第4話 木枯らしの吹く頃①
この時期大学では皆就活に励んでいた。僕は母の兄が経営する【
あの夏の日以来彼女はずっと休校している。真面目だった彼女だから卒業は出来るものの、就活がまったく進んでいない。
年が明け木枯らしが吹く頃、さやかの叔父さんから電話があった。さやかは自分の通った学校や、よく遊んだ場所など行ってみたらしいが、記憶は戻らなかったと言う。
都会の大きな病院で診察を受けさせたいし、大学も卒業させたいから迎えに来て欲しいという旨の連絡だった。
あの暑い夏から半年あまり、またさやかの実家のある村へと向かった。汗だくになったあの夏から一変、列車の窓から見える景色は雪国だった。
やがてまた無人駅に着くと、晴れているにも関わらず粉雪が舞っていた。チラチラと風に乗り舞う雪は、とても美しかった。さやかもずっとこんな景色を見て育ったんだろう。
やがて1台の白いワゴン車がやって来た。叔父さんが運転し、後部座席にさやかが乗っていた。ゆっくりと僕の前で止まると、叔父さんが降りて来て頭を下げた。僕も慌てて頭を下げた。
「わざわざすまんかったな」
「いえ、とんでもないです」
「1人娘じゃから両親の遺産は全部さやかの口座に入れた。卒業した後も食うには困らんし、病院にも気兼ねなく行けるじゃろ」
「そうですか、なら安心ですね」
「悪いけんど、森さんにも時々電話してもいいかの?」
「もちろんです。何かあったら僕からも連絡します」
「ほんっと、ありがとな!あんたさんが居てくれて安心じゃが。これ少ないけんど電車賃な」
ティッシュで包まれたお金を差し出した。
「いえ、お気持ちだけ頂きます」
「そう言わんと」
叔父さんは僕の手を取り無理くりねじ込んで渡した。
「では、遠慮なく…ありがとうございます」
そんなやり取りを大きなバックを持ったさやかは、微動だにせず見つめていた。慌ててさやかの荷物を持った。
「さやか、行こうか?」
さやかはコクリと頷き
「お願いします」
と、頭を下げた。
叔父さんと別れ2人で切符を買いホームに向かった。さやかにしたら、知らない場所に行くようなものだから不安だろう。
半日かかりやっと僕達は帰りついた。
辺りはすっかり暗くなっていた。今日のところは疲れたさやかを、住んでいたハイツに送り届けるだけになるだろう。
「ラーメンでも食べて帰るか?」
「いえ…お腹が空いてなくて」
さやかは本当に疲れた表情をしてそう言った。近くのコンビニにより、お腹が空いた時用に直ぐに食べられる物を買いハイツに向かった。
階段を上り206号室、僕がその前で止まるとさやかは不思議そうな顔でドアを見つめた。
「ここがさやかの家だよ。ピンクのキーケース、持ってるだろ?」
さやかはバックをゴソゴソ調べ、やがて安堵したようにキーケースを出した。しかし、数種類並んでいる鍵を慎重に見つめながらため息を漏らした。
きっとどれがここの鍵なのか分からないのだろう。
僕が手を差し出し1つの鍵を示すと、用心深く鍵を開けた。開いた事に少し驚いた彼女は、また用心深くドアノブを回し開けた。
部屋の中は当たり前だが真っ暗で、僕が電気のスイッチを入れるとさやかは急いで部屋の中に入った。初めての部屋を見るように興味深く辺りを見て回る彼女。やっと我に返り僕の存在に気づき驚いた表情を見せた。
「大丈夫?不安はない?」
「はい…たぶん」
たぶんと言う言葉に僕の方が不安になったが、ここに泊まる訳にはいかない。
「明日朝また迎えに来るよ」
「明日はどこに行くんですか?」
「大学か病院だね、どっちがいい?」
さやかはうんと迷ってから
「どっちも…」
と、答えた。
「そうか、じゃ何時にしようか?」
「9時でお願いします」
そこは不思議と迷わなかった。何故か分からなくて可笑しくなり笑うと、さやかもつられて笑った。久しぶりの彼女の笑顔に癒された。抱きしめたい衝動を堪え、さやかと別れた。
次の朝さやかの家に行き、インターフォンを押したが応答がない。不安になりドアを叩いた。
「さやかーー!」
「はーい」
声は下から聞こえた。
「ん?」
階段を降りて行くと、身なりを整えた彼女がにこやかに立っていた。
「近くを見たくて散歩してました」
「そうか、ならいいんだ。鍵は閉めた?」
「はい、大丈夫です」
「じゃ、まず!ん~どっちから行こうかなぁ」
「大学に行きたいです」
「よし、そうしよう!」
明るくなったさやかを見て、記憶は戻ってないものの嬉しかった。何よりも半年会えず声を聞く事も出来なかったから、こうして毎日また一緒に過ごせるだけで嬉しかった。
違いと言えば恋人から友達になった事。しかし大したことでは無いような気がするから不思議だ。きっとどこかで彼女が記憶を取り戻し、僕との関係を思い出してくれるはずだと安易に思っていたに違いない。
大学を案内し、事務所で休学届けを解除してから今度は病院に向かった。この辺りでは大きな大学の付属病院。さやかの家から近い事も安心だった。
受け付けを済ませると番号を書いた紙を渡された。それを持って心療内科に行くと、電光掲示板に番号が記されて自分の順番がわかるみたいだ。便利になったもんだ。
彼女は少し暗い表情になり自分の手を見つめながら座っている。家族でない僕が一緒に診察に付き添ってもいいものだろうか。
「1人で行ける?」
「はい…大丈夫です」
そう下を向いたまま彼女は答えた。
やがて番号が表示されさやかは診察室へと入って行った。
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