第32話 美怜の苦悩

 休日燿の家に集まった。彩乃さんはまた腕を振るい、美味しい料理を沢山作ってくれていた。


「いつもながら美怜遅いっスね~ま、そのうち来るっしょ!先に食べましょう!」


 車で来たのでアルコールはやめ白ご飯を頂いた。


「いつも美味しいよ。叔母さんと同じ味だよ。燿は幸せ者だなぁ」


「かーちゃんも日向君に会いたがってたよ」


「それは嬉しいな!あの村は好きだよ。長い間行ってないからな」


 優しい叔父さんと叔母さんの顔が浮かんで来た。だがそれに加えてさやかの事が思い出される。今は辛い思い出しかないな…。

 1時間が経っても美怜は来なかった。流石におかしい。


「ちょっと美怜に電話してみるよ」


「そうっスね~」


 僕は食卓を離れ美怜に電話をかけた。なかなか出ない。やっと出たと思ったら女の人の怒号が聞こえてきた。


「……ごめんなさい…連絡もしなくて」


「いや、それはいいんだけど…」


「あるでしょー!渡すまで帰んないからね!今日じゃないと…」


 そこまで聞こえた女の人の声。美怜は堪らずベランダに出たようだった。


「……今日行けない…」


「何かあったんだろ?聞くよ?」


「恥ずかしい話……もう…イヤ」


 堪えきれず泣いてるようだった。


「行ってもいい?美怜がいいならすぐに行く」


「でも…あの……」


「何コソコソ喋ってんのよ!ん?警察?サツなんか呼んだらただじゃ済まないからね!」


 女の人はベランダの方に来た様子で、大声で聞こえてきた。ただ事じゃない。それで電話は切れた。


「燿、美怜になんかあったみたいなんだ」


「なんスか?」


「誰が来てるみたいなんだが、どうも揉めていて…詳しい事は分からないけど、とりあえず行って来るよ」


「分かったっス。また何か分かれば知らせて欲しいっス」


「分かった、彩乃さん沢山作ってくれたのにごめん」


「ううん、あたしはいいよ。早く行ってあげて…」


 彩乃さんも心配そうだった。




 インターフォンを鳴らしても出て来ない。鍵が開いていたのでそのまま入った。

 部屋は泥棒が入った後のようにぐちゃぐちゃだった。


「日向…」


 僕が来た事に驚いた美怜。隅でうずくまっていた。


「あんた、誰??」


 その女の人は髪は長く紫に染め、黒い透けたワンピースには光り物が散りばめられ派手な感じの人だった。年は40位だろうか。


「あなたこそ誰ですか?」


「コイツの母親だよ!誰か知らないがお前には関係ないんだ!出ていけ!」


 電話の向こうで聞こえた怒号と同じ声だった。母親…?そう言えば美怜は自分の家族の事を一切話さなかった。


「美怜?大丈夫か?」


 うずくまったまま僕を見ながら涙を流した。可哀想に……。


「母親なら何をしてもいいんですか?この部屋の荒らし用はただ事じゃない。娘が可哀想だとは思わないんですか?」


「可哀想?」


 そう言って母親は鼻で笑った。


「可哀想なのはね、あたしの方だよ!ここまで大きくしてやったのに、その恩も忘れて雲隠れしやがった!やっと探しだしたんだ!」


「美怜は貴方から離れたかったんでしょう。で、今日はなんの御用ですか?」


「金!金がいるんだよ!」


「お金?娘から取り上げる?そんな親聞いた事ないですけど…」


「大人になりゃ~親に恩返しするのは当たり前だろうが!」


 この人には何を言っても通用しないようだった。


「いくらいるんですか?」


「ほう~彼氏かい?お前でもいいや。10万今日中にいるんだ。出せよ」


「やめてーー!」


 美怜は立ち上がり走って来て、僕の両腕を掴んだ。


「日向…お願いだからやめて……この人に関わっちゃダメ……お願い」


 僕の目をしっかりと見て涙目だが懇願した。


「邪魔すんじゃないよ!」


 母親は横から押し倒し美怜は家具の角で頭を打った。


「美怜!」


 思わず駆け寄り抱き寄せた。


「……大丈夫」


 額に血が滲んでいる。もう我慢が出来ない。僕は警察に電話した。


「てめぇ!何してるんだよ!やめろ!」


 母親の伸ばす手を振り払いながら、状況を説明した。その後タオルを濡らし美怜の額を拭いた。傷は思ったより深かった。


「さっさと出せよ!サツなんか呼びやがって!そいつの母親だと言っただろうが!えっ!」


「あんたなんか母親だと思った事はない」


 美怜は僕の腕の中で睨みつけながらそう言った。母親が美怜にまた手を出そうとした時、警察官が2人でやって来た。

 殴りかかろうとする母親の手を警察官が掴み、暴れ狂う母親を連行して行った。

 親子でも傷害罪が適用されるみたいだ。


 


 美怜の額の傷の為、2人で病院へ向かった。6針縫ったらしい。


「やだな、顔に傷なんか最悪」


 処置室から出て来た美怜はわざと明るくそう言った。


「ごめん…部屋片付けないとね」


 母親の事には一切触れない彼女。本当はあんな親知られたくなかっただろう。正月を1人で過ごしていた訳がようやく分かった。


 家に着くと美怜はエレベーターも乗らず走って階段に向かった。


「日向ありがとう!」


 走りながらそう言う彼女を僕は追いかけ、腕を掴んだ。


「帰って1人で泣くんだろ!なんで頼らないんだ!」


「…だって」


 図星だった彼女は返す言葉もなく僕を見つめた。その表情は哀しみに押し潰されそうだった。

 僕は無言で手を取りエレベーターに乗せ部屋に入れた。

 靴も脱がずに彼女は泣き崩れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る