第13話 幼女と僕。

「......ちは........んい.......か......」




 笹川家宅の外からかすかに誰かの声が聞こえる。ナオトも一応は耳に入っていたのだが、自分には関係ないだろうと気にすることなく眠りにつこうとする。すると、今度は家のインターホンが鳴る。




「ピンポーン」




 笹川家のインターホンが押されたということは、外の声の主は自分か家族の者に用があるのかもしれない。まだ眠る前だったのでもぞもぞと布団から出ると、部屋を出て玄関へと向かう。




「今日は郵便が来るとか聞いてないけどな~」




 なぜこのタイミングで来客があるのか疑問に思いながら階段を下りていると、先ほど聞こえた声が少しだけはっきりと聞こえるようになった。




「...んにちは!!ひ..ろ..くんいらっ.....すか....」




 聞き取れた内容から推測するに、ヒロトのことを呼んでいるようである。だがここは笹川家だ。ヒロトの自宅は隣である。きっと間違えて来てしまったんだろうと思ったナオトは、階段を下りてからリビングにいるヒロトに声をかけた。




「ヒロトー、たぶんお客さんだぞー」


「知ってる。さっきからずっと僕のこと呼んでたから」


「鮮やかな放置プレイですねこの確信犯は」




 ヒロトはリビングで一人、ブロックのおもちゃで遊んでいた。来客があった場合、勝手にドアを開けたらいけないなどの注意はしていないので、正直なところこの幼稚園児ならある程度の対応はできるだろう。だがしかし、さすがにそれは良しとされるものではないので来客があった場合にはナオトを起こすように言ってある。




「でもヒロトのお客さんでも一応起こしに来てくれないとダメだぞー」


「いや、多分コレは放置していい人だと思うよ」


「?」




 ヒロトの言う意味がよくわからないまま玄関に到着したナオトは、サンダルを履いてドアを開けようとすると、




「こんにちは!!ヒロトくんいらっしゃいますか!!」




 やっとはっきりと聞き取れたその内容は、やはりヒロトに対しての言葉だった。




「はいはい、今開けますよ~」




 そういいながらドアをあけると、そこにはピンク色のスモックを着て黄色い帽子を被った小さな女の子が一人立っていた。ここでナオトの謎がすべて解ける。




「ああ、あやのちゃん」




 ヒロトを外から呼び続けていたのは、ヒロトのお隣さんにして笹川家からは竹下家を一つ挟んだ向こう隣に住んでいる、ヒロトと同い年の女の子、『林辺 あやの』だ。


 この子ならヒロトが笹川家に預けられていることを知っているし、ヒロトを呼びに来たのも納得がいく。というのも――――




「あ!ナオトお兄ちゃんこんにちは!!」


「こんにちはあやのちゃん、ヒロトに会いに来たの?」


「うん!!」


「そうなのか、ヒロトは今リビングで遊んでるけど呼んでくる?」




 ナオトがあやのにそう尋ねると、前と同じようにリビングからやってきたヒロトが、




「帰って」




 出会い頭にあやのにむかってとんでもないことを言い放つ。




「ヒロトくんこんにちは!!一緒に遊びましょう!!」


「だから帰って」




「ひどい......」




 ヒロトは相手の言葉に耳も貸さずにただ帰るように告げると、またリビングへと戻っていった。そんな対応をされたあやのは、今にも泣きだしそうである。




「ヒロト!そんなこと言わないで遊んであげろよ!!」


「ヒロトもきっと照れてるんだよ、だからあやのちゃんも泣かないで、ね?」




 間に挟まれたナオトは泣き出しそうなあやのを見て内心焦りながらも笑顔で慰めつつ、頭をなでてやる。




「わたし、やっぱりヒロトくんに嫌われてるのかもしれない......」




 歴戦の勇者であるナオトから言わせていただけば、ヒロトのこの行動に好き嫌いなどという感情はない。ただそこにあるのは『めんどくさい』という感情だけである。さらにいわせていただくと、この程度は序の口どころかまだスタートラインにすら立てていない。そしてまだまだ言わせていただくとこんなこ(ry




「そんなことないって!!ほら、あやのちゃんも上がっていいから、三人で遊ぼう?」


「うん......」




 少しだけこぼれかけていた涙を手のひらでぬぐったあやのは、まだしょんぼりとしたまま家に上がった。




「おじゃまします......」


「はい、いらっしゃい]




 とりあえず事なきを得たナオトは、気づかぬうちに額から流れ出ていた汗をぬぐい小さくため息を吐く。




(とりあえずは何とかなったけどどうしたもんか......)


(ん?ていうか待てよ?)




 ここで一つ、ナオトはあることに気づく。




(これってもしかして事情を知らない人から見たら相当まずい光景なんじゃないか?)


(血縁者でもない23歳フリーターが、真昼間から白昼堂々幼稚園児を家に招き入れている......しかもそのうちの一人は『幼女』だ!!)


(これは俗にいう立派な『事案』というやつなのではないか....!?)


(まずいぞ...もしあやのちゃんがここから帰った後に、「お兄ちゃんが色々楽しいこと教えてくれた~」なんて言ってみたり、この後ヒロトに泣かされたりなんかして目に泣いた後なんかが残ってしまった暁には、善良な一般市民ならまだしも懐疑心の強い人種や変態紳士には間違いなく疑いの目をかけられる......!!)


(まずい.....どうしたものか....これは非常にまずいぞ......)




 そんなことを一人でもんもんと考えていたナオトであったが、




「お兄ちゃんも早く行こう.....?」




 ヒロトが怖くてまだリビングに入れていないあやのが、こちらを見てナオトを呼んでいる。天使だ。




「そうだね、ごめんごめん....」


(そうだよ、何を考えていたんだ俺は....俺はただ普通に二人の相手をするだけでやましいことなんて何もないじゃないか........)


(大丈夫.....俺は大丈夫だ.....!!)




 ご乱心のナオトであったが、自分にそう強く言い聞かせてリビングへと入る。




「ヒロトー!!今日は三人で遊ぼうな!!」


「疲れるから二人で遊んでて」




 それを聞いたあやのはまた泣き出しそうになる。




「違う、違うんだあやのちゃん!!ヒロトはあやのちゃんが嫌いだからい言ってるんじゃなくて.....」


「でも.....」




 なぜヒロトのことを必死に弁護しているのか自分でもわからなくなってきているナオト。




「ヒロトもあやのちゃんのこと好きだよな!!そうだよな!!!」




 必死にヒロトの口からフォローになる言葉を引き出そうとするナオトであったが、




「まあ兄ちゃんよりは」


「んんんん!!そうだよね!!!兄ちゃんよりもあやのちゃんの方が好きだよね!!!!!」




 あやのを泣き止ませるはずだったのだが、思わずナオトの涙腺が緩む。




「ほんと.....?」




 それを聞いたあやのは嬉しそうに曇りのないうるんだ瞳でヒロトを見ている。




「ほんとだよ」


「やったぁ!」




 事実の確認が取れたことであやのの顔は輝きだし、いつものようなニコニコとした顔に戻る。そしてヒロトのもとに近づくと、満面の笑みを浮かべて、こう言い放ったのだ。




「わたしもヒロトくん大好きだよ!」




 そう、今日あやのが笹川家を訪れた理由、正確にはヒロトのもとを訪ねて来た理由は、単純明快いたってシンプルで、あやのはヒロトのことが大好きなのである。ヒロトはそんな素振りをまだ見せたことはないが、女の子のほうが早熟と言われるように、恋愛心なども芽生えるのも幾分か早いのであろう。ここまでストレートに気持ちを伝えられる幼稚園児を見習いたい大人も少なくないのではないだろうか。


 ただ、そんな光景を後ろから見守っていたナオトは、自分よりも好感度の高いあやのと、そのあやのに惜しげもなく好意を寄せられているヒロトのちょっとした両想い状態を見て、敗北感、孤独感、虚無感に苛まれているのである。




「ハ.....ハハハ.......、兄ちゃん寂しい......」




 もぬけの殻のようになってしまったナオトが乾いた笑い声と心の声を漏らす。きっとアニメーションで描かれるとするならば、真っ白なラフ画のようなナオトがそこには居るだろう。


 ただ、そんなナオトであるが、やっぱり心の中を多く満たしていたのは、二人を見ていて生まれてきたほっこりとしたような心温まる気持ちである。




「さあ!誤解も解けたことだし!みんなで楽しく遊びましょうか!!二人は何がしたい?」


「おままごと!」


「キャッチボール」


「キャッチボールはやだ!!」




 自分が寝ることも忘れたナオトと幼稚園児二人組は、今日もそんな日常を送っていく。

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