第2話 赤い雑巾しぼり

「これからこの三百人で、殺し合いをしてもらいまーす!」


…………は?


俺の頭は、この状況を解析するのに相当な時間を労した。


いや、あいつって、さっきのあいつだよな?

これってテロってやつなのか?

なんだよ、殺し合いって!?

もしかして、ここにいる三百人と!?

ということは、ここにいる奴等全員敵!?


俺に限らず、周りの人間はみんな同じ反応をした。

だが、二人の柄の悪そうな人間がステージの上にどかどかと踏み込んだ。

一人はトサカのような頭をして、もう一人は髪を金髪に染めていた。


「おい、テロリスト! 俺らをさっさと出せや!」


「おおっと! 君らは……誰だったかな? まぁいいや」


そして金髪の男が、仮面男に殴りかかった。

それを呆然と見ていた俺は、瞬間、悪寒を感じ、全身の鳥肌が立つのを感じる。

きっとこの行動は、俺たちの、ここにいる三百人の命に関わる。

そんな気がした。


やめろ!…………?


俺は声を出そうとするが、上手く声が出なかった。

やばい、これは………。

だが、仮面男に拳が到達することはなかった。

代わりに、仮面男の数センチに近付いた男の部位だけが、男の右腕だけが、音も立てず消滅した。


「あ、ああぁぁぁあ!!」


男は地面に倒れ込み、身をあちこちへと振り回す。

男の血が、ステージを赤く染めた。

もう一人の男の顔が、青ざめていくのが、数十メートル離れているここでもよく分かった。


「もう、神様に歯向かうとはおバカちゃんだねぇ」


仮面男は悶え苦しむ金髪男に近付く。


「生まれ変わって出直してねー」


瞬間、男の体は浮き上がった。男も、その状況が分からないようだったが、これから起こることが、男には分かってしまったのか、仮面男に許しを請い始めた。


「わ、分かった。許してくれ、頼むから、頼むから!」


だが、無慈悲にも仮面男は、それを止めなかった。


「ばいちゃー」


仮面男が男に手を振ると、男の体は捻れた。

それはすぐには収まらず、捻りに捻られて、

雑巾のように血が吹き出した。

それは二秒も経たずに、骨も残さずに赤い液体だけとなってしまった。


「ま、マジかよ………」

「本物の化け物じゃねぇか」

「もう帰りたい……」

「なんで私なのぉ」


辺りからは、その光景に愕然とするものや、恐怖するもので溢れた。

だが俺は、そのどちらにもなれなかった。


何が起こったのか、分からなかった。

常識では有り得ないことが、目の前で繰り広げられている。その事実に愕然としながらも、高揚している自分がいた。


そして仮面男は、もう一人の男に近付く。

だが、男は逃げなかった。逃げられなかった、と言った方がいいかもしれない。


「あれ、逃げないの? 強い子だねぇ、それか、もしかして、僕が張ってた後ろの透明な針の壁、気付いちゃった?」


仮面男の仮面越しでも分かる満面の笑みに、男は畏怖し、息を荒げる。


「ま、どっちでもいいや。じゃあ君には、チャンスをあげよう」


仮面男は握り拳を出した。


「僕にじゃんけんで勝つこと! これが条件!」


じゃんけん……か、残酷だな。


トサカ頭の顔が更に青ざめていく。

そりゃそうだろう。

じゃんけんの生存確率はあいこを抜くと二分の一。

死ぬか生きるか、その確率は平等なのだ。

多分、あそこから逃げても死ぬし、負けても死ぬ。

しかも相手は化け物だ。理不尽な勝負。

だが、勝つしかない。

トサカ頭も、拳を前に出した。


「じゃあ行くよー! 最初はグー! じゃん拳ぽん!」


人間はみな、その光景に目を奪われていた。

俺も、その一人。

そして結果は…………。


仮面男、パー。


トサカ頭、チョキ。


この勝負、トサカ頭が勝利した。

トサカ頭はあまりのストレスに失神したのか、地面に倒れてしまった。


「むー、まぁ、勝負は勝負だからね。仕方ないかー。では皆さん! こんな感じでまた後日! ゲームをして貰いますので、楽しみにしておいてくださーい!」


仮面男は血塗れのステージの上で、礼儀正しく礼をすると、一瞬にして消えてしまう。

嵐のようだった。殺意を持たず、人間に無慈悲に、無邪気に死をもたらしていく。


手の中に違和感を感じた。俺の手の中には、何かが書かれた紙が握られていた。

そこには……。


部屋番号 300


君の寝室


と書かれていた。


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