第1章

第1部 理想郷の真実《1》

 子供がお婆さんを押し倒して荷物を奪い取る様子に、一瞬全員がびっくりして固まりました。

 でもすぐに我に返り子供の後を追おうとしましたが、お母様以外は見も知らぬ土地で道がわかりません。結局倒れて怪我をしたお婆さんを助けて、皆で家まで送りとどけることにしました。

 子供がお婆さんから荷物を奪うなんて、世知辛い世の中です。


「ここですか」

「はい、ありがとうございます」


 見上げたお婆さんの家は、前世にアニメで見たアルムの山小屋に住むおじいさんに預けられる女の子のお話に出てくる、ヤギ飼いの少年が住むような家でした。

 ドアの建て付けは悪く閉まりにくそうだし、せっかくの可愛い半円アーチ形の窓はひび割れがあり、窓の外の鎧戸よろいどは片方の上の蝶番ちょうつがいみたいなのが外れ、風でガタガタと音をたてています。

 これでは防犯的にもよくありません。


「お嬢様、何難しい顔をしてるんですか」

「あい」


 おっと、どうやら表情に出ていたらしい。ぺルルに顔を覗きこまれちゃいました。

 だってね、外から見た家も大丈夫かなぁーって感じだったけど、家の中もそうかわりはなくて、生活は大丈夫なんだろうかと心配になりました。

 メイド長が、使い古された年代物のベッドにお婆さんを座らせます。


「ここまで連れてきていただき、ありがとうございました。お茶の一杯もお出ししたいところですが、うちにはろくなものがなくて……。申し訳ありません、コライユお嬢様」

「まぁ、わたくしをご存じ」

「はい、もちろんです。バザーの時によくお見かけしました。お里帰りですか」

「え、えぇ。まぁそんなものね。あなた、ご家族は」


 お母様がお婆さんに色々と聞いています。お婆さんのご主人はずいぶん前に病気で亡くなり、お子さんもいくさで亡くなったそうです。お婆さんは天涯孤独なんだって。

 あぁ、だから壊れた所を修理もできないのか。近所の人に手伝ってもらえないのかな。


「この辺りにはもう、年老いた者しかおりません。若い者は皆出て行きました。私達はその日暮らしです。庭で育った野菜だけが、食料なのです。それでも、月に一度は領主様がパンや芋を少し分けてくださるのです。今日がちょうどその日で……」

「あの子供は、それを知っていたのね」

「あの子達も、食べる物がないんです」


 あぁ、本当に世知辛い。戦で男手をとられたうえ、この地を襲った長雨や干ばつ。大地が疲弊ひへいして干からびていくのは、時間の問題だった。

 戦が終わり帰ってきた男達の中には身体に傷をおい、農作業ができなくなった者もいた。大地を耕すよりも、大地が枯れていく方が早かったのだ。

 未来を夢見る若者はこの地をすて新天地を目指し、残ったのはいく先のない年老いた者や戦や病で親を亡くした子供達、そしてこの地に思い入れのある者達だけ。

 親を亡くした子供達は孤児となって盗みを働くようになり、隣近所がいなくなった年老いた人の中には気づかれることなく亡くなっていた人もいたとか。


「こどくち」


 聞いてて悲しくなってきました。これは思ってた以上に酷い状態です。

 私も早く大きくなって頑張るからね、とか言ってる場合じゃありません。誰だよ、そんな呑気なこと言ってたの! 私だよ! しょぼん。思わず肩を落として丸くなっちゃいますよ。

 あっ、ダメダメ。幼児のいいところの一つは元気な笑顔でもあるんだから、ここはにっこり笑って食べる物を出しましょう!


「おばぁしゃん、こえ、たべゆ。こえ、ぬゆ」


 私はポシェットからパンとスープ、そして塗り薬を取り出した。

 塗り薬は1歳のちょっと前、ハイハイ出来るようになったのが嬉しくて、あちこち行って頭をぶつけた時にもらったもの。

 うん、あの時は痛くて痛くてギャン泣きしたね! 赤ちゃんようだけど、ないよりはいいよねー。


「グルナ、あなた薬まで持ってるの」

「あい。ちゅんび、だいち」


 準備は大事ですよー。ちょっと呆れられたような気もするけど、気にしなーい。

 お婆さんはありがとう、と言ってスープだけを飲んだ。胃が小さくなっているようです。


「ぺルル、こえに、パンいれゆ」


 私は、屋敷のメイドさん達がお買い物に行くときに使っていた布袋を取り出した。

 これは古くなって廃棄処分されかけた物だが、日々の買い物に使うくらいの大きさの物なら入るマジックバッグだ。時間停止の機能はない。でも、お婆さんには必要な物だと思う。さっき盗まれたバッグも、マジックバッグだったらしいし。

 そして、聞きたかったことを口にしてみる。


「ひとちゃらい、いゆ? こども、だいちょうぶ」

「人さらい? ここでは聞いたことないわね。王都にはいたかも知れないけど」


 お母様が答えた。そうなんだ。とにかくお年寄りも孤児達も、早く何とかしなくっちゃ。

 前世でも言ってたじゃないか、子供は国の宝って。お年寄りの知恵だって、本になるくらいためになるものなんだから。

 また来るねお婆さん、と皆で声をかけてお婆さんの家をあとにしました。









「あえ、なに」


 お婆さんの家から丘の上のお屋敷に向かう途中に、なんだか大きめの建物があります。三階建て、でしょうか。


「あぁ、あれはね工場みたいなものよ」

「こうちょう?」


 私は、コテンと首を傾けました。いったい何の工場でしょうか。


「私がお嫁に行く前はね、この辺りは沢山のお野菜や果物がとれてね、それをここに集めて出荷の下準備をしていたの。一階が工場、二階は事務所なんかがあって、三階が寮だったかしら。今は、廃工場ね」


 ふんふん、なるほど。


「みゆ、いく」


 私はお母様に抱っこされている身体を乗り出して、まだ小さな右手を建物の方に伸ばしました。なんだか役にたちそうな気がします。気がするだけかも知れないけど。


「また今度ね、今は屋敷に急ぎましょう。皆きっと、首を長〜くして待っているわ。ちょと寄り道もしてしまったし」


 えぇー、見に行来たいー。お母様、行きましょう!

 後ろ髪を引かれつつ、はいはいとお母様に背中をとんとんされているうちに、丘の上のお屋敷にたどり着きました。


「ふぉぉ!」


 大きいです! 下から見たときに大きいお屋敷かもと思ったけど、本当に大きいです。

 見上げるだけでも首が痛くなりそう。私、小さいからね!

 なんだろう、丘の上に建つ貴族のお屋敷。前世にTVで見たカントリー・ハウスのような感じがします。高さだけでなく、横も長いです。

 もとは王族の誰かが保養地として使っていたらしいけど、大河を隔てて隣国があるため、武功をあげたお母様のお祖父様がこの領地を賜ったんだって。隣国からの国の守りをかねてね。


「お帰りなさいませ、コライユお嬢様」

「ただいま、トルキーソ。お父様やお母様、皆は元気かしら」

「はい、つつがなく」

「トルキーソ、娘のグルナよ。グルナ、執事バトラーのトルキーソ」


 トルキーソは見た目が50代前半くらいの男の人。私は始めが大事と


「あい、ぐうなでしゅ!」


 元気よく挨拶をしました。これからお世話になる身だからね!


「なんと愛らしい。トルキーソでございますよグルナお嬢様」


 トルキーソは私に目線を合わせ、ニッコリと挨拶してくれました。いい人だ。


「おぉ、帰って来たかコライユ。待っていたぞ、グルナは」


 玄関ホールの奥にある階段から、トルキーソと同年代くらの男女が急いで降りてきます。

 もしかして、あれがお祖父様とお祖母様?


「お父様、お母様、ただいま」

「お帰りなさいコライユ」


 どうやら、お母様はお祖母様似のようです。よく似ています。


「グルナか、よく来たな。道中大変だったろう、さぁおいで」


 お祖父様は嬉しそうに、よしよしと私を抱き上げた。


「ぐうなでしゅ、おちぃしゃま」


 満面の笑みで、挨拶しますとも! お祖父様は、うんうんいい子だと、くるくる回りながら高い高いをしてくれました。

 なにこれ〜、たのし〜!! 私はキャッキャッと声をあげ笑った。そう言えば私、高い高いしてもらうの初めてだよ!





********


一口メモ


エスペラント語→日本語

トルキーソ→トルコ石



次回投稿は19日か20日が目標です。

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