で出迎えてくれた。
「お!お揃いで!さては…?」
燿がニヤニヤしながら言った。
「そうだよ。付き合い始めたよ。それとこのマンションの1階に2人で住む事になった」
「同じマンションっすか?!嬉しいっすよ~」
「はい、ケーキ食べよ~」
美怜が彩乃さんに手渡した。
「わ~、ありがとう!」
彩乃さんはコーヒーを入れ始めた。
「こうなったらどっちが結婚が早いかッスね!」
「何でそうなるんだよ?」
皆で笑いあった。
「引越しは、いつっすか?」
「来週の土曜日だよ。家具は今のままでいいかなと…」
「ちょ、ちょっと待ってくださいな!頂いたダブルベッド、今度は俺たちがプレゼントするッスよ!」
「やったねぇ~」
美怜は素直に喜んだ。
引越しが終わったその夜、インターフォンがなった。
「はーい!彩乃ちゃんどうしたの?」
彩乃さんは無言で家に入って来た。そして、まだダンボールだらけの中に座った。
「どうしたんだよ?こんな遅くに。燿は?」
「あんな奴知らない!」
僕と美怜は顔を見合わせた。喧嘩でもしたのだろう。だが2人が喧嘩なんて珍しい…。
「彩乃さん、喧嘩の原因は何かな?」
「旅行!」
「旅行?場所でもめたの?」
「あたしはGWに旅行に行きたかったの!なのに田舎に帰ろうって…」
「きっと燿は叔父さんや叔母さんに、元気そうな2人を見せてあげたかったんだよ」
「そんなのつまんないじゃない!折角の休みなのに…。行った事ない所に行きたいじゃない」
「でもそれが燿の優しさじゃないかな~?」
「あたしは絶対にいや!もう帰らない!顔も見たくない!」
頑固な彩乃さんの1面が出た。燿も飛び出した彩乃さんを心配しているだろうな。以前田舎から家出して来た時の彩乃さんを思い出した。
「よし!とことん話聞こうじゃないの!今日はここに泊まるといいよ」
美怜が彩乃さんを立たせて寝室に連れて行った。
「いいの…?」
「いいよ!その代わり!今日引越したばかりなんだから、ちょっとは手伝ってよねー」
「うん!いいよ」
なんだか女性陣で団結したようだった。
「じゃ、日向は燿の家へどうぞ~!」
「えっ……」
「当たり前じゃない。あいにく布団は無いんだからね!さ、早く行った行った」
半ば強引に背中を押され玄関に連れて行かれた。
「ちょ、片付けが途中で…」
「後はやっとくから任せなさい!」
いやいや、美怜の切り替えの速さには感動すら覚えるな…。だが、人を想いやる事にかけては天下一だよ。
僕は心配してるであろう燿の家を訪ねた。
「日向!彩乃ちゃんがさー!」
「大丈夫だよ。うちに来てる」
燿の言葉を遮ってそう言うと燿は絶句した。そして力なくソファーに座った。何とも表現しにくい歪んだ顔のしかめっ面でだ。僕も隣に座った。
燿は何か思い詰めた様子で、暫くの間沈黙が続いた。
そして声を振り絞る様に言った。
「…もう……無理っす」
「ぇ……」
意外な言葉に驚きを隠せない。
「…あの時結婚しなくて良かったッスよ」
膝の上に固く手を組み俯いたままでそう言った。
「いやいや、燿待てよ。たかが旅行の事だろー?実家と両方行って来れば済む話じゃないか」
「違うッスよ…問題はそこじゃないす……」
「まだ何かあるのか?」
「実は喧嘩は今日だけじゃなくて、しょっちゅうッスよ」
「そうだったのか…知らなかった」
「彩乃ちゃんは働かない代わりにいろんな趣味をしていて、それに欲しい物は我慢出来なくて出費が多いっす…」
「まぁ、甘やかされて育ったみたいだし、それは分かる」
「俺、頑張ってるッスよ?仕事……でもその有難みも感じて貰えないというか…弁当を作る訳でもなくて、朝は寝てるッスよ」
「ん~、そうか」
「旅行も行きたいッスよ?俺も。だけど家賃も高いのにそこまでは無理っすよ」
「そういうのを彩乃さんに直接言えば分かって貰えないかな?」
「それも彩乃ちゃんが飛び出した後、思ってたっス……だけど、もう許せない」
燿の顔が怒りに変わった。
「日向は今日引越しなんスよ?手伝ってあげても良いくらいなのに、そこに怒って上がり込んで…しかも日向と美怜は同棲初日ッスよ!それを自分勝手な事で壊してしまって……そんな奴…許せないっす…」
燿は友達思いだ。だからこそ自分の彼女の事を、許せなかったのかも知れない。続けて話し出した。
「女性とか言うより、人間性の問題っすね…」
「でも好きなんだろ?違うのか?」
「最近わかんなくなったッスよ…」
かなりの重症だと思った。彩乃さんの叔父さんが言っていたのは、正に今の状態を予測していたのだろう。
「だけどな、燿。今手放したら彩乃さんは実家に戻るしか手段が無いんだぞ?それでいいのか?」
その時彩乃さんと美怜が入って来た。彩乃さんはソファーに座っている燿の足元に正座した。
「燿君…ごめんなさい。全部あたしの我儘だったよ……。美怜ちゃんに叱られてやっと分かった……本当にごめんなさい」
そう言って土下座した。燿は土下座をされ驚きを隠せない。
「い、いや…」
「許して貰おうとは思わない!」
彩乃さんは体勢を起こしキッパリと言い放った。
「へっ?」
燿は意外な言葉に、頭から声を出した。謝っておいて許さなくていいというのはいかがなものか…。僕は立ったままその様子を見守っている美怜を見たが、にこやかに笑っている。
「あたし、1人で住みます。仕事もします。甘ったれた根性叩き直します!んで、人の思いやりや優しさを当たり前だと思っていた自分を変えたいんです。心から感謝したいの…燿今までありがとう!」
「ちょ、ちょっと待って…いきなりお別れ?!」
さっきまで「もう無理っす」と言っていた燿だが、予想外の展開にアタフタしだした。
その様子をずっと見守っていた美怜が話し出した。
「うち彩乃ちゃんに鬱病の時世話になったじゃない?それに彩乃ちゃんがいなかったら死んでたかも知れない。喧嘩すると悪いとこばっか目につくけど、毎日毎日世話してくれた彩乃ちゃん。本当に優しかった。だから1人暮らしを決めた彩乃ちゃんに資金もだけど、うち応援したいんだ~。恩返しだネ」
「それはいいけど…彩乃さん。燿と相談しない?これじゃ~一方的な感じだよ?」
「いいの。これ以上燿君の傍にいたらあたし我儘が出るだけ…燿君、今まで本当にごめんね、んで、ありがとう……今は許さなくていいから、また生まれ変わったあたしを好きになってくれたなら……」
そこまで言って言葉をのみこんだ。
「彩乃ちゃん?変わってゆく彩乃ちゃんみたいっす。だから同棲は解消してもいいけど、付き合いはこのまま」
「それじゃぁダメなの!また甘えてしまうから!」
彩乃さんは燿の言葉を遮り大声で言った。彼女の決心は固いようだった。
「分かったッスよ…俺もこのマンションを出て1からやり直すッスよ」
「僕も出来る限り彩乃さんを応援するよ」
「日向君もダメ!甘えてしまう!2人共注意しないで受け止めてくれるからダメなの!あたしは美怜ちゃんに監督してもらう。んで、美怜ちゃんからあたしの事は聞いて!」
「本当にお別れッスね……」
いざ、別れが決まると燿はしょげた。今まで2人で生活してきたのに。恋人でも無くなるし会えなくなるなら相当きついだろう。僕なら耐えられない。
「部屋が見つかるまでは、ここに置いてね」
「もちろんッスよ!」
僕と美怜はそこまでで退散した。折角燿と同じマンションに越して来たのに、意味がなかったな…。
だが、きっと2人は今より良い方向に向かうだろう。美怜と付き合い出したばかりだし、同棲初日で難問を突き付けられたような気がした。
果たして僕達はどうなってゆくんだろう…。
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