荒れ果てた農地は理想郷《3》


 乗合馬車で移動すること数日。途中数回馬車を乗り換え、明日はやっとコーメンツ辺境伯領につくそうです。でも、ここまでの道のりは長く大変だった。

 乗合馬車は前世に映画で見たような幌馬車。中は馬車の両端が高くなって座れるようになっているタイプ。

 私が前世で乗った馬車は観光地でだったけど、今世と前世では馬車の乗り心地には天と地ほどの差が……。やっぱりこれは道、道路の舗装の違いなのか。ガタガタと揺れる揺れる。

 それに、長時間同じ姿勢で座り続けるから、私は皆のエコノミークラス症候群が心配になったよ。あまり水分もとってないみたいだし、とにかく馬車を降りる機会があれば降りて歩く、マッサージをする、水分補給をしてもらうを心がけた。これ、肝心よね。

 まぁ、夜は宿屋に泊まるか外で野宿だったから、取り越し苦労だったかもしれないが。この世界の人達は、忍耐強くたくましいと思った旅路だった。

 そして、コーメンツ辺境伯領に近付くたびに聞こえてくる話はよくないもので、皆を不安にさせる内容だった。

 お母様が王都にお嫁入りして八年、いったい何があったのか。緑が多く、実り豊かだったはずの大地は赤茶けた大地へと変わり、みる影もなく荒れ果てていると、あちらこちらから聞こえてきた。

 お母様がお家にいた頃は農業が盛んで、しかも初心者向けのダンジョンがあり、活気に溢れたところだったらしい。

 聞きました? そうなんです! ダンジョンがあるみたいなんです。私も行ってみたいです! 初心者向けダンジョン。


「お嬢ちゃんいくつ」


 おっと、今日お泊まりする宿屋の食堂で、お料理を持ってきたお姉さんに歳を聞かれました。私は満面の笑みで、右手の人差し指と中指をたててみせました。


「まぁ、2歳なのね。可愛いわー。これオマケよ、食べてね」


 わぁ〜い、ボーロのようなお菓子をもらいました! ありあと、とお礼を言うと、お利口さんね、と誉めてくれました!


「冒険者ギルドで話は聞いていたけれど、思っていた以上に酷い状態なのかしら。心配だわ」


 コーメンツ辺境伯領では初心者向けダンジョンがあるため、領地の子供達の殆どがダンジョンに入る。だから、成人前には冒険者ギルドに登録するそうです。

 ギルドカードは身分証明書にもなるし、銀行口座の代わりにもなるからね。

 お母様も例に漏れず、成人前にダンジョンに入るために冒険者ギルドに登録していて、情報はいつも冒険者ギルドでとっているそうです。ギルドでは護衛などの依頼もあるから、各地の情報が入りやすいよね。でも、私とお母様だけならともかくアルボ達もいるから、あまりに酷いところだったら困るね。皆の生活がかかっているからね!

 早めの夕食後入浴を済ませ、私は一足先にベッドの上にいます。あっ、まだまだおやすみの時間じゃありませんよ!

 手にはお母様のギルドカードを持っています。見せてーとお願いしたら、貸してくれました。

 見た目はゴールドのクレジットカードのようですが、クレジットカードよりはやや大きく少し分厚い。カードから浮き出るように赤黒い文字で名前と所属ギルドとランク、そしてカード番号と思われるものが書かれています。文字の大きさもちょっと大きい。

 聞いたところによると、錬金術に使う釜のような物があって、そこに一部のダンジョンから取れる特殊な石を砕いた物と魔石を粉にした物とギルドカードを作る人の血を一滴入れると、あ〜ら不思議カードができあがるそうです。

 ちなみに、商業ギルドのカードはプラチナ色らしい。

 依頼を受けている人は正会員のゴールド色、口座のみの使用の人は準会員の黄色、依頼を一年以上受けておらず口座も使っていない人はから会員の白色と、カードの色がかってに変わっていくらしい。商業ギルドのカードは、プラチナ色→灰色→白なんだそう。

 また、ある一定の年齢に達した子供がアルバイトをかねて見習いとしてカードを作る場合は予備会員の黄緑色になるらしい。商業ギルドではそら色なんだって。そして実は、もう一つのカードが存在するんですよ。そのカードの名前はパレスカード、王都の宮殿や貴族のお屋敷で働く人達のカードらしいです。

 ちなみに、お給料は振り込みらしいですよ。うちのメイドさん達も持ってるんだって! 女性はピンク、男性はブルーで、お勤めを辞めると色無しの透明になるんだって。

 固さは、カ・タ・イ。何これ、噛んでみていい。思わず口を大きくあけると


「グルナ、ばっちいから食べちゃ駄目」


 と、お母様に言われちゃいました。


「あい」


 しょうがない、噛んでみるのは諦めよう。お母様にカードを返そうと差し出すと


「いい子ね、はい」


 と、食堂でもらったボーロのようなお菓子を渡されました。

 わ〜い♪ 食べていい、お母様。食べちゃいますよ、いただきまーす。あ〜ぁ、うまうまですー。

 お母様達は今、部屋でテーブルを囲んで明日の話し合いをしています。そこでボソボソとコーメンツ辺境伯領の街の名前がでてくるのだが、う〜ん、どこかで聞いたことがあるようなないような……。

 うとぴお、ウトピオ、う・と・ぴ・お。なんだったかなぁー、あっ! そうだよ! ウトピオだよ!


「りちょうきょう」


 そう、エスペラント語で理想郷のことだ。前世、友達の趣味のサークルの名前が理想郷、ウトピオだったんだよ。

 この世界にエスペラント語はないけど、奇しくもお母様の故郷の街の名前が理想郷、ウトピオだなんて。

 理想郷、そんな素敵な名前の街なら、ぜひ戦後の苦難を乗り越えていい街になって欲しい。どんなところなのか楽しみだね。









 うん、楽しみだね。そんなことを思っていた時もありました。そう、昨日のことだよ!


「にゃんにも、にゃい」


 ぺルルに抱っこされて乗合馬車を降りたのはいいけど、辺りは見渡す限りの荒れた赤茶けた大地。この世界は雑草もあまり見ないと思っていたけど、何これ。

 ここの街は、大型の乗合馬車がとおれる程の道が整備されていないため、街の少し前で降りてそこからは歩いて街に向かうと言っていた。馬車は私達を下ろしたらすぐに隣の領地に向かい、そこが乗合馬車の終点になるらしい。

 皆でトボトボと歩いて街に向かう。私、私は相変わらずぺルルに抱っこされたままだよ。2歳だからね! 歩くの遅いからね! 途中、小さな畑や何かの木がそれなりにある場所もあり古びた家もあったけど、人気ひとけはなさそう。

 街に入ると何人かの街人とすれ違いましたが、皆痩せてはいないが顔色は悪く活気がない。どこか疲れはて、下を向いた人ばかりです。この街は、いったいどうなっているのでしょうか。

 街をとおり抜け小高い丘に向かう道に出ます。丘の上に大きなお屋敷が見えます。あれがお母様の実家でしょうか。私が生まれたときにはお祖父様もお祖母様も王都まで会いに来てくれたそうですが、なにぶん覚えてないもので今回初めて会います。お祖父様とお祖母様どんな人かな、いい人だといいなぁ。

 あっ、丘からお婆さんが荷物を抱えてこちらに来ています。足どりが重そうだけど、どこか悪いところでもあるのかな。

 その後ろから10歳くらいの男の子がついてきています。そして、お婆さんにぶつかりました。お婆さんが倒れて、男の子はお婆さんが抱えていた袋を掴みとり走って……逃げました……。


「ど、どりょぼょーーー!!」


 そう泥棒です、子供の!








********


一口メモ


エスペラント語→日本語


ウトピオ→理想郷

コーメンツ→始まり

コメルティスト→商人

アルボ→木

マーロ→海



フランス語→日本語


グルナ→ガーネット

コライユ→珊瑚

アンブル→琥珀

グリシーヌ→藤

シプレ→糸杉

ぺルル→真珠

ジャッド→翡翠

リュビ→ルビー

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