第29話 後悔
クリスマスの翌日、朝早く燿から電話が鳴った。
「燿!プロポーズは成功したか?」
「いや……ダメっス」
「……そうなのか…」
「指輪は置いておいて欲しいって…まだお互い知らない所があるって……それまで待ってって……」
「ん~、お互いを知るのは本当に難しいよな…でも断られた訳じゃ無いし、同棲も続けるんだろ?」
「そうっすけどね…なんて言うか、ちょっと落ち込んで……」
「うん、分かるよ!でも意思表示は出来たんだし、きっと先に延びただけで大丈夫だよ」
気休めではなく本当にそう思った。お互いを理解するのは難しい。
年末年始休暇が始まった初日。
珍しくさやかから電話があった。
「ごめんなさい、電話なんてしちゃいけないのはわかってる。わかってるけど、どうしても話したい事があるの。会ってもらえないかしら?」
切実な様子。一体何があったんだろう。さやかと話すのは本当に久しぶりだ。2人で会えるなら……。僕はやはり気持が高鳴ってしまった。神川先輩には申し訳ないが、さやかのハイツに迎えに行く事にした。
さやかは遠慮がちに助手席に座った。
「お腹は空いてる?」
「いいえ…」
「じゃ、カフェでも行こうか」
「はい」
さやかが病気になって部屋で話した時のような、ぎこちなさがあった。
「カフェラテで」
「私も同じものをお願いします」
「話しって?」
「元気だった?」
「えっ?うん…」
「彼女は出来た?」
「いいや…」
「好きな人はいるの?」
「…いいや」
さやかは本題をはぐらかすように尋ねた。そして少しカフェラテを飲み一息つくと話し出した。
「最近色々な事を思い出すようになったの。小さい頃両親と出かけた場所だったり、話した内容だったり……それに日向君の事…」
「え…」
「大学で話した事や、車に乗ってHarry Stylesの曲を何度も何度も聞いてた事。どこに行ったかは分からない。でもその時の温かくて幸せな気持ちは思い出せる」
「…」
「ずっと思ってたの。日向君との思い出を取り戻したいって。まだあるよ」
「もう、いいんじゃない?」
僕はさやかの言葉を遮ってしまった。怖かったのかも知れないし、思い出であって今の関係が変わる訳でもない。僕は神川先輩が好きだし尊敬している。確かにさやかは神川先輩を選んだんだ。その事実は拭えない。
「どうしてそんな事言うの…?私は思い出したかったんだよ?病気で失くしてしまった過去を取り戻したい。日向君も応援してくれてたじゃない!」
普段は大人しいさやかが悲痛な叫びのように反論した。そうだった、何とか病気を治してあげたいと思った時もあった。だが今は神川先輩がその役目になった。
あの頃と同じ気持ちになれと言う方が無理なんだ。好きと言う熱い想いも、今は定かではない。1時期恋人だったという事、愛してくれていた事を、どうしても思い出して欲しくて辛かった。そしてまた愛してくれるだろうと安易に考え始めた。それが言葉は悪いが裏切られたのだ。これ以上どうすればいい…。
なんと言えばいいのか…僕は慎重に言葉を選んだ。
「…僕との友達での思い出は…今となっては…もういいんじゃないかな。思い出してくれたのなら嬉しいよ?でも……ん~」
「私が神川さんの彼女だから?」
さやかは真っ直ぐ僕を見てそう言い放った。その目は力を帯びているように見えた。
「それも確かにあるね。今幸せでしょ?違うの?」
彼女は先程の力を失い目を少し伏せ下を向いた。
「…わかんないの」
「えっ?」
彼女の意外な言葉に驚き言葉を失った。
「最初から始めたい…の。病気になって全ての記憶を失う前から。でもそんな事言ったって病気になってしまったんだから仕方のない事はわかってる。わかってるけど全部思い出したい。日向君の事…全部全部思い出したい」
「思い出したらどうする?」
「…思い出したら私の気持ちを確かめたい」
「…気持ち?」
「本当は日向君の事が好きだったんじゃないかって、思う時があるの」
「じゃあ、僕が実家に迎えに行った時から考えてみて…。大学に行き海に行き田舎に行き、新入社員と友達になった。その時君は僕が好きだったか?違うよな?神川先輩が好きだと言ってたよな」
今更何を言い出すんだと、半ば苛立ちながら責めてしまった。相変わらず器の小さい男だよ…全く。
「そう、そうだったね…昔の事は覚えてないけど……神川さんを選んだんだよね…なんか悲しい……」
「悲しい……?神川先輩は悪い人じゃない。それどころか、とても出来た良い人だよ…選んだ事に間違いはないよ」
本当にそう思う。僕に比べると数段人間ができている。器も大きいし洞察力、頭の回転全て上だ。それにいつも冷静で優しい。だからこそ諦めたんだ。
「付き合わずにもっともっと日向君の傍に居れば良かった…」
「なぜ?なぜそう思うの?何か神川先輩に不満でもあるの?」
「不満なんてないわ、本当によくして貰ってる。でも……」
「何か引っ掛かる事があるなら、僕じゃなくて、神川先輩に直接言うべきなんじゃないかな。僕が聞いたって何も出来ないよ?」
「そうかな……そう…だよね」
彼女が選び付き合い、それが間違いだと思うなら別れればいい…。それだけの事だ。僕に無理やり神川先輩から奪って欲しいのだろうか。だがそれはしたくない。そこまでの愛情が無くなったのか、神川先輩だからかそれは分からない。
歯切れの悪い2人だからこそ、有能で敏速な神川先輩がさやかを奪っていったんだろう。僕もさやかもどこかで道を間違ったのかも知れないが、今となっては引き返せない。
「さやか、幸せになれ。キミなら大丈夫だ。神川先輩がいるんだから」
「うん、なんかごめんなさい」
「いや、久しぶりに話せて楽しかったよ。でも次は神川先輩と3人で会おう。コソコソしてるようで嫌なんだ」
「うん、分かった…」
話しても何も始まらない2人。
わかっていた事なのに…何故か喜んで来てしまった。あとに残ったのは、神川先輩に申し訳ないと思う気持ちだけだった……。
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