第14話 神川先輩②

 レストランから車に戻ると神川先輩はイスを倒した。


「昼寝だ」


 そう言ってアイマスクをした。はっ?!昼寝だと?しかもレストランの

 駐車場だ。しかも就業時間だ。この人は本当に……。


 僕は仕方なくパンフレットを見て過ごした。実際のところうちの会社の商品を知らなかったからだ。しかし高い…。量販店に行けば同じ物が安く買えるんじゃないのか?


 20分程で神川先輩は起きた。伸びをしクルマから降りてストレッチを始めた。僕は素知らぬ顔でまだパンフレットを見ていた。


 程なくして神川先輩は車に乗りゆっくりと走らせた。


 1時間程経っただろうか、やっと神川先輩が口を開いた。


「この辺りがお前のテリトリーになる。さぁ、どの会社に行きたい?」


「え?もう行くんですか?まだ僕は…」


「お前の望む俺の新規開拓だ。俺も初めての会社だ。見たいんだろ?」


「はい!ぜひ!」


 ゆっくり車を走らせる神川先輩と車窓から食い入るように見つめる僕。嫌な緊張が走った。まるで2人で強盗でもする気分だ。


 やがて大きな会社が目の前に現れた。【西株式会社】と看板に書かれている。


「ここ、ここにします!」


 つい気合いが入って大声になってしまった。門があり警備員がいる。こんな会社なら門前払いだろう。


 神川先輩はゆっくりと止まり警備員に名刺を渡し何か話している。やがて門が開いた。流石としか言い様がない。


「俺が名刺を渡したらお前も直ぐ渡せ。俺がお辞儀をしたらお前もしろ」


 ゆっくりと車を駐車場に入れながらそう言った。やはりお辞儀はするのか…。いつからしなくなるんだろう。さっぱり分からない。


 2人で車を降り真っ直ぐ会社の入口に向かう。神川先輩の方をチラッと見たがいつも通りだった。僕はやはり怖かった。


 受け付けに着いた。受け付け嬢がいる。


「初めまして、こういう者です」


 そう言って名刺を差し出したので、僕も黙って渡した。


「それでなんでしょうか?」


「事務用品を発注する担当の方はいらっしゃいますか?」


「アポはとってらっしゃいますか?」


「いえ」


「少々お待ちください」


 女の人は内線電話をし始めた。神川先輩は直立不動で立っているので、僕も倣った。なかなか誰もやって来ない。やはり無理なのか…、そう思っていると右側から少し小太りの男の人がゆっくり歩いて来た。神川先輩はそちらの方を見て一礼したので、僕も慌ててお辞儀をした。


「お忙しい時間に突然申し訳ございません」


 そう言い名刺を差し出した。僕も追随した。その男の人からは名刺が貰えなかった。


「事務用品は1つ決まった所で発注しているんですよ」


「もちろん承知しております。その上で参りました。今お困りの事はございませんか?」


「ん~、そうだねぇー」


 男の人は顎ヒゲをくしゃくしゃしながら言った。


「プリンターだがね、直ぐに故障してしまいましてね…」


「修理やメンテナンスは来てもらえませんか?」


「それが別会社でなかなかね~今も動かないままなんですよ…」


「見せて頂けませんか?私で直せるかも知れません」


「本当に?ぜひ見て下さい」


 男の人は凄く嬉しそうに喜んだ。


 営業マンなのに修理?マジか…。出来なかったらどうするんだろう。僕達は男の人の後をついて奥の事務所に入った。


「これなんですけどね…」


 神川先輩は念入りに調べた。


「この機種は5年前に発売されたもので、故障が多いと皆さん仰るプリンターです」


「5年?いやいや、去年買った物なんだけどね…」


 男の人は困り果てた顔をした。


「私が発注したので、うーん、騙されたか…」


「とりあえずインク漏れがありますので、オンスイッチが入らないんです。部品がいりますので今直ぐ私が直す事は出来ませんが、メンテナンス課に今から越させましょう」


 そう言うと神川先輩は携帯電話を取り出した。


「いやいや、ちょっと待って下さい!お宅で買った商品でもないのにそれは申し訳ないです」


「いえ、気にしないで下さい」


「いやいや、いやいや」


「動かないと仕事に差し障りますでしょう」


「でも…壊れやすい機器なんでしょう?直してもらってもまた故障したら……」


「ですね…、じゃあ一応パンフレットを置かせていただきます。お暇な時にでも見て頂いたらいいかと。コレが今年発売のプリンターになります」


 神川先輩はパンフレットを広げて説明を始めた。


「では私達はこれで失礼します」


「そうですか…あ、名刺」


 そう言うと男の人は急いで僕達に名刺をくれた。総務課の課長平林と書かれていた。


「この地域の担当はこの森が廻っております。何かあれば何でもご相談下さい」


 そう言うと深々と頭を下げたので、僕も頭を下げた。見ると平林さんも深々と頭を下げ


「また来て下さい」と言った。


 客と営業マンが逆転した瞬間だった。


 車に乗り込むと直ぐに神川先輩が言った。


「1人で廻るようになったらここにまた行け。注文は確実だ」


「そうなんですか?」


 僕が不思議がって聞くと神川先輩はコクリと頷くだけだった。



 会社に戻ったのは、まだ4時半だった。席には春川課長しか居ず皆まだ営業で廻っているのだろう。


 神川先輩は書類1冊を営業事務員からもらって来て僕の机に置いた。原田社長が書いた注文書を出し、書類に写した。それを神川先輩に確認してもらった。


「OK、営業事務に提出。それと今の注文を商品室に行って1つずつ確かめて来い。何を頼まれたか把握する為だ」


「はい」


 商品室は3階にあり広いスペースに所狭しとうちの商品が並べられていた。原田社長はパソコンを含めて全部で22点も注文してくれた。1つずつ確認し頭に叩きこんだ。


 しかもこれら全てが入金されれば、僕のグラフは一気に伸びるだろう。だが、嬉しくはなかった。全て神川先輩の手柄だからだ。


 2階に戻ると直ぐに春川課長に呼ばれた。


「どうだ?営業は簡単だろー?」


「そこまではまだ…。ただ難しくはないような気がしています」


「明日自分が掴んだ物と今後の自分の営業スタイルをレポートして見せろ」


「ぇ…」


 そんな今日1日だけで営業スタイルまで…?


「自分の頭で考えろ」


「はい」


 席に戻ると神川先輩はさやかと喋っていた。呑気で良いな。だがさやかも嬉しそうに笑っているのが気になってしょうがない。


 6時になると神川先輩は戻って来て肩を叩いた。


「行くぞ」


「え?まだ廻るんですか?!」


 慌てて背広を来てカバンを持って追いかけた。


「お疲れ様でした」


 営業事務員が一斉に言っていたが、いやいや仕事なんだから……。


 神川先輩は駐車場に行かず歩いて反対方向に歩いていた。走って追いかけ


「どこに行くんですか~」


 と叫び隣を歩いた。


「今日は1日同行だろ」


「はい、そうですが」


 1件の焼き鳥屋に入って行きカウンターに座った。


「飲みですか?!」


「まあな」


 そう言うと生ビールを2つと適当な焼き物を注文し始めた。


「いや、車なんで」


「電車で帰ればいい」


「まぁ、はい…」


「どうだ?営業の自信は持てたか?」


「自信まではいかないですけど…」


「何が足りないと思う?」


「え?ん~なんだろう」


「大切なのは商品知識だ。うちで扱っている物は当たり前だが、そう出ない商品も頭に入れなくてはいけない」


「なるほど」


「明日の予定は?」


「今日の同行のレポートです」


「そんなもん1日かけるなよ。明日から独り立ちするまで毎日商品を把握し自分のノートをつけろ」


「はい」


「それと故障の原因が何か分かるようにしろ。わかるまでメンテナンス課に聞くなり調べたりしろ。とにかく商品知識は大事だ」


「分かりました」


 ビールが来たので神川先輩は「お疲れ」と言って一気に半分あけた。そしてしそ巻きを美味しそうに頬張った。


「神川先輩は同行はしない人なんでしょ?」


「まあな」


「なぜ僕なんかを連れて行ってくれたんですか?」


「僕なんか…だと?自分の事をそう言う奴は嫌いだ、自信を持て」


「いや、はい…。答えになってませんけどね」


「ま、いいさ。そのうち分かるようになるだろう」


 ふむ、はたしてそうなんだろうか。


「で、お前の言う通り新規開拓したが、何か掴めたか」


「はい、お客さまのニーズを的確にみぬき、それに応える」


「ん、まぁ間違ってはいないが、やり方はともかく大事な事は相手より有利に立つことだ。何でもいいから頼りになる有難いと思わせる事だ。わかるか?」


 神川先輩は酔いが回ってきたのか饒舌になっていた。


「はい!凄くよく分かります!」


 それからも延々営業談義は続き2人とも生ビール3杯空けフラフラと駅に歩いた。


「営業最高!」


 神川先輩が急に叫んだ。通りを歩いていた人が一斉に見て避けて通った。


「俺様最高!日向最高!」


 また叫んでいる。


「だがな!」


 神川先輩に思い切り肩を叩かれ


「トップは渡さんぞ!」


 そう小声で言ったかと思うと、また大声で


「1番は俺様だーー!!」


 と叫んだ。

 やはりあのグラフは神川先輩でさえ気にしているんだと初めて知った。

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