第1部 理想郷の真実《2》
はっと目が覚めました。
お祖父様のくるくる高い高いをしばらく楽しんでいると、いつまでグルナを独り占めしているつもりですか、と言うお祖母様の一言にビックとしたお祖父様を見て、私はこのお屋敷でのパワーバランスを覚りました! お祖母様に逆らってはいけません!
「おばぁしゃま」
私はおニッコリ笑って、祖母様に両手を差しだしました。
「まぁまぁ、いい子ね。さぁ、いらっしゃい」
お祖母様はニコニコして私を抱くと、絶妙なテンポでゆらゆらとんとんしてくれました。すごく心地よく安心して、あっという間におやすみなさいしてしまったよ!
「お目覚めですか、お嬢様」
知らないメイドさんが入って来ました。誰だろう?
「本日から
おぉー、キャメリアさん。前世の言葉で椿さんですね。素敵なお名前です!
「あい、ぐうなでしゅ」
これから長い付き合いになります、よろしくお願いしますと、心の中でコテンと頭を下げておきました。
キャメリアに手を引かれ、長い廊下をてとてとと歩いています。
今まで寝ていた部屋が私の部屋になるらしいから、食堂までは探検がてらに歩いて行きます。お屋敷が大きいから、探検のしがいがあるね!
お屋敷探検、私の足で何日かかるかなぁ。楽しみ♪
「あえ、だれ」
歩きながら近くにある物を指さしては、あれは何これは何と聞いてきましたが、壁にかかる大きな額に気がつき足が止まりました。すごく大きな肖像画のようです。軍服を着て片手に剣を持っています。
「こちらは、このコーメンツ辺境伯領の初代領主様。グルナお嬢様のお母様、コライユ様のお祖父様ですよ」
おぉーこの方が!
キャメリアの言葉に目を見張りました。キャメリアの話によるとお母様のお祖父様、つまり私からすると曽祖父は三代前の王様に仕えていた軍人さんで、王室師団長をしていたんだって。すごいね! 王室師団長だよ!
師団長として王を身を挺して守り、その時の怪我が元で軍を退くことになった。だが、長く続く戦いを終結させたいと願っていた王のため、宰相と共に暗躍し、当時戦っていた二国と戦いではなく同盟と言う名の条約を結ばせた。
王様は、曽祖父に王を守った手柄と戦地であげた武功の褒美として、曽祖父が暗躍して条約を結ぶことができた隣国と、大河を挟んで接しているこの領地を曽祖父に与えた。
そして、宰相が暗躍した隣国と接する領地は、宰相の次男に与えられたんだって。
曽祖父は
そうして戦いのない世の中になったのに、前王が突然また別の隣国と戦いを始めてしまった。お母様がお嫁入りしたのは
前世日本人の私としては、戦いのない世界がいいです! 現王様、よろしくお願いします!
たどり着い食堂では美味しい夕食をいただきながら、今後について語り合います。
私達と一緒にここに来たシプレは、お母様つきのメイドとして働くことになったそうです。王都ではメイド長だったから少し格下のお仕事になってしまいますが、このお屋敷にはすでに
ぺルルはキャメリアと一緒に私つきのナースメイドになるそうだけど、このお屋敷に慣れるまではハウスメイドとして仕事をするそうです。ぺルル、頑張って!
アルボとマーロ夫妻は少し休んでから、庭園整備の造園係のお仕事をするそうです。年を考えると、長旅で疲れただろうからとお母様が心配していたからね。
今の領地の状態については明日話し合うことになりましたが、今からお祖父様とお母様は王都でのお話をするそうです。
私はお祖母様と手を繋いで、お庭を見に来ました。お庭と言うよりは、それはそれは広く整備された庭園です。綺麗なお花もたくさん咲いています。思わずお祖母様の手を引いて、お花に近寄りました。
「きれー」
「グルナはお花好き」
「あい!」
「ふふふ。じゃグルナのお部屋に、たくさんお花を飾りましょうね」
「あい」
お祖母様にお花の名前などを聞きながら歩いていると、大きな木が立ち並んだ場所がありました。そしてその奥には、三階建てのお家があります。メイドさん達の寮だそうです。
その寮のさらに奥を見て、私はコテンと首を傾けました。だって、庭園の奥の半分が畑だったからです。そう、
「ふぉ」
思わず声が出ちゃったのはしかたないと思う。だって素晴らしい庭園の奥が畑だとは、誰も思わないよね。私がお祖母様を見上げると
「ここは野菜畑なのよ。ニンジンやじゃがいもやかぼちゃ、お野菜をたくさん育てているの」
と、言いました。食べ物に困っている人達に分け与えるために、庭園の奥を畑に変えたんだって。自分達にできることは自分達でしようと言うことらしい。
そして、その畑の近くにも二階建てのお家がありました。こちらには
さらに、そこから少し離れた所にも普通の一軒家が。
「ふちゅうの、おーち」
「あぁ、あれは
お祖母様が教えてくれました。クック長はご家族と一軒家に住んでいるそうです。
そう言えば、前世でもカントリー・ハウスの使用人の中で、料理長は料理人は技能を持った親方的存在で、給料も高く別格って言ってた気がする。
たぶんこの世界でもそうなんだろう、だからクック長だけ一軒家住まいなんだ。
そう言えば、厩番がいるということは
「おうみゃ、みちゃい」
「あら、グルナはお馬さんが見たいの」
「あい、みちゃい」
「じゃ明日にでも見に行きましょうか」
わぁ〜い、やったー♪
前世でもお馬さんは好きだったけど、見る機会はほとんどなかったから嬉しいです! 乗合馬車のお馬さんも、触らせてもらったけどね。
そうしているうちに、お母様が幾人かの従僕を連れてやって来ました。
「グルナ、お部屋に家具を出しましょう。」
あっ、そうだ! うっかり寝してしまったから、新しい部屋に家具とか出す暇がなかったよ。
ちなみに、先ほど私が寝していたベッドは、お母様が昔使っていた子供用のベッドだったらしい。
「本当によかったのかしら。コライユの手紙には、グルナの部屋だけを決めてくれれば、他は準備不要と書いてあったけど。」
「えぇ。大丈夫よお母様。グルナは自分の物は全〜部持って来てるもの、ねぇグルナ」
「あい! ちぇんぶ、ありましゅ!」
「じゃ、お部屋に家具を出して配置してもらいましょうか。」
お母様に抱っこされて、お部屋に向かいます。
部屋にはキャメリアと、数名のメイドさん達もいました。お母様について来てくれたフットマン達も含め皆に手伝ってもらいながら、私は次々とベッドやタンスやカーテン、玩具なとをポシェットから出していきます。
途中、色々ありすぎてギョッとされたみたいだけど、気にしなーい。皆、荷物が多くてごめんね!
家具の配置など、あとことはキャメリアにまかせるらしいので、今日はお母様のお部屋でお母様と一緒に寝ます。わぁ〜い、お母様と二人、嬉しいです!
王都からの旅の途中では、疲れてすぐに寝てしまってお話もできなかった。明日からのことも気になるし、来るときに見た工場にも行きたいし、お馬さんにも会いに行きたいし、孤児やお婆さん達のこと、街のことも話したいです。
お母様、明日のお祖父様との話し合いには、私も連れてってー。私もいっぱい考えて、役にたちたいです。
「ふふっ、グルナはもうおねむかな。」
お母様が優しく髪をすいてくれます。お母様の手、大好きです。
お祖父様の高い高いも、お祖母様のとんとんも好きです。
だから皆で、領民達も一緒に、幸せになろうね。
「おやすみグルナ、よい夢を。」
おやすみなさい、お母様。
********
一口メモ
国によって違いはあると思いますが、この世界での使用人の設定は
・バトラー→執事、屋敷の中に個室を割り当てられる上級使用人
・ハウスキーパー→女中頭、屋敷の中に個室を割り当てられる上級使用人
・クック長→料理長、敷地内に一軒家を与えられ給料も高い別格的存在の上級使用人
・ヴァレット→主人の身の回りの世話担当、寮に住む上級使用人
・レディースメイド→女主人の身の回りの世話担当、寮に住む上級使用人
・フットマン→従僕、一般的な男の使用人
・チェインバーメイド→部屋の整備を担当する専門職、ハウスメイドより上で高給
・キッチンメイド→台所のひととおりの仕事をする、下ごしらえや仕込みなど雑務中心
・ハウスメイド→いわゆるメイド、専門担当をもたず、家中の仕事をこなす
・パーラーメイド→給仕と来客の取りつぎ、接客専門
・ランドリーメイド→洗濯担当専門職、使用人担当と家族担当がある
・カスラリーメイド→皿洗いや厨房の掃除を行う専門職、キッチンメイドよりも下級。駆け出しのメイドはここから始まる
・ナース→乳母、自らは子供の躾に専念しあとの仕事はナースメイドがする、家族に準じる特別待遇
・ナースメイド→子供担当の専門職、ナースの補佐
他に、庭園造園係・猟場番・厩番・御者などの専門職の使用人がいる
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