第16話 遠くに行ってしまった…
初めての給料日、僕達新入社員は4人で居酒屋に行った。
「初給料やったっスーー!」
燿の掛け声で乾杯をした。皆とてもいい笑顔だった。
「やっぱさー、営業の方が給料多いんでしょ~?」
「当たり前ッスよ!どんだけ苦労してると思ってるんすか」
「まぁ、そうだよね。日向はこの中で1番多いんじゃない?だってグラフ伸びてたもん!」
「あれは神川先輩のお陰なだけで…来月は分からないよ」
「そうだ!神川先輩と言えばさやか!デートしたんでしょ?ねぇ、どうだった?」
「マジっすか?!さやかちゃんが盗られるっす…」
僕もそれはずっと気になっていた。是非とも聞きたい。さやかは首を傾げて考えながら言葉を運んだ。
「船でランチを食べて、それからショッピングして…ディナーはフランス料理だったの」
「すっごい!やっぱ金持ちだな~もちろん奢りでしょ?」
「そうなのよね…なんか申し訳なくって……これも、買って頂いたのよ」
さやかは首に着けてるネックレスを皆に見せた。それを早速身に付けていたのはショックだった。
「でっ?キスとかしたわけ?」
美怜のその質問に僕は息を呑んだ。有り得ない話では無かったが、そこまでは考えていなかった。
「まさか~付き合って無いのに私はそんな事しないよ。神川さんも紳士だよ?」
「付き合うんでしょ?アプローチされてないの?」
「まだわかんない。だってお互いよく知らないんだもん。今は俺の事を知って欲しいって言われただけよ」
「あー、それはもう時間の問題だな!ねぇ~皆もそう思うでしょ!」
燿は頭を傾げて腕を組んだ。
「俺は分からないけど、なんか気にいらないっす…」
僕も同感だった。営業マントップでありお金もあり紳士であり優しい。完璧過ぎる相手が完璧なデートをした。さやかはもしかしたら、靡くかも知れない…。
「お互いを知るのは大切だと思うよ。だけどその期間って良い所しか表に出ないんじゃないかな?」
僕は精一杯の反抗を試みたつもりだったが…。
「言えてる!もう付き合ってみたらいいのよ!」
悲しい事に、違う方向に話しがいってしまった…。
数日後、僕達4人は燿が予約してくれたバスツアーに出かけた。お昼に蕎麦を頂き、移動して温泉に浸かりバイキングを食べ放題というものだった。
皆精一杯のラフな格好で、食べる気満々の様子。満員のバスは僕達を乗せて走り出した。遠足のようなワクワクした気分でバスに揺られた。
お蕎麦はとても美味しかったが、皆暑くてソフトクリームを食べた。
「もうお腹いっぱい!」
美怜はそう言うと僕の隣に座った。後から来た燿は
「ラッキー!さやかちゃんの隣りッスよ!」
と喜んでいた。
「ねぇ、日向…」
「ん?」
「今度2人でどこか行かない?女から言うのもアレだけど、待ってたら誘わないっしょ?」
「あぁ、まぁそうかな…で、どこ行きたいの?」
「映画か~遊園地!」
「遊園地?!長い間行ってないなぁ」
「日向はどっちがいい?てか、2人でお出かけはOKなの?」
そう言われてさやかの事を思った。さやかはきっと神川先輩と電話したり出かけたりしているんだろうな。付き合ってた前の立場なら彼女がいるからと、断る事も出来た。今さら好きな人がいると言うのも変だし、遊びに行くだけでそんな事も言えない。
「ねぇ~何よ!何とか言ってよね!」
痺れを切らしたのか美怜は膨れっ面でそう言った。
「行こうか、遊園地。久々で楽しいかもな」
「本当に?」
「うん。次の土曜日な」
美怜は素直に喜んでくれた。たまにはそういうのも良いだろう。断る理由など無かった。
その後温泉に入ってバイキングを楽しんだ。美怜は余程嬉しかったのかテンションが上がりはしゃいでいた。
さやかも少食の割によく食べていた。燿はビールをしょっちゅう注ぎに席を立った。もうこの4人なら気を使う事も無くなり良い友達関係が築けている。
次の土曜日、美怜と遊園地にやって来た。空は晴れ渡り雲1つない。風の心地良さも感じられ行楽日和だった。さやかと一緒ならどんなに気持ちいいだろうか…。
「ねぇ何乗る?」
「やっぱ最初はメリーゴーランドでしょ?」
「えー?!あれは子どもの乗り物!」
さやかが1番好きなメリーゴーランド。いつも嬉しそうに笑ってたっけな…。何だかさやかの存在がどんどん遠くなっている事に気づいた。一体この先2人はどうなって行くんだろう。僕が軟弱者だから、時に流されて往くだけだった。
「あっ!コーヒーカップ!」
そう言うと美怜は走って行った。
「早く早く~」
2人で乗り込み、思い切り回した。ビュンビュン回り体が持って行かれそうになる。
「きゃはははは」
美怜もどんどん回し、はしゃいでいた。
コーヒーカップから降りると体がフラフラする。美怜は腕を組んで来た。ふらつくからだろうか…。この歳でそんな事を気にするのはおかしいのか?
2人で沢山の乗り物に乗り、最後はジェットコースターで締めくくった。
「あー楽しかった♪」
美怜は本当に嬉しそうに笑っていた。だがずっと腕を組んだままだ。デートのつもりだろうか?やっぱり男女で何処かに出かけるとそうなるのかな…。でも、僕はそんな気持ちはさらさら無かった。
「ねぇ~お腹空いたね!」
「何か食べて帰ってもいいけど…ちょっと寄る所があるんだよね」
「ぇ…そうなの……」
美怜のリアクションで全てがわかる。がっかりさせてしまったようだ。だが、さやかに今すぐに会いたかった。こんなに思った事はないほど会いたかった。他の女性といると、こんな気持ちになる事を初めて知った。
「ゴメンな…」
「謝らないでよね!なんか悲しくなるじゃない…」
車で美怜を送りすぐにさやかのハイツへ向かった。インターフォンを鳴らしたが応答が無かった。どうしても会いたかった僕は車で待つ事にした。
1時間が過ぎた頃、1台の車が前を通り過ぎた。さやかが助手席に乗っていた。きっと運転しているのは神川先輩だろう。
車は停車したものの、さやかはなかなか降りては来なかった。胸がザワつく。何故来てしまったんだろう。美怜をがっかりさせてまで何故…。自分で自分を責めた。
さやかがドアを開けると同時に、神川先輩も降りた。2人でまだ話している。さやかの嬉しそうに笑って話す顔が、僕の心に突き刺さる。今すぐにでもこの場を離れたい衝動に駆られたが、エンジンをかける訳にはいかない。
ハンドルに額を押し付け目を閉じた。辛い、辛すぎる…。話で聞くのと実際目にするのでは、全く違った。さやか、本当に遠くに行ってしまったんだな…。
やっとエンジン音がなり、神川先輩は帰って行った。顔を上げるとさやかが階段を上っていた。嬉しそうな足取り…僕にはわかる。痛い程分かり過ぎる。なんでも分かるんだよーさやかー……。心の中で叫んだ。
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