第18話 女心①

 仕方なく美怜を乗せて、さやかのハイツに車を走らせた。彩乃さんをどうしたらいいか、ずっと考えていた。自ずと美怜との会話は無くなる。


 ハイツに着くと待ちかねたさやかが急いで開けた。美怜がいる事に少し驚いたが、中に入れてくれた。


「彩乃さん?」


「日向君…出て来ちゃった」


 そう言うと涙を流し抱きついて来た。驚いたのは僕だけではない。傍に居たさやかと美怜もびっくりした表情で見ていた。


 彩乃さんの腕を離し


「もう大丈夫だよ。落ち着いた?」


「あたし、帰らないから」


 彩乃さんは涙を流しながらも、目はしっかりと僕を睨んでそう言った。


「わかってる。ちょっと座って話そ」


 皆立ち尽くしていたのでそう言った。さやかはコーヒーを作り始めた。


「あたし…もう帰らない……」


 もう1度彩乃さんはそう言った。追い返されると思ったんだろう。


「何がしたいの?仕事」


「え?」


 予想していなかった発言に彩乃さんはちょっと驚いたようだった。


「この街で1人で生きて行くんだろ?働かないといけないよ?その覚悟はあるの?」


「ある!あたし何だってする!」


 彩乃さんはもう泣いてはいなかった。


「じゃ、叔父さんに頼らないとね。住む家もいるしお金もないんだろ?」


「日向君の所はダメ?」


「え?何言ってんの、この人!」


 黙って聞いていた美怜が口を挟んだ。


「あんたは誰よ!日向君の彼女?」


 気が強い彩乃さんも黙っていなかった。困っていたのはさやかだった。静かに皆にコーヒーを置き正座した。


「彼女じゃないけど?日向の家に居候なんて頭おかしいわよ!」


「美怜!お前の口出す話じゃない。黙ってないなら帰れ」


 僕が怒る事はあまりない。だが今の言葉は許せなかった。僕の事を温厚だと思っていたさやかも美怜も、そして彩乃さんも驚いていた。


 美怜は立ち上がり僕を睨んで帰って行った。そんな事はどうでもよかった。ただ心配なのは叔父さん達とさやかだった。


「彩乃さん、僕の家にはおけない。分かるだろ?」


 彩乃さんは諦めたのかコクリと頷きコーヒーを1口飲んだ。


「叔父さんに電話するね。今ごろ心配しているだろうから…」


 彩乃さんはまたコクリと頷いた。


 彩乃さんはさやかの家に無事でいる事を告げると、叔父さんは安心してお礼と謝罪を口にした。明日叔母さんがさやかの家に来て、彩乃さんの住む家を探すということだった。


 あんなに反対していた叔父さんだったが、家出までされると観念するしか無かったんだろう。


 彩乃さんにその事を告げると、嬉しそうに笑った。


「日向君…ありがとう」


「いいえ…今日はさやかの所に泊まって、明日叔母さんが来るのを待つといいよ。さやかは大丈夫?」


「うん、日向君ありがとう」


 さやかもやっと安心した表情で、ニッコリと笑った。


 僕も安心して帰る事にした。だが全てが終わった訳では無い。今ごろ美怜は落ち込んでいるだろう。車に戻ると美怜に電話をかけた。


「日向…」


「こっちは話しがついた」


「ゴメンな…うちが悪かった……」


「いいよ。そもそも連れて行った僕のせいだよ」


「日向…」


「今日はゆっくり休んで?また今日の埋め合わせはするから…僕も疲れたから帰って寝るよ。いい?」


「いいよ…日向……」


「ん?」


「なんでもない…おやすみ」


 本当に疲れた1日だった。女心は分からない。美怜も彩乃さんも…、本当に難しいと感じた。さやかと久しぶりにプライベートで会えたのにな。


 次の日、出勤するとさやかが駆け寄って来た。


「日向君、おはよう」


「さやかおはよう」


「あのね、彩乃さんが日向君の近くで住みたいって言ってるの…」


「ん~、そうか」


「私は日向君の住所知らないし……」


 さやかはまた困った様子だった。


「住所がわかるまで、叔母さんが来ても住む所は探さないって…」


 相変わらず頑固な彩乃さんに、さやかは振り回されていた。


「でもね…彩乃さんが近くに住むと日向君に迷惑かけそうだし…」


「何の話?」


 そこに神川先輩がやって来た。きっと2人で話しているのが気になるんだろう。


「あ、いえ…ちょっと」


 さやかは困った顔をした。それに気付いた神川先輩は何も言わずその場を去った。


「さやか?仕方ないよ。彩乃さんの言う通りにしてあげよ?昼過ぎさやかのハイツに行くよ」


「え?仕事は大丈夫なの?」


「大丈夫。営業は結構自由が利くからね」


 僕は一体何処へ向かうのか…。ずっとそんな事を思っていた。ただただ、さやかが好きなだけ。しかしさやかは話しが終わると神川先輩に駆け寄って行った。さっき悪い事をしたと思ったんだろう。


 そんなに神川先輩がいいか。そんなに好きか。笑ってはにかんで話しているさやかを見ながらそう思った。勝てない…、無理だ。さやかが僕を必要とする時は困った時だけ……。あんなに嬉しそうに僕に向かって話す事はない…。


 2時を過ぎた頃、やっと仕事が一段落したのでさやかのハイツに行った。


「あ~、森さん。ほんっとすまんこってす…」


 叔母さんは会うなりそう言って、深々と頭を下げた。


「叔母さん、頭を上げて下さい。僕なら大丈夫ですから」


 彩乃さんは何も言わなかった。


「ほんっと我儘娘で、お恥ずかしいです」


「いえいえ、僕は今8階建てのマンションに住んでいます。駅も近くて瀬川駅といい、凄く開けた所です。仕事も何かしらあるでしょうし、買い物も便利ですよ」


「そのマンションがいい!」


 彩乃さんはやっと口を開いた。


「空きがあるかな…ちょっと管理会社に聞いてみますね」


「すんません」


 叔母さんはまた頭を下げた。電話をしてみると2階が空いているとの事だった。


「どうしますか?今から行って見てみますか?僕が車でご案内しますよ」


「行きたい!」


「仕事中じゃろ~?いいのかね」


「大丈夫ですよ」


「ありがとな…ほんっとにありがとな」


 3人で管理会社を訪ね、マンションに連れて行ってもらった。間取りは僕の部屋より狭く1LDKだった。


「都会にはこんな小さな家があるんじゃな~」


 叔母さんは驚いていた。無理もない、田舎の敷地も家も大きいからな。


「私ここにする!今日から住めますか?」


「はい、大丈夫でございます」


 管理会社の方は嬉しそうにそう言った。


「なんね、あんた家具や布団や家電やいろいろいるじゃろうに…」


「揃えればいいじゃない」


 本当に箱入り娘だな…。恵まれた環境だという事を理解していないようだった。


「で、日向君は何号室?」


「501だよ」


「あんた、しょっちゅう邪魔したらいかんよ!分かってるか?」


「大丈夫よ」


 彩乃さんは少し膨れっ面をしてそう答えた。後は叔母さんと管理会社の人に任せ、仕事に戻った。








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