第3部 理想郷の秘密《3》

 アユじーじの爆弾発言を聞いてから数日、色々考えたよ。

 山火事の熱で弱った聖樹、もとい御神木が助けを求めた波動が、たまたま時空を通り越しこの大河の下にある聖石に伝わり、近くの扉を通してこちらの世界と向こうの世界が繋がったのだとしたら。

 “熱い……” と言う御神木を、水と言う力を持つ大河が助けるために、大河の水を持った曽祖父達が必然として向こうの世界に送り込まれたのだとしたら。

 向こうの世界への扉が開いたのは、偶然ではなく必然。そして、そんな地に前世の記憶を持った私が生まれたのも必然なのかな?

 難しいことを考えだすと、あっという間に眠っちゃうけどね、私!










 “あいちゅ〜♪ あいちゅ〜♪ ちゅめたい、あいちゅ〜♪” 今日はね、アイスの歌だよ!

 ダンジョンの中はだいたい一定の温度が保たれていて、いつ行っても暑くもなく寒くもない。でもね、地上はもう7月。これからは暑くなる一方だよ。

 こっちの世界でのアイスは、果実水を凍らせた物。アイスクリームの作り方はお姉さんにダウンロードしてもらったけど、今日のアイスは豆乳を凍らせたやつなの。

 お姉さんがスーパーに行った時に豆乳フェアのコーナーがあったらしく、色々な種類の豆乳をたくさん買ってきてくれたの。だからその豆乳を、100均のシリコン型に入れて凍らせたんだよ。色々な味が楽しめるんだ!

 ダンジョンマスターや魔物さん達にも夏気分を味わってもらおうと思って、今日持ってきたの♪


「グーちゃんは何味」

「こーちゃー!」


 前世の私のお気に入りは紅茶、久しぶりなの! 楽しみなの!

 お姉さんとぺルルと繋いだ両方を、ぶんぶん振って歩く。


「ぺルルちゃんは、気になってる味ある」

「はい。イチゴとかバナナとか、気になります」


 そうだよね! こっちの果実水にイチゴとかバナナとかないもんね。だいたい柑橘系だし。


「おねえしゃんはー」

「私はね、きなこ餅かな」

「きにゃこ、もち、おいちぃ、かも」


 うん、私もきなこ餅は気になるね。食べたい味は色々、ダンジョンマスター達気に入ってくれるかな。


「俺、コーヒーな」


 昔飲んだよ、と懐かしそうにコーヒーをガジガジしているダンジョンマスター。

 魔物さん達は味と言うよりも、やな冷たさが気に入ったようです。皆、ガジガジ食べてるよ。


「60年前の山火事のこと、お祖父ちゃんに電話で聞いてみたの。そしたらね、お祖父ちゃんの弟の日記があるから見てみろって言われて、探してみたの。これが、そのノート。」


 それは、古いノートだった。

 お姉さんのお祖父ちゃんより8歳年下だったと言う弟さんは、身体が弱く15歳で亡くなったそう。弟さんのノートは数冊あり、その中の一冊に山火事のことが詳しく書かれていたんだって。私はパラパラとノートをめくりながら読んで行く。

 身体が弱く、家からほとんど出ることがなかった弟さん。戦時中に、お祖父さんに背負われて連れて行かれた山の中に、その御神木はあったと書かれていた。お祖父さんは、“これが、この山の山神様だ” と言ったそう。

 それは、とてもとても大きなナラの木で、弟さんは思わず両手を広げ、その大きな幹に抱きついたそうだ。耳をすませば、ナラの大樹の生命の音が聞こえたとも書かれていた。その生命の音を聞いていると、身体が軽くなり元気が出たような気さえすると。

 お祖父さんは、一番御神木の近くに家があることもあり、週に一度は山神様へ手を合わせにきていた。そして、御神木の周りを掃除して帰るのだ。

 ナラの大樹の生命の音を聞いて以来、弟さんの体調は幾分かよくなり、十日に一度くらいの割合で、時間をかけながら御神木の所くらいまでは行けるようになった。

 御神木の元に行っては、何をするでもなく “いつも御守りいただきありがとうございます” と祈りを捧げていたらしい。

 戦後、お祖父さんがやまいわずらい倒れた時、“山神様を頼む” と言われて、弟さんは体調のいい日にはお祖父さんに代わって、御神木の周りの掃除などをするようになった。だがそれは、お祖父さんが亡くなったことにより、変化をとげた。

 戦後の復興の忙しさもあってか、山神様を訪れる村人も減り、一番御神木に近い所に住んでいた弟さんも、お祖父さんの葬儀のあと風邪をこじらせ、半年近く誰も山神様を訪ねてはいなかったのだ。 そんなある日


『か、火事だーーー!!』


 と言う近隣住民の知らせで、急ぎ両親が家を出たあと、部屋で寝ていた弟さんの耳に “熱い……!” と言う声が響いてきた。

 弟さんは、すぐに御神木の声だと気づいたらしい。“山神様に水をお持ちしなければ!” 弟さんはふらつく身体で家を出た。だが、向かいの山から遠慮なく吹きつける熱風とよどんだ空気に、その場で力なく倒れてしまった。そんな時、どこからともなく颯爽さっそうと現れたのが曽祖父達だ。


「おーじーじ」


 そうだよ! 曽祖父って言うのは諦めたの! 幼児には、曽祖父もピオニロも言いにくかったの! だから、お祖父様のお父様と言うことで、“おーじーじ” にしたんだよ!

 弟さんは、見たこともない髪の色や瞳の色を持つ曽祖父達を、純粋に神の使い “御使みつかい様” だと思ったらしい。御使い様がどこからともなく現れ、助けにきて下さったと書かれていた。おーじーじ、神様の使いになってるよ!

 弟さんは、自分に水をくれようとする御使い様に、通じぬ言葉で必死に “御神木に水を!” と、うったえたそうだ。そして御神木の所へ案内し、水をかけてもらったと。

 力が弱くなっていた山神様は瞬く間に力を取り戻し、山神様の力が近くを覆うのがわかったらしい。弟さんは、“いつも御守りいただいているのに、お祈りにも掃除にもこれもこれず申し訳ありません” と祈ったそうだ。

 その後、曽祖父達と自宅に戻ると両親や村人達の声が聞こえた。御使い様のお姿を村人が見てもいいものなのかと思っていると、御使い様は物置小屋の中に入って行ったと書かれていた。

 そしてその物置小屋の中を見ると、そこには扉があり、御使い様の住む世界へ繋がっていたようだと。弟さんは両手を合わせ、頭を深く下げて感謝し続けたらしい。その後、山火事は沈静化した。

 体調が幾分かよくなった弟さんは、御神木の元に行き、倒れた木の一部や太い枝を集め、それらを使って物置小屋の奥に扉を作ったそうだ。

 あの山火事の時、物置小屋の奥に見た扉は、すでになかった。それでも、またいつか御使い様がいらっしゃることがあるかもしれない。弟さんがそう思って作った扉には、御神木の力が宿っていたんだ。きっと、そう。

 そして、それからずっと、あの向こうの世界の物置小屋とこちらの納屋は、弟さんが作った扉で繋がっていたのだ。

 弟さんは最後の最後まで、“あの物置小屋はそのままに” と言っていたそうだ。だからお姉さんのお祖父さんは、あの古びた物置小屋が壊れぬよう、コンクリートのブロックで囲い、昔弟さんが言ったように、中からも開くような鍵をつけた。

 そのおかげで、私も中から鍵を開けて向こうの世界に行くことができた。すへては、弟さんのおかげなのだ。


「おねえしゃん、やまかみ、ちゃま、みにいけゆ」


 私は、首をコテンと傾けてお姉さんに聞いてみた。


「山神様? うん、行けるよ。行ってみる? 私も子供の頃行っただけだけど、村の人が道も作ってあるし」

「いくー」


 わ〜い♪ と喜びいさんで行くことになりました。向こうの世界とこちらの世界を繋ぐきっかけになった御神木です。大河のお水を持って行きたいと思います。

 そして、お姉さんのお家の御仏壇にもお参りさせてもらいたいと思います。弟さん、ありがとうの思いをこめて。


「御神木に行く時には、こっちにも声をかけてくれ。渡したい物がある」

「はーい」


 ダンジョンマスターの言葉に、元気にお返事しましたとも!




 ********


 次回投稿は10日か11日が目標です。

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