第9話 彩乃さん②
「さやかの家に行けば?」
「えーダメよ!さやちゃんは病気だし…」
「だからって僕は男なんだし…一緒に住める訳ないよ?ところで彩乃さんっていくつなの?」
「21よ、なんで?」
「学生?」
「ううん…都会の大学に行くって言ったら猛反対されてねぇ~それで諦めたの。さやちゃんが羨ましかったな…」
彩乃さんは少し寂しそうに俯きそう答えた。何だか彼女が不憫に思えて来た。若い子なら都会に憧れるのは当然だ。現にさやかもそうだったんだろう。
さやかと初めて会った日を思い出していた。素朴な…それでいて芯のしっかりとした印象だった。ここから1人都会に来てさぞかし不安だっただろー。
「ねぇ~だからお願い!ずっとじゃないわ。ちゃんとバイトして稼いだら自分の家に住むから!ね?」
彼女は本気だった。
「無理だよ…男と女なんだから……叔父さんが許す訳ないよ」
「お父さんが許してくれたらいいの?!あたし交渉するから!だってお父さんは日向さんに絶大な信頼をよせてるんだから!」
彩乃さんは興奮状態で僕の手をとってそう言った。なんて言えばわかってもらえるんだろう。まさか男と女の関係を知らないのか?
白いワゴン車が帰って来た。僕はホッとしてさやかを出迎えた。彩乃さんは何故か家に入って行った。
「おかえりー」
「お待たせしてごめんね!」
「どうだった?」
「うん、わたしには記憶から消えてしまった両親だけど…でもね、何故か魂で通じたような気がしたの。変でしょ?」
さやかはそう言ってはにかんだように笑った。でも、決して変では無いと思えた。なぜだかその表現が分かるような気がする。来て良かったと心から思った。
「さぁ、お茶にしようかの」
叔母さんの言葉に僕達4人は家に入った。ちょうどその時だった。叔父さんの怒鳴り声が聞こえて来た。
「馬鹿もんがっーーーー!!」
「なんねなんね、お客様が来てるというに…」
叔母さんは慌てて叔父さんの所まで駆け寄った。
部屋に入ると叔父さんと彩乃さんが向かい合わせに座っている。
「この馬鹿もんは、まぁだ都会に行くと言いよる。しかも森さんの家に厄介になりたいだと!いつまでもあまちゃんでほんっとイヤになるわい」
彩乃さんはしかめっ面をして叔父さんを睨んでいた。
「いつまでも子ども扱いしてるのはそっちじゃない!」
「なによ、彩乃まで…もういい加減にして欲しいわ。本当に恥ずかしい……森さん、ごめんなー」
叔母さんはそう言って僕に向かって深々と頭を下げた。
「あたし絶対に行く!」
「もう勝手にせー!だんが、森さんに迷惑をかけるような真似だけは絶対に許さんからなっ!」
彩乃さんはすっくと立ち上がり、ドタバタと家から出て行ってしまった。
「ほんっとすまんこってす…」
叔母さんはまた頭を下げると台所に入って行った。
「なんね、何があった?」
義文さんは座りながら尋ねた。
「まぁだ凝りもせんと都会に行きたいとっ!それも森さんとこに住みたいと!本当に馬鹿もんじゃ!」
まだ叔父さんは怒っているようだった。義文さんは困り果てた顔で叔父さんをみつめている。
「森さん、すまんこってす…恥ずかしい娘なんでなー」
叔父さんはやっと落ち着いたのか、僕にそう言って頭を下げた。ちょうど叔母さんが菓子器とお茶を持って来てくれ皆の前に置いた。さやかはびっくりした表情をしていたが、お茶を一口すすり言った。
「叔父さん?私は彩乃ちゃんの言い分分かるな。日向君の所は別として都会に憧れるもんよ?私もそうだったと思うの」
「そうか~?兄さんはよく許したと感心したなぁ…」
「どうじゃろ?森さんもさやちゃんもおるし、都会に出してあげねーか?部屋も借りてよ?」
叔母さんも彩乃さんが不憫になったのかそう言ったが、叔父さんは苦虫を噛み潰したような顔でテーブルを睨んだままだった。
僕には叔父さんの気持ちも分かるような気がした。1人娘を手放したくないのだろう。結婚もここでして近くに住まわせたいに決まっている。それに何かあっても直ぐには駆けつけられない。やはり心配なんだろうな。
結局彩乃さんは戻って来なかった。何故か後髪をひかれる思いがしたが、さやかと2人義文さんの運転する車に乗り込んだ。
「また帰っておいでよー」
叔母さんはさやかにそう言い手を振った。
「森さん、今日はすまんかったな…これに懲りずまた来てなー」
「はい、必ず」
義文さんの運転は年に似合わず慎重だった。そして寡黙だった。兄妹でも対照的だと感じた。
やがて駅に着いた。
義文さんは何も言わず頭を下げた。
「ありがとうございました」
さやかがそう言うと彼はまた何も言わず頭を下げた。
2人で電車に乗り込み座るとさやかが待ってたかのように話し出した。
「彩乃ちゃんと一緒に住むつもりだったの?」
「えー?!まさか…」
「なんだ、日向君がOK出したから叔父さんに言ったのかと思ったよ」
「いやいや、勘弁してくれよー相手は若い女の子だよー?」
「だから嬉しかったのかなって」
「馬鹿な…僕はそんな男じゃないよ……」
何だか今日はついてないな。不愉快を通り越して少しショックだった。
「なら、良かった!」
さやかは納得して明るくそう言ったが、気が晴れないのは僕の方だ。以前のさやかなら僕を理解してくれているから「迷惑かけてごめんね」位は言ってくれただろうに。ん~、やはりまだまだ交流を深めて僕を知ってもらわないといけないか…。
さやかが記憶喪失になって、初めて大きな壁にぶち当たったような気がした。
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