賢者タイムは執筆のなか出汁になりますがよろしいですね?

水嶋 穂太郎

第1話 2019年4月27日(土)

 浦和駅からほど近い牛肉店。

 店内は昭和と平成と令和が調和しているような、古めかしい造りといま風の色合いとちょっと先をゆく器具が置かれていた。

 そろそろ太陽もすっかり沈みきった藍空の刻限に、馬鹿が口を開く。


「生殖行動といえば、ちょっと違うんですけど、おれの場合。いわゆる自慰行為がしたいときに執筆をすると捗りますね」


 あ、すみません。

 わたしったら下品な発言を。


 と、言ったが、取り消せるわけもない、おれである。


 だがしかし。

 話は転がる。


「いや、執筆も生殖行動の一種だよ。考えてごらん。執筆できみは何をしている? 自分の分身をつくり出そうとしているんじゃないのかな? ということはだ、自慰行為は自分の分身をつくり出したい欲求であり、執筆もまた同様の欲求だから、生殖行動の一種という認識で正しい。気持ちがいいのは当然だし、筆が乗るのも普通なんだよ」


 この発言をしたのは、超絶に知識と知恵を蓄えている、プロの小説家先生である。

 おれは、小説の書き方を習っている、生徒的なポジションだ。


 これは人間学かな?

 いや、そもそもそんな学問が存在するのかも知らんし、もし調べてみつけたとしても、わけがわからんとなるに決まっているので、やらん。


 ともあれ。

 おれは妙に納得してしまった。


 話はつづく。


「そもそもどんな時に書きたくなる? 自分ならこう書く、って作品に出逢った時に書きたくならないかい? だから、何度も同じ作品を読み返すんじゃなく、新しい作品をどんどん読んでいかないといけないんだよ」


 おれは、『これが売れてるんだから、とりあえずこれ読んでりゃいいんだろうな』という理由から、電撃文庫の『ソードアート・オンライン』を30周はしている。つい最近になって、それは無駄な行為だと諭された。

 もっと早くに諭してほしかった。

 いや、諭してはもらったが、おれが聞かなかっただけか?


 ソードアート・オンラインで自慰行為をしたくなるか、と問われると、もうしかくはならない。

 10周目くらいまではしたくなっていたけれど。

 ちなみに初めて読んだ活字がこれだったので、最初の3,4周目までは自慰行為に目覚めてすらいない小学校低学年状態でした。


 自慰行為を中心とした創作論から、またいろいろと話が転がったけど、今回の目玉はこれで。


 読んでいて気分が高揚し、自慰行為にまで及びたくなる作品が、自分にとってプラスとなる面白い作品なのかもしれない。


 そろそろ終わるが、ちなみに。


「それにしても、毎回しっかり書き上げてくるのだけはえらい」


 よく言われる。

 今回の件で言い換えようぜ。


「それにしても、毎回しっかり自慰行為をしてくるのだけはえらい」


 普通じゃね?

 途中で「書けない」ってなる人が多いって聞くけどさ。

 なんで自慰行為を止められるのか、むしろ不思議なんだが。

 最後までやっちゃったほうが気持ちいいでしょ。


 下品ですまんな。

 最後まで書けないって人いたら、自慰行為だと思って書こうぜ。

 途中で止めるってほうが難しいって。


 天下のカクヨムにこんな駄文を載せるのだって、自慰行為の一環だし。

 ちなみに電撃文庫の『賢者タイムが終わらない』を包んでいた透明なプラスチックカバーを剥がしたらむらむらしてきて書きたくなった。


 さあ、みんなも自慰行為をしよう。

 あっはははははははは、あばばばばばばばばばば。

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賢者タイムは執筆のなか出汁になりますがよろしいですね? 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro

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