第23話 彩乃さんと燿
僕達4人は駅で集まり、彩乃さんの実家へと向かった。彩乃さんは沢山のお土産を重たそうに持っていたが、やはり嬉しいのだろう。ずっと笑って皆と話していた。
「彼氏が出来たって言っていいよね!」
「もちろん!俺…頑張って挨拶するッスよ」
「叔父さんは優しい人だからね大丈夫だよ」
話題はその事で持ちきりになった。列車はどんどん進んでゆく。やがて車窓は、見覚えのある風景に包まれてゆく。
さやかが記憶を失ってちょうど1年。こんな2人になるとは、あの時は予想もしていなかった。安易にまた元の恋人同士に戻ると確信していた。
やがて無人駅に着いた。まぶしい夏の陽射しは、あの辛いお葬式を甦らせた。
いつもの白いワゴン車が来た。運転していたのは、彩乃さんの兄義文さんだった。皆挨拶をして車に乗り込んだ。
思えばさやかの実家は知っているものの、彩乃さんの実家は初めてだった。やがて車はゆっくりと山道をあがり、さやかの実家を通り過ぎて行った。
1本道がだんだん狭くなった頃、広い敷地の家に曲がった。暑い中で叔父さんと叔母さんは外に出て嬉しそうに手を振ってくれていた。
「かーちゃん、とーさんただいま!」
「お帰り~」
「森さん来てくださったか。よう彩乃の面倒見てくれてありがとな」
「いえいえ僕は何も」
皆も挨拶をし、家の中に入った。広い広い和室に大きな座卓が有り、人数分の座布団が置かれていた。
彩乃さんは皆にお土産を渡していた。燿と美怜は少し緊張をしているようだった。
「皆さん、よう来てくださった。彩乃がお世話になったんでしょ~ありがとな」
叔母さんは冷たい麦茶とおしぼりを皆に渡して回った。
「都会はどうじゃった、彩乃」
「うん…この田舎と全然違うよ」
「そうじゃろうな、で、慣れたんか?」
叔父さんは優しく彩乃さんに聞いていた。
「日向さんやここにいる人達に良くしてもらってね!もちろんさやかちゃんもね」
「そうかそうか、良かったな~」
「それでね、ここにいる田中燿さん」
「田中さんとおっしゃるんか、ほうほう」
「実は…交際しているの」
「なんね、そうかい。はよー言わんかいね」
叔母さんが先にそう言った。
「彼氏とな?」
叔父さんが尋ねると、燿は座布団を外し
「田中燿と申します。日向とおなじ会社の同期です。大切にしますので、交際お許し下さい」
燿はそう言って額が畳につくまで深くお辞儀をした。
「そうですか。えろう世話になったんじゃろう?ありがとな。もちろんこれからも彩乃をよろしくお願いしますで」
「ありがとうございます!」
燿は頭を上げ素直に喜んだ。彩乃さんと顔を見合わせ2人とも頷きながら笑いあった。
「それで叔父さん。御相談があります」
燿が改まって叔父さんの方に向き直った。
「何かの?」
「都会での仕事はとても大変で、1人で生活するのも物価や家賃も高くて…」
「まぁ、そうじゃろう」
「それで提案なんですが……」
燿は何を言うつもりなのか。やけに神妙な顔をしていた。頬が少し引きつっている。
「私が生活費を稼ぎ、2人で住みたいと思います!」
2人で話し合ったのだろうか?彩乃さんは少し驚いた様子だった。しかし付き合い初めてまだ日が浅い。よく決心したなと感心した。やはり燿は何処までも突き進むタイプだった。
「同棲とな?」
「はい!もちろんゆくゆくは結婚まで責任を持ちます。叔父さんいかがでしょうか」
叔父さんは少し考えていた。そして彩乃さんと燿を交互に見ながら言った。
「彩乃を守りたいという気持ちからかな?」
「はい、そうです。困った事が起きても傍に居れば私が対処できます」
「付き合ってまだ日が浅いじゃろ…彩乃の事を本当に理解しているかな?」
「それは……」
「色んな事を2人で経験して年月を重ねてようやく理解出来る事もある。それが我慢出来ない事ならどうする?」
燿は押し黙ってしまった。
「それでも今日言った言葉をあなたさんは守ろうとして、何とか結婚まで頑張るじゃろ。そうであってはいかんのじゃよ」
叔父さんのこれまで生きて来た人生、色んな事が有りいろんな人を見て来たんだろう。説得力の中に2人を優しく包み込む、そんな話し方だった。
「私は…まだ彩乃さんの全てを知りません。ですが、愛する気持ち守りたいと思う気持ちは誰にも負けないつもりです……。若輩者が偉そうにすいません」
「それでいい、それでいいんじゃよ。同棲をして彩乃を守っておくれ。但し、結婚まで考えずともいい。お互いをよく知ってからでも遅くはない。2人ともまだ若いでな」
「ありがとうございます!」
燿はまた深くお辞儀をした。
「彩乃は気が強いでな…ワシに似たんじゃろ。それでも我慢できるかどうかじゃな。彩乃も然りじゃ、よく考えるといい。幸せの形も人それぞれじゃからな」
「とーさん、ありがとう」
叔父さんの言葉は僕にも強く響いた。守りたいと願っていた僕、誰に守られたいかを選んださやか。
イラついたのもきっとさやかの事を解っているつもりで、本当は解っていなかったんだろう。悲しいけど認めなくてはいけない。
これからの2人僕とさやかを深く考えていた。僕が傍に居ては神川先輩は気が気じゃないだろう。いや、不快に思うかも知れない。ちゃんとけじめをつけよう。それが今僕に出来る最大の思いやりだった。
「叔母さん、さやかさんはまだ居ますか?」
「あ、そうじゃそうじゃ。さやちゃんはずっと家で1人寝泊まりしちょるよ。幼い頃の事を思い出したと言いよったわ。また何か思い出したかも知れんのう」
「では、僕はさやかさんの家に行ってみます」
「そうしてやってな~」
僕は皆と別れ歩いてさやかの家に行く事にした。
ある決意を持って……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます