第1部 理想郷の真実《4》


 私は、ポンポンとポシェットからそれらを出りだしました! 王都でコメルティストさんが言ってたもん


「今はどこでも職人が減っています。職人のほとんどが軍場いくさばに取られ、戻ってこれなかった者も多い。また戻ってこれたとしても、怪我で職人を続けられなくなった者も多いのです。我が国の伝統工芸は、今や危機的状況です。技術の継承が難しければ難しいほど、驚くほどの高値で取引されることもあります。奥様がお持ちの品は、どれも巧みな技術で作られた年代物です。売れば国内でも国外でも、思っていらっしゃる以上の金額になるはずです。本日は小物だけ買い取らせていただきたいと思います。」


 って。確かに、コメルティストさんが買い取ってくれた寄木細工よせぎざいくでできたような大きめの宝石箱と小物入れ、グランダと言う名の陶磁器の花瓶は想像以上の値段がついた。

 今は亡き王都のお祖母様は、かなりよい品物を持っていたんだと思う。これが全部、捨てられてたかもしれないんだよ! 捨てられる前に気づいてよかった、本当に!!

 ふぅ〜、これくらいでいいかな。どうでしょうお母様。


「相変わらず、みごとな魔法のポシェットね。」


 お母様はそう言うと、私の頭を撫でてくれました。頑張りましたよ、私。


「これはいったい……」


 お祖父様やお祖母様達はびっくりしています。それはそうでしょう、高値で売れそうなタンスや机や花瓶、ティーセットがどんどん出てくるんですから。


「こえ、うゆ。」


 私はエヘンと両手を腰にあて、胸をはりました。いい仕事をしたよ!

 訳がわからないと言う感じのお祖父様に、お母様が説明しています。

 私は、全部売ったらいくらくらいになるかな、そのお金で何が買えるかなと、一人で想像する。

 孤児やお年寄りの人達に、食べ物を分けてあげられるかな。工場に必要な物を買えるかな。


「これを売っていい、と。あちらの屋敷の物だろう。」

「ちぇんぶ、すちぇられたもの。いりゃないもの。すちぇるの、かわいちょう!」


 もったいないー!! 私は思わず、トントンとソファーを踏み鳴らした。


「こえで、たしゅかるひといゆ。おーとのおばぁしゃま、よろこぶ」

「そう、なのか?」


 その後また皆で話し合い、売ることが決まった。だが、しかし。


「でもアンブル、お茶会用のドレスがないわ。」


 えぇーーー!! たんだってーーー!!

 なんと、お祖父様とお祖母様、服まで売ってました。そこまでか、そこまで苦しいのか領地経営。


「ちかたない、つくゆ!」


 作ろう、もう作るしかないよ。お茶会は十一日後、でも隣国からの船は十日後に来るらしいから、あと九日で作り上げなきゃ。


「でも、作るにしてもお金が……」


 お祖母様、そんなこと言ってたら売りに行けないよ! お金入ってこないよ!


「だえか、ドレスつくえゆ」

「えぇ、レディースメイドの中に街のドレス工房で働いていたこがいるわ」

「そえ。ほかにもいゆ」


 お祖母様によると、街のドレス工房で働いていたメイドさんが一人、そのほか裁縫が得意なメイドさんが四人。あとは、それなりにできそうなメイドさんが幾人か。

 あぁ〜、私がもう少し大きければ自分の手で作れたのに。前世の私は服飾学科卒業だよ。二歳じゃ何にもできないけど。

 私はお祖母様にメイドさん達を呼んでもらう。


「ドレスをリメイク、と言うことでしょうか」


 ドレス工房勤めをしていたロリエさんが聞いてきた。

 まぁ、ドレスを買う予算がないとなるとそう思うよね。でも私は、ポシェットからある物を数点取り出した。


「こえ、ちゅかう」


 たぶん、カーテンの布と思われる四色の布。見た目はベルベットに近い感じだけど軽い。うん、見た目と重さがあってない。錬金術で作られたのかな。

 お祖母様にはエバーグリーンとキウイ色の二色を、お祖父様にはベージュと栗色マルーンを。

 王都でのお母様を見るかぎり、この世界の昼のお茶会は女性だと基本はローブ・モンタント、立襟、肩口はパフスリーブで手首までのタイトな袖、スカート部分はプリンセスライン。

 これが夜会だとローブ・デコルテでベルライン、普段着はローブ・モンタントでAラインとなっている。

 男性はジュストコールコートジレベスト・キュロット、となる。

 夜会や普段着だと、ジュストコールやキュロットの長さが少し変わるくらい。

 時間がないから手の込んだ刺繍も入れられないし、レースも編む時間がないから華やかな飾り付けもできない。

 この世界のドレスは布にたくさんの刺繍が入れられていたり、繊細なレース編みが使われていたりする。もしくは、リボンをふんだんに使い飾り付けをするんだけど、リボンはそれほど持ってない。

 ではどうするか。頭の中に思い浮かんだのはあの映画、前世のお母さんが大好きだった、南北戦争という風と一緒に貴族文化社会がバイバイして去って行くやつ。

 あの映画でヒロインが、税金の工面に行くときにグリーンのカーテンを使って作ったドレス。それにこの世界ではまだ見たことがないけど、余り布で花のモチーフを作って飾りつけしたらどうかしら。

 私は王都のお屋敷で見たの、と言いながらこんな襟、こんな袖、こんなスカートでと話をしていく。

 ロリエは黙って話を聞いてくれて頭の中でドレスの形を作ってるみたいだった。

 あとはパニエだ。前世の私は友人にコスプレ用のドレス制作を依頼された時、ソフトチュールとハードチュールをふんだんに使って作り上げたが、たぶんこの世界にチュールはない。

 オーガンジーを使って作るのかな。ネズミの国お姫様が着ているような、すごい枚数を重ねたやつ。

 作るの大変そうだなと思っていると、ロリエがどこからか布を持ってきてくれた。私はそれを触らせてもらう。あっ、これモスリンみたい。

 昔ロココの王妃とも言われた、パンがなければお菓子を食べればいいじゃない、と言ったとか言わなかったとか言われる王妃様が着ていたシュミーズドレスの布がモスリン。

 これなら素敵なパニエが作れそう。


「こえでパニエ、ちゅくゆ」

「はい。」









 あれから八日、ブラック企業も真っ青な激務が続きました。

 この小さな手と身体では何ができるわけでもないけど、同じ部屋に行って応援しました。わかることには答えつつ、お昼になったらお昼寝をして、目が覚めたらなぜか自分の部屋にいるという毎日。

 いつも裁縫部屋にいるから私つきのメイドのキャメリアも、いつの間にか裁縫部隊に参加しています。

 お屋敷の探検、何それ? です。

 そして今日、お祖母さまのドレスとお祖父様のお洋服がほぼ完成しました! パチパチパチ拍手ー。

 こちらの世界にも簡単な洋裁用ボディトルソーがあり、それに着せてから仕上げにかかります。

 まずドレスはシックなエバーグリーン、左胸あたりにベージュと栗色の余り布で作ったバラの花をバランスよく配置します。

 そして、スカート部分。ここはキウイ色が下、エバーグリーンが上の二枚重ねになっていて、エバーグリーンの布の右側の裾を持ち上げてウエストの少し下の位置で固定。

 その固定した場所にもバラの花をバランスよく配置。すると、スカートの右から左にかけて綺麗なドレープができます。時間があれば、このドレープにビーズをつけてもいい。

 そして、頭の前方にちょこんと乗るエバーグリーンの小さな帽子。こちらにも小さなバラの花を配置。うん、!!

 お祖父様の方はベージュのジュストコールとキュロット。

 栗色のジレで、ジュストコールの左胸あたりに、キウイ色のつまみ細工の丸つまみに似たような五枚の花びらの花とエバーグリーンで作った葉っぱをバランスよく配置していきます。格好よくね。

 そして袖の先の一部分とキュロットの裾の一部分に同じように小さな花と葉っぱを配置。

 帽子はベージュと栗色の花なし。

 でき上がった物をお祖母様とお祖父様に着てもらってチェック。

 細かな箇所を手直しして翌日、!! やったーーー。やりきりました!!皆で抱き合って喜びます。

 私も、ロリエとキャメリアの足に抱ついて喜びます。足にまとわりつく私に気がついたキャメリアが抱き上げてくれて、私も参加して抱き合い喜びを爆発。中には泣いているメイドさんもいます。うんうん、わかるよ!

 でき上がったお祖母様のドレスとお祖父様のお洋服は、まさに唯一無二。

 この世界の人は、他者と同じ物を嫌う傾向にある。豪華な刺繍やレースはないけど、見たことがないモチーフ使いとかドレープの使いかたはきっと話題になるね。

 モチーフがお互いの布の色なのも、さりげないお揃い感があっていいと思う。

 そして次の日、バッグにたくさんの荷物とドレスを入れたお祖父様とお祖母様は、隣国から来た船に乗ってクンルダント領に向かって行きました。

 行ってらっしゃいー、お土産買って来てねー! と言いたいところだけど、お土産はいらないから少しでも高く売って来てね!



********


一口メモ


エスペラント語→日本語


グランダ→素晴らしい



フランス語→日本語


ロリエ→月桂樹



次回投稿は25日か26日が目標です。

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