第3話 夏の日の出来事②

 長い廊下を叔父さんと一緒に歩いた。


「もしかしたらな、あんたの事も思い出せんかも知れん…勘弁してやってな」


「はい…」


 返事はしたものの、昨日さやかからLINEが来たし電話でも喋った。そして何よりも友人では無く恋人だ。長い年月をかけて2人は恋人になったんだ。魂で結ばれたはず。


 叔父さんは木のドアの前で止まりノックをした。


「さやちゃん!叔父の勝治だ~」


 しばらくしてドアが開いた。さやかは少し俯きかげんで小さな声で「はい…」と言った。僕の方も見ずずっと下を向いている。


「さやちゃんの友達がわざわざ来てくださったぞ!ちょっと話をしてみな」


 ようやくさやかは顔を上げて僕を見つめた。うつろな瞳だった。


「じゃあ、頼むでな」


 叔父さんはそう言うとまた長い廊下を戻って行った。


「さやか?僕だよ?分かるだろ?」


 彼女は僕の顔を食い入るように見つめた。やがて悲しげな表情になり


「ごめんなさい。私…」


 溜息混じりにそう言うと、また俯いてしまった。そうか?本当にそうなの?



「ひ~なた君」そう呼んでいつも抱きついて来た彼女。あどけない笑顔で嬉しそうに話す彼女。



「ねぇねぇ~どれっくらい好き?」


「どれくらいってな~」


「あっ、困ってるぅ!さやかの事好きじゃないんだ!」


「えー!?好きだよ!いっぱい好きだよ!」


「どれっくらい?」


 いつも彼女はそんなことを言って困らしたっけな。抱きしめたかった。電車に乗ってからそればかり考えていた。いや、昨日の泣き声の電話の時からかも知れない。


 だが今、目の前にいる僕を知らない彼女を抱きしめる訳にはいかない。

「愛してるよ…心から愛してる」

 そんな言葉をかけたくなった。だが怖がり不安になるだけだろう。いきなり恋人だと言うのも、今は控えた方がいいのかも知れない。



「少し話しがしたいんだけど、中、いいかなぁ?」


「あ、はい…」


「ドアは開けておくから不安にならないで」


 さやかはドアと僕を交互に見たあと部屋の奥に入った。続いて僕も入った。彼女が高校生まで住んでいた部屋。とても女の子らしい部屋だった。そうして辺りを見ていると


「どうぞ…」


 さやかは白い可愛いテーブルの前に座りそう言った。


「じゃ、失礼します」


 僕も彼女と向かい合わせになりテーブルの前に座った。全てが分かり合えていた2人。なのに今は赤の他人のようになっていた。


 悲しかった、ただ悲しかった。だがさやかの方がもっと悲しんで病気になったんだ。僕が助けてあげないでどうする。


「さやか?ずっとさやかと呼んでたからそう呼んでもいいかな?」


「はい…あなたはお友達ですか?」


「そうだよ、大学の友達だよ」


「どうしてここに来てくださったんですか?」


「昨日の夕方LINEをもらったんだよ。そして夜電話で話したよ?」


「私と?LINE?電話も?」


「うん、力になれなかったみたいでゴメンな」


 そうだ、僕では悲しみをとってあげられなかったんだ。昨日直ぐに飛んで来れば良かった…。そうすれば思い切り抱きしめてあげれたし、慰める事も出来たはずだ。僕のせいだ……。


「あの、気にしないで下さい。私が弱くて病気になったんだと思います…」


 病気になっても彼女は優しかった。何故か涙がこぼれ落ちそうになり、必死で堪えた。


「仲が良かったんですね。あのお名前を教えて頂けませんか?」


 うっかりしていた…。そうだよ、名前も忘れてしまってたんだ。


「森日向といいます。さやかは日向君といつも呼んでくれていたんだよ」


「ひなた君…?そうですか、思い出せなくてごめんなさい」


「いや、いいんだ…。もう謝らないで」


「はい…」


「この部屋で育ったんだ。きっと何か思い出すかも知れないね。ゆっくりしたらまた迎えに来るよ」


「お迎えに来てくれるんですか?」


「もちろん。一緒にまた大学に行こうな」


「大学…家は?私の住んでいた家…」


「大丈夫。ちゃんと案内するから心配しないで」


「本当にありがとうございます。あなたみたいなお友達がいて本当に良かったです…」



 色んな所に行ったこと、色んな話をしたこと、そんな2人の思い出を本当は話したかった。

 いや、思い出して欲しかったのかも知れない。僕を愛してくれていたいつものさやかに会いたかったんだ。エゴだ…諦めよう……。


 さやかに別れを告げ部屋を出た。



「覚えてたかね?」


「いえ…」


「そうか、すまんかったな」


 叔父さんは頭を下げ詫びてくれた。叔父さんもさやかも誰も悪くなかった。

 だが…、行きどころのない悲しみが僕を苦しめたのは事実だった。


 さやかの大学のハイツの住所、僕の電話番号を紙に書き叔父さん達に渡した。


「では、これで失礼します」


「わざわざ来てくれてありがとうな」


 叔母さんは僕の肩に手を置きそう行った。


 2人は外まで見送ってくれた。


「きーつけてな」


「ありがとう。さようなら」


 2人は僕がお辞儀をして歩き出しても、まだ手を振っていた。


 下り坂になり2人が見えなくなると、ホッとしたのか堪えていた涙が溢れた。ちょうど人気の少ない村で良かった。誰に遠慮することは無い。そう思うと余計に涙が溢れ止まらなかった。


 しまらない奴だよ、まったく…。

 さやか、僕はずっと君を大切に守っていくよ。約束する。僕が恋人だったと思い出すまで、いつまでもいつまでも傍にいるから……。

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