第2部 理想郷の売買《1》

 ふかふかな何かに埋もれています。そして両端から、暖かい何かがピタリとくっついているようです。


「みゅ〜」


 と声をもらせば


「起きたのかい、グルナ」


 と、お祖父様の声がしました。顔をあげ、パチリパチリと何度か瞬きをしたあと、頭を動かして両端を見つめれば、天使達が私にくっついて寝ていたよ。わおー!


「おはよーごじゃいましゅ」


 天使達に挟まれる中起き上がり、部屋の真ん中で話し合い中だったらしいダンジョンマスターとお祖父様とお姉さんに、ペコリと頭を下げて挨拶しましたとも!

 私が立ち上がったことで、私にくっついて寝ていた天使達が支えをなくし、もぞもぞしていますよ。

 このダンジョンの中ではお姉さん的存在の、いやお母さん的存在かも知れない茜色の狼さんに、お昼寝に付き合ってくれてありがとーの感謝の気持ちを込めて “ありあと” と言えば、顔を近づけてきてペロリと舐められました。

 トテトテと寝ぼけまなこで皆の所に行けば、お祖父様がマジックバッグから取り出した濡れたタオルで顔を拭いてくれます。

 “あぁー、気持ちいいですー”、とじっとしていれば、クスクスと笑うダンジョンマスターとお姉さんの声が。振り返って見ると、天使達が私の後ろに並んでいますよ!

 これはたぶん、自分達も顔を拭いて欲しいと言うことでしょうか?

 顔を拭き終わった私に、お祖父様がマジックバッグから出した水筒に入った乳酸菌飲料を渡してくれました。中身はアレです、水玉のやつ。普通の作り方よりかなり薄められていますよ。でも、“ぷはー” 冷たくてうまうまなのですー♪

 すると、またもや天使達が並んで水筒をガン見しています。お祖父様はハハハと笑うと、天使達に乳酸菌飲料を入れたコップを差し出したました。

 天使達は両手で受け取ると、私の真似をして飲み “ぷはー” ってしてた。


 前に足を出して座って、皆の話を聞いています。

 私が寝ている間に、いかにして向こうの世界のお金を手に入れるかが話し合われていたそうで、私の前にはダンジョンマスターが出した宝石が置かれています。それは、ボス部屋の宝箱の中に入れられていた物らしいのですが……。


「だめ、でしゅ」

「なんでだ」


 ハリネズミ、じゃなかった。ダンジョンマスターが、首を傾けていますよ。でも、だめなものはだめなのです。


「こえ、るびー、しゃふぁいあ、えめりゃると。いんく、りゅーしょん、しぇいぷんで、しゃんち、わかゆ。」


 そう、基本的には単純に成分を見ただけでは宝石の産地はわからない。でも、何万と言うサンプルデータを集めた結果、インクルージョンや成分の割合を統計的に特定できるようになった石があるのだ。それがルビーやサファイアやエメラルドだ。他にも、パライバトルマリンやレッドスピネルなどがある。これらはお高い機械があれば、産地を特定だってできるのだ。


「ちかも、こえ、おーきしゅぎ、でしゅ!」


 私は、目の前のネックレスをぽんぽんと叩いた! すると、それを見ていた天使達も、小さな手でぽんぽんとネックレスを叩く。

 そう、そうなのですよ! こんなダンジョンのボス部屋の宝箱に入った豪華絢爛なネックレス、女王様くらいしか持ってないよ!! 売りに行けるわけないじゃん!!

 たとえ、金を溶かしてルースだけにしたとしても、石の一つ一つがこんなに大きいやつ、一般人は持ってないからね!

 かりに売ったとしても、立派だから産地調べて産地証明書つけようってなった時、地球の成分じゃない物が出てきたらどうするの? 大騒ぎになっちゃうよ! だから、絶対ダメでしゅ!!


「グーちゃん、詳しいのね」

「あい! かくちぇい、じたい、ほーしぇきの、ぎょーしゃしゃん、ぱいと、ちてました」


 前世大学生の時、宝石の卸の会社でアルバイトしてたのよね。服飾科で、アクセサリーの宝石についても興味があったから友達に紹介してもらって、業者用の宝石の展示会とか一般のお客様向け展示会とか、色々行かせてもらった。その時、業者の人達から石の見方とか詳しく教えてもらったから、それなりにはわかるつもり。


「じゃ、これはどうだ」


 そう言ってダンジョンマスターが出してきたのは、ダイヤモンドのネックレスとオパールのブローチ、タンザナイトのブレスレットなど。


「これ日本の。前世で行った、大宝石展で見た宝石を召還してみたやつ」


 ダンジョンマスターいわく、仲間が増えてきて少しはダンジョンらしくしてみようと思った時、宝箱の中身として宝石を召還したらしいが、仲間達から “地味すぎる” と言われ使わなかった物らしい。

 まぁ、異世界ファンタジーのダンジョンのボス部屋の宝箱っていったら、そりゃ女王様が使うような豪華絢爛なネックレスになるよね。


「ちゅえりー、るーぺ、ほちぃ」


 切実に、ジュエリールーペが欲しい! 日本から召還の宝石達は、ルースにしたら一般人が持っててもよさそうな大きさの物もある。バラせば売れると思う。平行世界でも地球の物だから、へんな成分は入ってないだろうし。

 あとは、インクルージョン。見た目はすっごく綺麗、そりゃもう綺麗。大宝石展で、入り口近くのショーケースの中に入ってた物らしいから、そりゃお高い物だと思うの。

 売りに行く場合、大きさとインクルージョンを踏まえてルースを選ばないと、大変なことになりそう。それには、ジュエリールーペが必要。


「ルーペ、ネットで買おうか。ルーペなら小さいから、送料無料で買えると思うよ」

「おねがい、しましゅ」


 うん、これは必要経費。横では、天使達が私の真似をして “ダァー” とか “ウー” とか言いながら頭を下げている。


「よし、じゃ詳しくはルーペが届いてからだな。瑠璃、ルーペが届いたらまたグルナと一緒にきてくれ」

「わかったわ、在庫があれば三日前後で届くんじゃないかしら」


 宝石の話はここまでにして


「にほんの、もにょ、こえたけ」


 ダンジョンマスターは色々な物を召還できるらしいけど、ダンジョンの中には何もないのよね?


「あぁ、グルナ達を連れてくるって言うからな、ちょっとダンジョンらしくしてみた。普段のこの部屋は、こんな感じだ」


 そうダンジョンマスターが言ったとたん、あたりの風景は一変した。


「……!!」


 お姉さんと2人、お口あんぐりです。


「ちゅかい、ちゅりー」

「わぁー、東京タワー」


 ここは、東京の高層マンションですか? それも、億ションとか? そう、岩の壁だらけだった部屋が、東京の高級マンションの高層階に変わりましたよ! マジか!!

 20畳以上はありそうなリビングダイニング、入り口近くには広そうなキッチン、右手から左手に広がるガラス窓。広い窓からスカイツリーや東京タワーが見える。これ、幻影? そしてその反対側には、たくさんの扉?

 えっ、皆お部屋があるの? 高麗人参、じゃなかった、マンドラゴがトテトテーとやってきて、私の手を引いた。マンドラゴについていき、案内された扉を開けると、中は一面の…畑……。 ふぉぉ!!

 魔物さん達にはそれぞれ部屋があり、中は草原だったり森だったり、穴だったり、魔物さん達が住みやすいような場所になっているんだって。ふーしーぎー。

 ちなみに、天使達の部屋はUFOの中みたいな感じ。ベッドはカプセルみたいだったよ。

 ダンジョンマスターはこの家を召還、中を作り替えるのに相当の力を使ったらしく、今は召還はできないそうです。

 そりゃこれだけのお宅だもん、力使いますよね。


 また後日くることを約束して、魔物さん達や天使達とバイバイする。天使達が普通についてこようとしてたけど、天使が現れたら大変だから! 天使いないから、普通!

 ダンジョンマスターの話だと、天使達は別の世界から突然現れたらしい。どうも、巨大な力の元を子供達が遊び半分で触っていたら、偶然力が発動してしまい、この天使達2人だけが飛ばされてこの世界にたどり着いたようだと言ってた。ちなみに、見た目は一歳半くらいだけど、こちらきてから十年はたつんだって。

 お姉さんをお家に送りがてら、ネットでジュエリールーペを探して気に入った物をポチさせてもらいました。ジュエリールーペ、楽しみだなー。





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次回投稿は24日か25日が目標です。

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