第27話 僕の嘘

 次の日、会社に行き総務課で美怜の休職と僕の休暇願いを出した。その後営業事務の山田課長に話をした。


「そんな……鬱病だなんて…」


 山田課長は言葉を失ってしまった。さやかも他の事務の人も、心配そうに僕を見つめていた。


「とりあえずこれから橘さんの家に行って、荷物を片付けて来ます。その後は引越しですかね…家も引き払うつもりです」


「あんなに活発な子が……」


 僕の話は耳に届かない様子で、山田課長は呟くようにそう言った。


「では、また報告に来ます」


 そう言い残し事務所を出た。階段を降りようとした時


「日向君!待ってー!」


 さやかが後を追い走って来た。


「美怜さんは日向君の家で住むの?」


「うん、当分は自分で何も出来ないだろうからね」


「それで…日向君は大丈夫なの?」


「僕?僕は平気だよ…今まで美怜にいろいろしてもらったから、今度は僕が返す番だよ」


「そんなに仲良かったんだ…彼女なの?」


「いいや、そうじゃないけどね。ほら、さやかにもしてたじゃないか。一緒だよ」


「……一緒」


 さやかは何か考えて言いたそうだったが、そのまま口を噤んだ。


「じゃ、急ぐからこれで」


 さやかは何も言わなかったが、僕は階段をかけ降りた。美怜が心配だった。片付けて一刻も早く美怜の傍に居てあげたい。



 美怜の家に行き賃貸契約書を探した。きちんと引き出しにしまってあり、探すのに時間はかからなかった。

 管理会社に連絡をし11月いっぱいで契約解除した。


 後は引越し会社だな……。


 ネット検索でめぼしい引越し会社を選び頼んだ。ダンボール箱が来てから荷造りだな。とりあえず今必要な衣服を、その辺にあった紙袋に詰め込み家に戻った。



 美怜はソファーに横になっていた。


「美怜起きた?朝ごはん作るからね」


 美怜は身体を起こし座り、僕をチラッと見た。だが、何も言葉は発しなかった。


 目玉焼きとサラダとトーストでいいかなっと…あ、薬飲ませないとな。


「美怜おいで、一緒にごはん食べよ」


 美怜は重たそうに身体を動かし食卓についた。


「無理にでも食べて」


 ボッーとしながら口に運んでいる。


「眠い……」


「うん、えっ、眠れなかったの?」


 昨夜はシングルベッドで1人寝かせ、僕はソファーで寝た。


「一睡もできなかった…でも今は眠い」


 眠剤が必要だな。鬱病は夜眠れず昼間に眠くなるという。とりあえず食事をとり、薬を飲ませた。


「日向…ごめん」


 何故かまた泣く美怜。可哀想に、あんなに元気だった美怜は見る影もない。

 ベッドで寝かせ僕1人で病院に行く事にした。

 眠剤という事もあってか、なかなか医師はうんとは言ってくれなかったが、何とか2週間分頂けた。



 戻ると美怜はスヤスヤと眠っていた。昨日はお風呂を嫌がり入らなかったから、いつもさらさらだった美怜の髪は少しベタついていた。


 今のうちに買い物するかなっと思っていたら、燿から電話がかかって来た。


「美怜…大丈夫っスか?」


「ん~、まだ発症したばかりだし、薬も飲み始めだからなぁー。何とも言えないよ」


「会えないっすか?」


「まだ人に会える状態じゃないんだ…」


「彩乃も心配してるし……日向1人じゃ大変だろうから、なんだってするっスよ。俺…美怜に恩があるッスよ」


「うん、わかった。仕事も休んでばかりにはいかないしな…助かるよ」


 燿との電話を切った後、近くのスーパーに出かけ、とりあえず2人1週間分の食材を買った。




 美怜と過ごす毎日、笑いは完全に消えてしまった。ご飯を食べさせ、薬を飲ませ、僕1人が話す。そして通院。

 少しづつ回復していく美怜。


「今日はなんか気持ちいいんだ~」


「そう!良かったな!なにかしたい事ある?友達に会いたいとか、出かけたいとか」


「洗濯したい!」


「えっ、そういうのでいいの?洗濯なら僕がするよ?」


「だからしたいの!いつも下着まで洗ってもらって……辛かったんだ~」


「そう?じゃ、任せるか!終わったら買い物でも行くか!」


 だが洗濯を終えた美怜はまたぐったりとしてしまった。

 僕もそろそろ会社に行かないといけない。お客様達を待たせてるからな…。


 燿に電話を入れた。


「彩乃さん今どうしてるの?」


「彩乃っすか?なんかアクセサリー作って楽しんでるッスよ!」


「美怜をみてもらえないかな?僕が仕事してる間」


「あっ、きっと喜ぶッスよ!会いたがってたから」




 燿は朝仕事に行く前に彩乃さんを送って来てくれた。何かあるといけないのでとりあえず自分の車は置き、燿に会社まで乗せて行ってもらった。



 そんな日が続いたある日。

 神川先輩が夕方、事務所で声をかけてきた。


「ちょっと話がある…仕事終わったら付き合ってくれ」


 神川先輩にしては歯切れの悪い話し方で僕を誘った。


「申し訳ないんですが、仕事終わりは付き合えないんです。橘さんが今家にいるので」


「そうか…」


「仕事中のお昼なら大丈夫ですよ」


「じゃ明日12時にお前の持ち場のファミレスに…」


「了解しました」



 次の日少し早く着いたが、神川先輩はもう来て食事をしていた。


「すいません、遅くなりました」


「昼食まだだろ?奢るから何でも食べろ」


「はい、ありがとうございます」


 神川先輩はお昼からステーキを食べていた。僕はオムライスを注文した。


「話ってなんですか?」


「仕事はどうだ?順調か?」


「はい、お陰様で新規開拓もかなり進んでいますよ」


「でもトップは譲らんぞ」


「はい。何たって1番が好きなんですよね」


 僕がそう言って笑うと、神川先輩はきまり悪そうに横を向いた。


 オムライスが運ばれて来て1口食べると、神川先輩は食事を終え話し出した。


「さやかの事なんだが…」


「はい…」


 何だろう…、神川先輩が僕にさやかの話題をするのは初めてだった。


「病気の事聞いたよ」


「はい」


「お前が色々世話した事も…」


「はい」


「病気する前も大学で一緒だったんだろ?」


「そうですけど」


「会社もうちに入れたんだろ?」


 神川先輩は一体何が言いたいんだろう。質問というか、さやかに聞いた事を復唱しているようだった。


「おかしくないか?本当に親友だったのか?付き合ってたんじゃないのか?」


 洞察力の鋭い神川先輩は見抜いたかのように、そう言った。


「おかしいですか?僕は親友として当たり前の事をしたまでです。現に親友の橘美怜も同じようにお世話していますよ?」


 僕は嘘が苦手だったはずだが……。

神川先輩はそれを聞いて何も言わなくなった。




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