第7話 さやかの就活

 さやかの叔父さんに電話をいれた。元気でやっているだろうか…。自分の叔父ではないのに、なぜか親近感が湧く。


 2度ほど電話を頂いたが、僕からかけるのは初めてだった。


「叔父さん、森日向です」


「森さんか、どうだ?2人共元気かな?」


「はい、元気でやってます。昨日無事2人で卒業式を済ませましたので、そのご報告の電話です」


「そうかそうか、おめでとうなぁー。さやかは相変わらずかな」


「記憶はまだそんなに戻りませんが、日に日に明るくなってきていますよ」


「それは良かった!みな、森さんのおかげだあ!ありがとな、本当にありがとな」


 叔父さんは電話の向こうで泣いているようだった。いつか2人でまた行かないとな…。元気なさやかを見たらもっと安心するだろう。親族に連絡をすると、自分が夫にでもなった様な錯覚を覚えるから不思議だ。



 ある日さやかから電話がなった。また何か思い出したのだろうか…。嫌な緊張が走った。


「さやか、どうした?」


「うん…」


「何か思い出したのか?」


「そうじゃないんだけどね…」


「今からそっちに行くよ」


「あ、大丈夫!来てくれるなら明日夕方来て欲しいな」


「そうか……?わかった!そうするよ。他に何かないのか?話す事」


 腑に落ちず聞いてみたが、何もないと言う。妙だな、絶対何かあるはず。だが本人が明日と言っているのに、行く訳にはいかない。釈然としなかったが、その日は我慢する事にした。



 次の日の夕方、約束通りさやかの家に行った。


「待ってたよー!入って入ってー」


 いつも通りのさやかがいた。さやかはキッチンで何か作っているようだった。


「ん?いい匂い」


「えへへー、何にしようかいろいろ迷ったんだけどシチューにしたの。もう出来るから座ってて」


 食卓で彼女の後姿を眺めていたが、落ち着かない。なぜ今日来て欲しいと言ったのか…。料理を振る舞いたかったのか?いや、違うはずだ。もしそうなら彼女はもっと違う言い方をしただろう。


 食卓にはどんどんご馳走が並んでゆく。うつろにそれを見つめていたが、何か気になる事があると食欲はわかないものだな。


「さやか、就活はどんな感じ?」


「え?」


 急にさやかの手が止まった。あれ、いきなり核心に触れてしまったか?そうなのか?その話で呼ばれた?


「うん…ま、それは後でね……さっ、出来たよ食べよ!」


 さやかは気を取り直して明るくそう言った。そうだな、何にせよ僕の為に腕を奮ってくれたんだ。ここは楽しく美味しく頂こう!


「いただきます!」


 ビーフシチューにポテトサラダ、それにガーリックトースト。料理も覚えているんだな、感心した。


「どう?美味しい?」


「うん!美味しいよ。さやかは料理が上手いもんな!」


「え?」


「え?」


「私は初めて日向君に料理を作ったつもだったんだけど……違うの?」


 しまった、つい口を滑らせてしまった。


「う、うん…何度かご馳走になったよ」


 そのあとは決まってお泊まりしたなんて死んでも言えない…。


「え?そんなに仲良かったんだね~」


「ん、うん…、ほらだって今日もこうして作ってくれたじゃないか」


 取り繕うのに僕は必死だった。こんな事なら全部洗いざらい話してしまいたかった。僕には隠し事が不得意だと気付かされた。


 食事を終えるとコーヒーを入れてくれた。さやかは洗い物を始めながら、ポツリポツリと話し出した。


「就活頑張ってはいるんだけどね……」


「うん」


「やっぱりこの病気だと無理みたい…」


「なんで?何も変わらないしなんだってさやかは出来るじゃないか。ほら病院の先生も言ってただろ?日常生活は支障ないって」


「そうなんだけどね…やっぱり雇う側にしたら不安みたいなんだ……」


 そうか、それで僕を呼んでくれたのか。何にしても困った時に相談相手として僕を選んでくれたのは光栄に思えた。


「沢山受けてみたの?」


「受けたよ…もう10は超えてるね……」


 そんなに受けて病気の事を口にされたら、もう絶望しかないだろう。可哀想に、さやかは何も悪くないのに。


 さやかは洗い物を終え、自分のコーヒーを持ってソファーに座った。


「よし、わかった。もう就活は明日から無しだ!」


「え?私は……働きたいよ」


「わかってるよ!また連絡するからそれまでちょっと就活しないで待ってて」


 考えがあった。僕の内定が決まっている叔父の会社に頼みこんでみようかと。ダメ元でもお願いしたい。僕に出来る事はそれぐらいだ。


 上手くいけば同じ会社でさやかと毎日顔を会わす事が出来る。一石二鳥って訳だ。まぁ、そんなに上手く行く訳じゃあないのは百も承知だ。



 次の日、日曜日だから叔父は家に居るかな。電話を入れてみたら喜んで、来いと言ってくれた。いや、遊びに行く訳じゃあないんだけどな。


 行きしなに叔父の好きな羊羹を買った。叔父はお酒が飲めない代わりに甘い物には目がなかった。

 機嫌取りにしては安くつくもんだ。



「まぁ、ひなちゃん!」


「叔母さんその呼び方はもう勘弁」


「お父さん!ひなちゃん来たわよ!」


 いやだから…、参ったな。


 リビングに叔父さんは座っていて新聞に目を通していた。僕も前のソファーに座った。


「はい、羊羹」


「おぉー、覚えてくれたか」


 そう言うと嬉しそうに紙袋から出した。


「で、なんだ?」


「え?」


「おまえがわざわざ羊羹持ってやって来るんだ。何か頼み事だろう」


 叔父は叔母さんに羊羹を切るように渡しながらそう言った。なんだ見透かされていたのか…。


 僕はさやかの事を話した。病気になってしまった事、卒業した事、病気のため就活が上手くいかない事。何とか新入社員と同じ時期に入社させたい事。


「日向、熱心だな」


「え?いや」


「彼女か?」


「元彼女です。今は友人で……」


「お前は父親そっくりだな~。融通のきかない真面目人間だ。そこまで好きならまた彼女にしなさい」


 参ったな、見透かされ過ぎてる…。


「はい、いつか必ず」


 そう言うと叔父は笑った。


「営業事務に1人欠員が出てな、困ってたんだよ。それでいいか?」


「はい!!」


 嬉しさのあまり立ち上がってしまった。叔父はそんな僕を微笑みながら見てくれた。


 欠員なんか出てはいないはず。病気の事は皆には黙っていようとも言ってくれた。叔父の優しさに甘えさせてもらった。何度も礼を言って別れた。本当にありがたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る