第30話 美怜の洞察力

 年末、忘年会と称して4人美怜、燿、彩乃さんで飲み会を開いた。


「さやかちゃんは声かけなかったの?」


 美怜がそう言ってビールを呑んだ。


「仲良くないの?」


 彩乃さんが心配そうに尋ねた。


「いやぁー、どうしようか迷ったっスけどね、なんせ最近縁遠いと言うかなんと言うか…」


 燿は困った様子でそう言った。


「病気どうなんだろー?あたしも連絡してないし燿とも付き合った事も言ってない」


「病気?!」

「病気なの?元気そうだけど?」


 何も知らない燿と美怜が反応した。


「えっ、知らなかったの…?」


 彩乃さんは助けを求めるように僕を見つめた。


「なになに?日向知ってるんだ」


 仕方なく話す事にした。


「黙ってたのは悪かった。ただデリケートな事なんでね。彼女が伝えたいと思った相手にだけ、本人から言えばいいかなって…」


「何の病気すか?」


「大学の頃、両親を亡くしてね。そのショックで記憶喪失になってしまったんだ。もちろん僕の事も分からなかった」


「そうなんだ…可哀想に」


 美怜はそう言って俯いた。


「でも何?以前の記憶がないだけで、日常、仕事とか家の事とかそこは大丈夫なんすか?」


「全然問題ないよ。それに最近は色んな事を思い出して、いい傾向なんだよ」


「最近話したの?」


 そこ?!美怜は鋭かった。


「うん…」


「そうすか、さやかちゃんがねー。俺達は聞かなかった事にするッスよ!本人は言いたく無かったかも知れないっスからね!」


「うん…分かった」


 その後は会社の事や、正月彩乃さんの実家に燿と行く事、燿がプロポーズした事など楽しく語り合った。



 帰りの電車で美怜は何かを考えている様子で、一言も喋らなかった。


 マンションに着きエレベーターに乗った。2階に着いたが、美怜は降りずに黙って立っていた。


「美怜どした?」


「日向んち行く…ちょっと話があるんだ」


「いいけど…酔ってるから難しい話は勘弁な」


 その時は何の話かも分からず笑って答えた。


 部屋に着くと美怜はソファーに座った。ずっと住んでたから自分の家も同然だろう。


「何か飲むか?もうアルコールはダメだぞ」


「なぁ日向。さやかちゃんは病気になってからそれ以前は全く分からなくなったんだよね」


 さやかの話か…。少し重いが仕方なく隣に座った。


「そうだよ」


「大学の頃だよね?」


「うん」


「んで?どうしたの?大学卒業したよね?日向が面倒みてたの?」


「そうだよ」


「友達として?」


「うん…」


「そして今に至る…」


 また美怜は考えこんだ。

 僕はジンジャエールをグラスに2個入れテーブルに置いた。


「好きだったよね?さやかちゃんの事」


「…うん」


「でも、うちが告白しろって言ったら、色々事情があるって言ったよね」


「そうだったかな~もう忘れたよ」


「いいや、うちは覚えてる。じゃ、1つの仮説が成り立つよ。さやかちゃんとは恋人同士だった…でも記憶が無くなり恋人という事も忘れてしまった。日向はそのまま時を過ごした。告白もせず、恋人だったとも明かさず…違う?」


 美怜の洞察力は凄かった。よく考えたと思った。

 僕はジンジャエールを一気に飲み干し残った氷を見つめていた。返す言葉がみつからなかったからだ。


「日向…辛かったんだ……」


 僕の行動や表情を見て彼女は悟ったようにそう言った。


「…もう済んだ事だよ」


 美怜は突然泣き出した。僕の辛さを受け止めたかのように。優しい子だ。それを見て、僕はこれまで1人で抱え込み誰にも言えなかった苦しみが、体中から溶け出すように感じた。自然と涙が溢れた。


 思わず美怜を抱きしめた。


「…美怜、ありがとう……」


 美怜は思い切り僕を抱きしめ泣いた。愛おしい気持ちが広がる。今までにない彼女に対する感情が湧いた瞬間だった。




 大晦日から日頃行っていない実家に帰った。妹の菜々子は友達と旅行だった。


「久しぶりに家族3人で旅行に行っても良かったなぁ」


「よく言うわよ~来るまでは忘れてるくせに~」


 母はおせち料理を準備しながらそう言った。ま、でも当たってるな。


「菜々子は大学楽しんでる?」


「友達も増えて楽しそうよ~」


「それは良かった」


 父と話す事も無いが、一応挨拶だけした。


「最近どう?」


「何も変わらないさ」


「ま、そうだね」


 男同士というのは本当に愛想がない。

 夜になり食事も終わると、2人はテレビに釘付けだった。

 実家というのは本当に退屈なもんだな…。

 2階の自分の部屋だった所には、まだ手付かずのままだった。

 シングルベッドに横になり、美怜は実家で何してるだろうと考えた。同じように退屈なんじゃないかと思いLINEを送ってみた。


 -何してる?


 -別に~


 -実家だろう?


 -家だよ


 あれ、正月に実家に帰らないって…そう言えば去年も……。


 -帰らないのか?


 -うん


 愛想のない奴だな、というか寂しいのか…?いや、大晦日正月1人じゃ寂しいだろう。家なら電話で良いかと思いかけてみた。


「何?日向は実家でしょ?」


「そうだけど…年越しそば食べたか?」


「1人でそんなの食べないよ」


 笑ってそう答えた。


「明日も帰らないのか?」


「うん」


 何故か頑なに理由を言わない。きっと言いたくないんだろう。


「じゃ、初詣でも行く?」


「実家で行かないの?」


「朝祝いしたら帰るよ」


「無理にはいいよ…」


「いや、もう退屈でさっ、長居なんて無理」


「分かった、じゃ、行く!」




 朝祝いが済むと帰る支度をした。


「何よ~昼も夜も明日の分も買ってるのよ~」


「悪い、友達と約束!」


「ほんっとに男はこれだから…いやんなっちゃうわよ。父さんもいつもそう。食事の支度を…………」


 母の愚痴を背に靴を履き玄関を出た。ま、親不孝者だろうな。



 美怜を車に乗せ近くの神社まで行った。



「何お願いした?」


 僕が聞くと説教された。


「神社はね、お願いする所じゃないの!無事に年を越せました。ありがとうございます。ってお礼をするの!」


「そうか…知らなかったな」


「で、何かお願いしたの?」


「内緒」


「なんだよ!どうせ叶わないよ!」


 美怜と居ると本当に気持ちがすっとする。飾らない飾らなくていい、気を使わない使わなくていい。

 今の美怜なら何だって分かるし許せる気がした。



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