第3部 理想郷の催しごと《4》
「グルナお嬢様、こうですか?」
「あい。こうちて、こうしましゅ」
シェーヌの手元を覗きこみながら、小さな紅葉のような手をそえてお花を作っています。
隣国のクンルダント領からドレス作りのお手伝いに来てくれていたシェーヌとエラーブルに、あまった布で色々な形のお花作りを教えているのです!
とはいえ、そこは2歳児の手。すでにお花作りは習得済みのロリエが、先頭にたってお手本を見せていますよー。
発注を受けていた大人用のロイヤルブルーの夜会用ドレスと、マンダリンオレンジとエメラルドグリーンの双子用お子様ドレス、そしてモスリンのベビードレス。
どれもステキで可愛いドレスが仮縫いまでできたので、飾り付けのフリルやお花を持って、シェーヌとエラーブルは今日クンルダント領に戻ります。
船の出発直前まで勉強して行くようですよ!
数日後にご本人様達にドレスを着てもらいサイズ調整をして、またこちらに戻って来るという忙しさ。お疲れ様です!
シェーヌ達を見送って、キャメリアとあちらの世界に行きます。こちらの納屋に入って、あちらの物置を出て、お金の回収です。
「ふぉぉぉ!」
思わぬ物を目にした私は、売り上げの入った小箱を持って、その場をクルクルと走り回りましたとも! うれしーい♪
「お、お嬢様。」
おっといけない、キャメリアがびっくりしています。ごめんね、キャメリア。あまりの嬉しさにはしゃいでしまったよ!
野菜は今日も売り切れです。お買い上げありがとうございます。
キャメリアと手を繋いでとことこと坂を上ります。
「まぁ」
満開の桜に、思わずキャメリアの足が止まりました。満開の桜が風に揺れて、ちらほらと花びらが舞い踊ります。
「なんて、美しい」
そうでしょう、そしてしょう。桜は満開に咲き誇る姿も美しいが、舞い散る姿もまた美しいのです。
この時を待っていましたよ。満開のお花見もいいけれど、少し舞い散る中でお花見をしたかったから、明日お祖父様とお祖母様とお母様とお花見をするんだ。
トルキーソとキャメリアと
こちらの世界のことを知っているのは私とお祖父様とお祖母様にお母様、トルキーソとキャメリアと料理長のティヨル、そしてティヨルの奥さんのノワイエ。
お花見弁当を作ってもらうために、ティヨル夫妻にもこちらの世界のことを話したの。2人共初めてこちらに来たときは、呆然としてたね。
お祖父様やお祖母様、そしてお母様もお屋敷から移動となると、当然担当のメイドさん達も一緒についてくることになるわけだけど、こちらのことを大っぴらにすることはできないから、料理長のお家で話し合いをすると言ってる。
本当はノワイエもお花見に来てほしかったけど、誰かが来たときに家にだれもいないのはまずいと、ノワイエがお家でお留守番してくれることになったの。
私はキャメリアとお屋敷に戻ると、一目散にお祖父様の執務室に走って行った。うん、たぶん走れてたはず!
「とるきーちょ、みちぇ!」
「グルナお嬢様、どうなさいました」
私はお金の入った小箱をひっくり返すと
「しぇんえんしゃちゅでしゅ!!」
「ほう、新しいお金ですか」
「あい!」
今まで、10円、50円、100円、500円が入っていたことはあるけど、お札が入ったのは初めてなのよー。お札だよ、お札。わぁ〜い♪ 小躍りしちゃいます。
「ひゃくえん、じゅっこで、しぇんえんでしゅ!」
「これまでで、一番大きなお金ですね」
「あい!」
売り上げの報告は毎日トルキーソにしていますとも! 大事な畑の野菜をもらっているからね!
「ほう」
「まぁ」
「なんて幻想的なの」
満開に咲き誇る桜、ひらひらと舞い落ちる薄いピンク色の花びら、その幻想的なまでに美しい風景に、お祖父様とお祖母様とお母様はうっとりと桜の木を見つめています。
「これは美しいですね」
「あぁ、こんな光景は見たことがない」
「ステキです」
ふふ〜ん、トルキーソも料理長もキャメリアも感動しているようです。
前世日本人の私が見ても感動しているからね! 桜は毎年見ても、美しいと感動できるものなのよ。
私は桜が大好きだーっ!! と、叫んでおこう。
「満開の桜の下で食べる食事は美味しいな」
「本当に。グルナ、誘ってくれてありがとう」
「あい!」
お花見って、食がススムね!
料理長のお手製のサンドイッチとスコーン、大変美味しゅうございます!!
「これがグルナの言っていたお花見なのね」
キャメリアが入れてくれた紅茶を飲みながら、お母様が呟きます。
トルキーソと料理長とキャメリアも一緒に、お弁当をいただきましたよ。
本来、主人と使用人が一緒に食事をすることはないけれど、おはなみはぶれいこうにゃの、と私は日本式お花見を発動しましたとも!
皆で食べるお弁当、美味しいよね♪ 小さな手で片手にサンドイッチ、片手にスコーンを持ち、うまうま〜♪ と、いただきました。
あっ、目の前に桜の花びらが。思わず手を伸ばします。
食後は舞い落ちる花びらを追いかけ遊びました。でも、2歳じゃ落ちてくる花びらは取れなかったよ。
皆でお花見をした翌日、私はノワイエの手を引いてお金の回収にやって来ました。
うむ、今日はお野菜が一つ残っています。まぁ、こんな日もあるよね。お野菜と箱とお金を回収して、ノワイエと桜の木を見に行きます。
「なんて綺麗なんでしょう」
桜の木を見上げるノワイエの横で、昨日のように布を敷いて、その上にポシェットから出した紅茶とクッキーを置きました。
「のあいえ、おはなみしよ」
私はポンポンと、敷いた布の上をたたく。
「まぁ、お嬢様」
「ちゃくらのちた、たべゆ、おいちぃ」
ノワイエだけお留守番なんて、それはないの。
ノワイエは元お屋敷のメイドさんだったって。料理長と結婚したあと、料理長を支えるためメイドを辞め、敷地内のお家で息子と娘を育てながら頑張ってきたの。たまにはゆっくりと、一緒にお茶しましょう。
私は優しいノワイエが大好きなの。ノワイエと桜の木の下に座って、美味しい紅茶とクッキーをいただきました。
美味しかったね、ノワイエ。
「うむーっ」
その日の夜、私は難しい顔をしてベッドの上で考える。
向こう世界の人はなかなか帰って来ない。家の中は暮らしてたままみたいだから旅行に行ってるのかと思ってたけど、私が初めて向こうに行ってから今日で十三日。まだ帰って来ません。
どこか悪くて入院とかしてるのかな。このまま帰って来なかったら、どーしたらいいんだろう。
今のところお野菜をもらって売ってるけど、もし向こうお家の人がずっーと帰って来なくても、お野菜売らせてもらえるかな。
領地の苦しい食料状況の中、いつまでも使えるかどうかもわからないお金を稼がせてもらえるだろうか。
もし誰も帰って来なかったとして、私が自力で向こうの世界に出て行くことはできるだろうか。最悪、私が馬に乗れるようになったら、クーちゃんに乗って行くのはどうだろう。
ちょっとギョッとされるかもしれないけど、向こうの洋服に近い服を作ってお馬に乗って、初めてのお使いふうで行けるんじゃないかと思うんだけど。一人で行かせてもらえるかなぁ。
お祖父様達だと、フリージアンにロココスタイルな人が乗って現れたら、ギョッとされるどころじゃすまないもんね。うん、私が行くしかないよね!
まずは毎日向こうにお野菜を売りに行って、お家の様子を見て、こっちで乗馬の練習を頑張るしかないと思う。
とにかく、早くクーちゃんに乗れるように
「えいえいおー!」
私は一人、ベッドの上で気合いを入れるのだった。
頑張れ〜、私。
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次回投稿は15日か16日が目標です。
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