第12話 親睦

 吉田先輩との同行が5日続いた金曜日の夕方、僕達新入社員の歓迎会がとある居酒屋で行われた。


 営業1課に僕、3課に田中 ようさん、営業事務にさやかと橘 美怜みれいさんの計4名が新入社員だった。


 皆かなり酔っていて最初の席とは違う所に移動していた。僕は車なのでアルコールは飲まなかった。


「森ー!」


「はい!」


 春川課長が手招きをしていたので、慌てて傍に駆け寄った。


「なんでしょう?」


「ここに座れ!話がある」


 春川課長はかなり酔っていて、自分の隣にいた人を押しやり僕を座らせた。


「同行してみてわかった事を述べよ!」


 なんと言えばいいのか、それに酔っている人にまともに話してはたして覚えているのだろうか…。


「お前は遅い!」


「はい、すみません。色々学びましたが正直難しいと感じました」


「それでいい!」


 いいのか…?!


「神川ー!」


「はい、なんです?」


 神川先輩は直ぐに来て、春川課長の隣に座った。


「来週から森と同行な!」


「いいですよ」


 神川先輩は酔ってはいなかった。よりによってコイツと同行か……。僕がゲンナリしていると突然春川課長に後頭部を叩かれた。


「お前!神川が同行なんかいつもせんぞ!お礼を言ってもっと喜べ!」


「神川先輩ありがとうございます!精一杯学ばせていただきます!」


 心にもないことをスラスラ言ってのけた自分に驚いた。これは春川課長の魔法だと思った。


「うむ、よろしく」


 神川先輩はそう言うと元の席に戻って行った。さて、僕はどうしたものかと思案していると


「吉田ー!」


 また春川課長が叫んだ。


「はい!」


 吉田先輩も酔っておらず、直ぐに飛んで来た。


「私はもう帰るぞー送れ!」


「分かりました!」


 立ち上がろうとする春川課長を吉田先輩は支えながら帰って行った。吉田先輩が不憫でならなかった。


「森さん」


 同じ新入社員の田中さんが空いた席に座った。


「今度新入社員だけで飲み会しよう!」


「あ、いいですね~親睦会ですか!」


「まぁ、名前はなんでもいいすが、女の子とお近づきになりたいんすよ」


「なるほど…」


 嫌な気はするがOKを出した。早速田中さんは移動してさやか達の方に向かった。



 翌日の土曜日は休日。

 この日は新入社員4人の親睦会をする事になっていた。会社の最寄り駅で5時に待ち合わせ。僕も飲みたいと思い電車で向かった。


 待ち合わせの場所に着くと田中さんがもう来ていた。


「早いですねぇ」


「楽しみで早く来たっす」


 さやかも到着した。紺色のワンピースがとても可愛かった。


「遅くなりました」


「いいえ!ピッタリっす!さすが猫田さん!」


 後1人は営業事務の橘美怜さんだが…、10分過ぎてもまだ来なかった。


「何かあったのかな…」


「多分だけどね、いつも会社に来るのもギリギリなの。だからきっと遅れているんだわ」


 さやかはにこやかにそう言った。その言葉を信じて3人は待つことにした。


 20分が過ぎた頃、さやかにLINEが来た。


「もう少しで着くそうよ、ごめんなさいね」


 何故かさやかが謝った。田中さんは黙ったままだった。


「悪い悪いー!準備に手間取っちゃってさ~」


 橘さんは手を合わせて皆に謝った。


「大丈夫よ」


「じゃ、行きますか!」


 田中さんはやっと元気を取り戻し先導して歩いた。


「どこに行くの?」


 橘さんが田中さんに聞いた。


「この先に【壱成いっせい】という居酒屋があるっす。予約してるッスよ」


「おー!流石だねぇー!」


「だれかが遅れて来るからもうダメかもねっ!」


「えーー!そんなぁー」


「冗談ッスよ!」


 田中さんは笑いながら橘さんに言った。橘さんは田中さんに足蹴りの真似をした。もう仲良しになっている。


 予約してくれたテーブルは個室の6人掛けだった。


「いいじゃんいいじゃん!」


 橘さんはガッツポーズで喜んだ。田中さんはドヤ顔だった。とりあえずビールで乾杯をして、銘々好きな一品料理を注文した。


「でさ~皆会社どうよ?」


 この4人だとリーダーは田中さんだった。皆の顔を一人ずつ伺いながら尋ねた。


「うちは最高だわ♪」


 橘さんが直ぐに反応した。


「僕はまだ分からないなぁ。辞める事はないけど、まだ営業に自信が持てないよ…」


 僕がそう言うと田中さんは


「ちょっ!暗いっす!」


 と叫んだ。

 そりゃそうだな、こんな席で発言する言葉では無かったな…。反省していると田中さんの次の言葉は意外だった。


「でも実際の所、俺も自信ないっス…なんであんなデカデカと前にグラフがあるわけ?!しかもよ?俺たちの名前ももう載せてやんの…」


「え?知らなかったな…」


「でもさ、トップの神川さんってどんな人?うちは気になるな~森君と同じ課でしょ?ねね、どんな人よ」


 橘さんは身を乗り出して聞いて来た。


「ん~まだよくは分からないけど…クールな人かな?」


「優しい人だよ?」


 さやかが意外にもそう言った。


「知ってるの?!」


 橘さんは今度はさやかの方を見てそう言った。


「初日早く来すぎたんだけどね、困ってたら色々教えてくれたよ?次の日からも気軽に声をかけてくれるし」


「それは狙われてるっス!間違いない!」


「そんなんじゃないと思うよ~」


 そのさやかの言い方でかなり神川さんの事を好印象だとわかった。何か胸がざわついた。


「せっかくだから、俺たち4人の事話そうよ~橘さんはなんて呼んで欲しい?」


「美怜でいいよ。ちゃんとか絶対嫌だからね!」


「猫田さんはさやかちゃんって感じだよな~」


「私はなんでもいいですよ」


「俺は燿っす!」


「男の人に呼びすてはちょっと…日向君だって君付けちゃうもん」


「え?知り合い?」


「そうなの?!」


 田中さんと橘さんが驚いて言った。さやかは覚えていないことがあるだろうから、僕が説明した。


「大学が一緒だったんだよ。で、4年間友達。この会社は偶然なんだ」


 偶然ではないが、一応そう言っておいた。


「そうなんだ!付き合ってるとかじゃないのね」


 橘さんは疑いの目で僕達2人を見た。


「友達だよ」


「友達よ」


「んじゃ!これからは4人友達っす!えっと、美怜とさやかちゃんと日向!これでOK?」


「うちは燿と日向君とさやかちゃん!」


「なんで日向君なんだ?日向でいいじゃん!」


「何となく?」


 橘さんはそう言って笑った。


「私は日向君、燿君、美怜さん。ごめんね~呼び捨て苦手なんだぁー」


「OKOK!」


「僕は燿、美怜、さやか。皆呼び捨てだ」


 その後LINE交換をしてお開きとなった。本当に親睦を深めた気がして楽しかった。かなり厳しい仕事だけど皆がいてくれると安心だな。だが!さやかの神川先輩に対する思いはちょっと気になるな…。








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