第20話 イン軽井沢①
5月の営業入金グラフが張り出されてから、もうすぐ1ヶ月になる。僕は自分で決めたノルマを順調にこなし2位につけた。もちろん神川先輩がトップだった。
夕方珍しく春川課長に呼ばれた。
「森、流石だな!神川が目をつけただけあるな!どうだ祝いで酒を奢るぞ!」
あまり気乗りはしなかったが、課長ということもあり行く事にした。
居酒屋に着くと生ビールで乾杯をした。仕方ない、帰りは電車だな。
「お前の最初のレポートで、結果はわかっていたよ。だけど凄いな!」
「ありがとうございます。でも全ては同行していただいた先輩方のおかげです」
「まぁ、それもあるだろうが。いやしかし立派だな。かつて初めての月から2位はないぞ」
「神川先輩はどうでしたか?」
「あぁー、あいつは別格だ!同行も断って4月からトップだったな!」
やはりそうなのか、悔しい思いがあったが僕を育ててくれたのは紛れもなく彼だった。ここは素直に賞賛しよう。
酒もかなり入り、春川課長の酔いがまわって来た。自然と営業談議から、自殺未遂をした吉田先輩の話しに移行してゆく。
「私のせいなんだよ!私の!」
春川課長はテーブルに突っ伏し、何度も何度も同じ事を繰り返した。癒されぬ傷が彼女を苦しめていた。だが、命は助かったのだ。出来る事は沢山あるはず。
「まだ付き合ってますか?」
「いいや、、私は離れた。その方が彼の為だ」
「寂しくないんですか?」
「生きてるだけでいいんだよ。同じ空の下で、元気に生きてるだけでいい…。それだけで繋がっている。彼が幸せになってくれたらいいんだよ……」
なぜかスキマスイッチの『奏』が僕の頭の中で鳴り響いた。人を愛するということは尊い事だと思う。だが、愛し方も付き合い方も様々だ。
僕はさやかを愛してはいないんだ。本当に愛しているなら、たとえ自分を選ばなくても愛は消えはしない。神川先輩と幸せになる事を喜んであげなくてはいけないのに……。
自分の器の小ささに嫌になる。見返りなど求めてはいないが、愛情の浅さに気づいた。それがさやかでなくとも僕の愛はそういうもんなんだろう。ただ自己防衛に走った、弱い自分が悲しかった。
それから2ヶ月あまりが過ぎた。夏の日差しが照りつけ、蝉の声が暑さを増す頃、風の便りで吉田先輩がラーメン屋を営んでいると知った。
住所を頼りに、お昼の忙しい時間を避け仕事中に会いに行った。吉田先輩は髪を短くし、白い制服を身に纏い忙しそうに厨房に立っていた。
「吉田先輩、ご無沙汰しております!」
元気良く声を掛けると、少し驚いていたが嬉しそうに笑ってくれた。
「やぁー、森君わざわざ来てくださったんですね!お元気でしたか?」
「はい、元気でやっております!ここのラーメンで1番美味しいのを頂けますか」
「あいよ!」
吉田先輩は以前と違い生き生きしていた。この仕事の方があっている気がする。運ばれて来たのはチャーシューがいっぱい入った豚骨ラーメンだった。
「あー、凄く美味しいです!」
「ありがとう!」
そう言えば、吉田先輩と一緒にラーメンを食べたあの日、自殺を図ったんだったな。あの嫌な思い出が不意に脳裏を掠めたが、前で汗をかきながら働く吉田先輩を見ているとそんな事は消し飛んでしまう。
食べ終わった頃、吉田先輩は厨房の人に後を頼みコーラを2つ持ち僕の隣に座った。
「吉田先輩はラーメンが好きなんですね」
「そうなんです。好きな物を作ってお客様にお出しするのは本当に楽しいですよ。兄が資金を出してくれましてね、ようやく実現しました」
「作り方は習いに?」
「いえ、ラーメン好きのおかげでいろんな店で食べてたので、それを自分なりに作ってみました」
「凄い才能ですね!本当に美味しいですよ」
「そう言って頂けると嬉しいです」
汗が滲んだ額を拭きながら、彼は本当に嬉しそうに笑った。春川課長の事を言おうか迷ったが、嬉しそうに働く彼を見ているとどうしても言えなかった。
お盆休み、燿が計画してくれた1泊旅行に4人で行く事になった。本当はさやかも行くはずだったが、田舎に帰りたいと言い急遽彩乃さんを誘った。
僕の車に4人乗り込み軽井沢に出発した。皆嬉しそうだったが彩乃さんは初めての人と旅行ということで少し緊張していた。
「彩乃さん、前はごめんね~」
美怜が謝った。
「いえ、あたしこそごめんなさい」
「なんスか?面識あったんすか?」
何も知らない燿は不思議がった。
「うん、チラッとだけネ!彩乃さんこれからよろしくね!」
「はい、よろしくお願いします」
「なんか固いっスね~、もっとざっくばらんにいきましょう!」
「んだんだ~」
「さやかちゃんの従姉妹だけあって、彩乃ちゃんも可愛っス!」
「そんな事ないよ…」
「あー、移り気な奴だな~」
美怜が茶化した。
「だけどもうさやかちゃんは神川先輩がいるっすもん。勝てないっス」
「え?まだ付き合ってないでしょー?」
嫌な話になってきたな……。
「え?なになにさやちゃん彼いるの?!」
彩乃さんが食いついてしまった。
「付き合ってるかどうかはわからないけど、もう入る隙はないっスよ」
「いいな~あたしも彼氏欲しいよ」
彩乃さんは切実にそう言った。
「俺空いてマース!」
「バカか!露骨に言うなよ」
美怜のその言葉で皆笑い、一気に和やかな車内になった。
サービスエリアに何度か寄り、賑やかな皆を乗せた車は軽井沢に到着した。まだ11時半だった。
「燿、まずどこに向かうの?」
運転しながら聞いた。
「あ、運転代わるッスよ」
何度か来たことがある燿に運転してもらい助手席でくつろいだ。
「ご乗車誠にありがとうございます!これよりこの田中燿が皆様の楽しい旅のお手伝いをさせていただきます!」
「よっ!待ってましたー!」
燿と美怜のコンビは最高だ。彩乃さんもテンションが上がり嬉しそうだった。
「皆様!お腹は空いていますか?」
「はーい!」
皆いっせいに手を上げた。
「ではこれより『森の中のレストラン』に参りたいと思います!」
「わ。なんか名前からして軽井沢!って感じじゃん」
美怜はワクワクしながらそう言った。
程なくして木々にかこまれたレストランに到着した。
4人は車を降り、まず綺麗な空気をいっぱい吸い込んだ。避暑地と言われるだけの事はある。空気がひんやりと感じられた。風が木々の葉を揺らし音を奏でる。最高のスポットだった。
「さてお待ちかねのランチの時間でございます!ここでしか食べられない物をご堪能下さい」
皆メニューに釘付けだった。
「ウチは野菜のピザ」
「あたしも!」
「ん~僕は肉だな。ビール煮込み」
「皆さん素晴らしい!どれも最高ッスよ!」
「で?燿は何するの?」
「もちろん!両方ッス!」
運ばれて来た食事は本当に美味しそうだった。燿の筋肉談議を聞きながら美味しくいただいた。
「さて次にご紹介するのは…」
「何よ?」
「ん~、行きたいかな?どうかなと思って…」
「大丈夫よ!燿が案内してくれたらどこでも楽しむ!」
「そうっすか!じゃー『石の教会』に参ります!」
「教会?石の?」
「はい!俺はそこで2人の誓いをしたいッスよ」
「へーなんか楽しみ♪」
着くとほんと石でできた教会だった。窓ガラスもあり日の光が石を輝かせていた。女子2人はうっとりと見入っている。
「彩乃ちゃん、俺と生涯の愛を誓いませんか?」
「んと~」
彩乃さんは困っていたが何故か
「はい」と言った。
驚いたのは僕達だけではない。言った本人が1番びっくりしていた。
「え、え、ほんとッスかー?!」
「お試しでお願いします」
彩乃さんは本気だった。この教会の雰囲気に呑まれたのか、燿の性格が気にいったのか、はたまた寂しかったのか。それは本人しか分からない。
「は、はい」
冗談で言った燿も思わぬ展開に焦っていたが、真面目な対応になった。
「こんな俺ですが、大切に大切に守り愛します。どうぞこれからよろしくお願いします」
燿は直角に近いお辞儀をし、手を差し出した。その手を彩乃さんは恐る恐る掴み
「こんなあたしでも良ければ、よろしくお願いします」
と言った。
美怜は何故か涙ぐみながら拍手をした。それに釣られたのか燿も涙を拭い
「やっとやっと…彼女が…できたッスよ。この石の教会で……」
後は涙で話せなくなっていた。
思いがけないカップル誕生だった。
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