お遊びゲーム
ひとまかせ
第1話 退屈終了のお知らせ
あぁ、退屈だ。
そう思ったのはいつからか、覚えていない。
毎日のように同じことをこなし、自分より上の人間には言いたいことを言うことすら許されない。
いまや人は生態系の頂点に君臨しているというのに、それでも自身の欲望を満たせない。
それはなぜか。簡単だ。
人は欲望を満たせない生物であるからだ。
物欲を満たそうとすれば新たな物に惹かれ、食欲を満たそうとすれば更なる美食を追い求め、性欲を満たそうとすれば違った刺激を求め出す。
止まることは無いのだ。人間の欲は。
でもまぁ、それでも生きていかなければならない。
「人間は死なない為に生きている」
それが、俺がこの世界で導き出した、生きていく理由だった。
自分で見ても馬鹿馬鹿しくてしょうがない。
きっとこれは、この世の何よりも矛盾している。
だが、俺は気づいてしまった。
恐怖するのだ。自身の死に。崩壊に。
それは、俺が実際に体験したから言えることだ。
俺はその時、肉体が凍り付いたように動けなかったことを覚えている。
ビルの屋上、高さに怯えたのではない。
この先に何が待っているのか、分からなかったのだ。
果てにあるのは天国か、地獄か、はたまた輪廻か。虚無にでも放り込まれるのかもしれない。
永遠の時を、夢にも似た世界で生きていくのかもしれない。
幽霊にでもなって、宇宙が終わるその時まで、延々と世界を眺めるのかもしれない。
分からない。
それがたまらなく、恐ろしかった。
―――というわけで、人間が死にたくないのは「生きるため」。逆に言えば、生きていくのは「死なないため」と仮説を立てた。
それがどうなのかは、神にでもきいてみるしかないな。
俺はベッドの上で目を覚ました。
目覚ましが耳元でなっている。睡眠欲に引かれる中、ゆっくりと腕を伸ばし、目覚ましを止める。
さぁ、退屈の学校の時間だ。
俺は制服に着替え、通学鞄を持って道路を歩く。桜が舞っていた。
道行く人間、車。電線に乗るカラスの群れ。舞い散る桜の花弁。
全てが俺に無関係で、どうでもいい。
退屈で仕方がない。
あぁ、誰かこの退屈を、壊してくれないか。
「じゃあ、壊してやるよ」
突然背後から甲高い声を掛けられ、俺は咄嗟に退いた。
その正体は白い長髪の男で、ジェイソンの仮面をつけ、カッターシャツを着て下はジーパンという、だらしない服装に圧倒的存在感を仮面で出していた。
なんだこいつ、不審者か? いやそれよりも、こいつ、俺の心を読んだ?
俺はもう一歩退いて距離をとる。
いつの間にかさっきまでいたはずの有象無象が消え去っていた。
「いやいや、驚かなくていいし、怖がらなくてもいい。ただ僕の話を聞いてくれるだけでいいんだ。…と言っても、しちゃうのが、人間の哀れなところというか、可愛いところというか」
呆れるように言う男の顔は、仮面で隠れてはいるが楽しそうだった。
「君は神である僕に選ばれた。それも、神の特権を奪い合う戦いにだ。…でも君、面白いね。若いくせに人間として歪んではいるけど、世界の真理に辿り着こうとしている。若いくせに」
神と名乗った男はクスクスと笑う。…俺を馬鹿にしているようだが、そんなことよりも俺は不可解な現象に目を奪われていた。
日が沈んでいたのだ。朝だというのに、空が夕日に染まっている。
「神って……何が目的だ?」
「だから言ったじゃないか。君を戦いの舞台へ連れていくのさ! でも安心してくれ。何も武器を持って戦うんじゃない。心理戦さ。これなら君にも分はあるでしょ」
男は一歩、また一歩と踏み出して近づいて行く。
…俺は動けなかった。足が自然と震え出した。獅子の眼光にでも捕らえられているかのようだった。
「僕は何も、君を捕らえようって言うんじゃない」
そして男は、手を差し出して、
「退屈の日常から連れ出すのさ! どうだい? ワクワクするだろ?」
……あぁ、成る程な。
俺は男の手を見つめる。
きっと俺は、この時の為に今日までを生きてきたのかもしれない。
何故かそう思った。
「あぁ、体が疼いて堪らない」
「強がっちゃって」
こいつが不審者でも誘拐犯でも、神様でもなんでもいい。
ただ、俺の日常を、ぶち壊してくれれば、それでいい。
俺は男の手に触れた。
「宜しくされましたー!」
男は、強く地面を蹴った。
すると、地面に大きな穴が開いた。
「………え?」
俺はぐいぐいと下に引っ張られた。
もしかして、日常から連れ出すってそういうこと?
そう一瞬思ったが、下に落ちるとそこまでの痛みは感じなかった。
俺は立ち上がる。
すると、そこは大きな館のようで、中は数百人で満たされていた。
その人達も、自分の置かれている状況が分かっていないらしく、周りの人間と話し合っている。
すると、館のステージの上に、さっきの男が現れる。
「さぁ、ここにいるのは三百人! これで君らに、殺し合いをしてもらいまーす!」
俺は疑問に魘された。それはさっき聞いていたものとは、嘘をつかれたように違っていた。
自称神……なんか話が違うぞ。
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