第14話 タイ焼きと僕。
「あんことカスタードとお好み焼きを一つずつで!」
バイト帰りに朝から営業しているタイ焼き屋に寄ったナオトは、それぞれ違う種類のタイ焼きを三つ注文した。
「350円になります」
財布には100円玉3枚と、10円玉が.....ちょうど5枚あった。
「やった!!」
思わず声が出てしまったナオト。それを見たタイ焼き屋のお姉さんにくすくすと笑われてしまう。茶色い髪をポニーテールにして、その上から白い三角巾を被っている、少々ツリ目気味の猫のような目をした凛とした顔立ちの美人なお姉さんだ。
「すみません.....」
「いやいや、朝から楽しそうでいいですね」
ナオトは恥ずかしそうに謝ると、くすくすと微笑みながらそう返された。気恥ずかしさから黙り込むと、お姉さんもくすくすとした笑みを口元のみに抑え、注文通りのタイ焼きを作り始めた。とても楽しそうである。最初に取り掛かったのは、お好み焼き味。たぶん生モノによく火が通るようにだろう。すこし時間をあけて、あんことカスタードに取り掛かる。
バイト帰りにいつもと違う道で帰ろうと寄り道をしたところに偶然目に飛び込んできたタイ焼き屋。元々こんな場所にタイ焼き屋は無かった。というのも、このタイ焼き屋は車での移動販売をしているのである。どこかに腰を据えて店を構えているわけではない。
それにしても、こんな朝早くから移動販売とは珍しいものだ。
「あの、一つ質問してもいいですか?」
タイ焼きが調理される音のみ聞こえていた空間に、ナオトの声が混じる。
「なんだい?」
「どうしてこんな朝早くから営業なさっているんですか?」
ナオトの質問を聞いたお姉さんは、なんだか得意げにゆっくりと話し始めた。
「この時間だからこそできることっていうのがあってね?」
「もうそろそろこの辺に住んでいる出社時間が早めの人なのか、ただ会社が遠いだけなのかわからないけど、そういう人たちが家を出始めるんだ。そういう人たちは朝ご飯を食べられてない人が割といるらしいんだよ。だからここの匂いにつられて買って行ってくれる人が結構いる」
「時間がない人のために作り置きのタイ焼きを用意しておいて、要望があればちょこっと温めなおして渡してあげるとな、あの人たちはすごく喜ぶんだよ」
なんだか自分のことのように嬉しそうに話すお姉さん。
「それでな、そういう人たちがいなくなった後に家から出てくる人たちは、学校に行く学生とかなんだよな」
「あいつらも学校でおやつにでもするのかなんだかんだ結構買っていってくれた」
なんだかすこし感心したような懐かしんでいるようなお姉さん。
「まあそういう人たちのためにやってるっていうのもあるんだけど一番の理由は....」
「すみません」
ナオトの隣に一人の男性客が現れる。
「お好み焼き味を一つお願いしたいのですが、まだ出来上がってないですかね?」
噂をすればというやつで、少し急ぎ気味のそのお客さんは作り置きの有無を確かめる。
そのとき、ちょうどナオトがさっき注文したお好み焼き味のタイ焼きが出来上がったようで、お姉さんが少し申し訳なさそうにナオトにアイコンタクトをしてきた。ナオトもそれに感づき、やれやれといった感じで許容する。お姉さんはその申し訳なさそうな顔を営業スマイルに切り替え、朝の眠気が吹き飛ぶような晴れやかな笑顔で、
「ちょうど今一つだけ完成したんだよ!!出来立てホヤホヤですよ~?」
それを聞いたお客さんも少し嬉しそうに、
「ああ、それはどうも。ならそれを一ついただきましょう」
「150円になりま~す」
小銭を受け取り、タイ焼きを袋に包み丁寧に渡すと、もはや決まり文句のようなやり取りをする。
「ありがとうございました!!お熱いのでお気をつけて!!」
「はい、ありがとうございます」
そういって通勤ラッシュへと向かっていく男性の背中を見送る。
「悪いね」
「いえいえ、俺はお急ぎじゃないんでね」
まだ出会ってわずかしかたっていないはずの二人は、妙に打ち解けあい独特な空間を作り出している。太陽も目覚め立てのような光を放っているため、一層和やかな雰囲気が流れている。
「ちょっと時間はかかるけど、もう一回作り直すから待っててね」
そう言ってまた作り出そうとするお姉さんだったが、
「いいよ、また別のお客さんが来たときに、その人の分がなかったら可哀そうだろ?作るならその人のために作ってあげてください」
ナオトの言葉を聞いて少々きょとんとした顔のお姉さんは、あごを少しだけ引いてニヤッとナオトのほうを見ると、
「お兄さん、男前だね」
「それはどうも」
ナオトもお姉さんと同じニヤッとした顔で答える。
「ところで、さっき言ってた一番の理由ってなんなの?」
「ああ、それはね~、私は子供が好きなんだよ」
話していて分かった通り、少々『アネゴ肌』というやつに部類されるであろうお姉さんの口から、『子供が好き』という言葉が出てきた。アネゴ肌に母性という組み合わせから、『きっといいお母さんになるだろうなぁ』などと感心したナオト。
「だからね、学生たちがいなくなったころに家を出てくる小学生や、親に引き連れられて現れる保育園児や幼稚園児たちを見るのが、私の日課であり、癒しなんだ」
「しかもね?こんなところでこんな時間からやってるタイ焼き屋なんて珍しさの塊だろ?そうするとそういう子たちはこぞってこっちを向いてくれるんだ、中には手を振ってくれたり『お姉さ~ん!!』って呼んでくれる子もいるんだよ?」
出会ってから一番楽しそうに話すお姉さん。きっとほんとに子供が好きなんだろう。
「最初は思い付きで通勤前の人たちをターゲットにやるつもりだったんだけど、あの子供たちを見たら一瞬で気が変わってね。それから来られる日はここで毎日タイ焼きを作るって決めたんだ。まあ始めたのは最近だけどね」
「だから俺でも見たことなかったのか」
タイ焼き屋の正体?のようなものを知れたナオトは、お姉さんの言葉に癒されつつ、同時にヒロトのことが頭に浮かぶ。
「お姉さんってお昼頃はここにはいないの?」
「どうして?」
「実はお姉さんに会わせたくなったやつがいてね」
お姉さんはまたキョトンとした顔をして頭にはてなを浮かべている。
「お姉さんのために、現役バリバリの幼稚園児を二名ほど紹介できます」
あえていかがわしい言いまわしをしてみるナオト。そんな言いまわしのため、『ほほう....では....』などと寸劇が始まると予想していたナオトだが、その予想は外れた。
「ほんと!!!???ぜひ会いたいよ!!!いつ合わせてくるの???」
「あ、ああ多分平日ならいつでも来てくれると思うよ」
呆気に取られてしまったナオトは、少々動揺したものの返事をする。
「なら決まりだね!!これからずっとここにいるよ!お昼どころか夕方までやってるね!!」
「さすがに毎日は勘弁してくださいね」
またまたやれやれといった感じでお姉さんにツッコミを入れたころに、頼んでいた二つのタイ焼きが出来上がる。
「さあナオト!!お待ちかねのタイ焼きが出来上がりましたよ!!お熱いのでお気をつけて!!」
『幼稚園児二人』というのに興奮状態なお姉さんが向けてきたこの笑顔は、先ほどの営業スマイルではなくきっと心からの笑顔だろう。それよりも......
「ありがとう....って、ん?今ナオトって言った?」
不意に名乗ってもいない自分の名前を呼ばれてこれまた動揺するナオト。
「まだ気づかないの~?なら次来る時までに思い出しといて」
そういいながらウィンクをするお姉さん。ナオトの頭の中でぐるぐるといろいろなものが混ざり合っている。
「え、あの、えっと....え?」
「ほらほら!他のお客さんも来ちゃうんだから、ナオトはもうお帰りになってください!!」
終始ニコニコしているお姉さんが、まくし立てるようにナオトに言う。
「待ってるからね」
そう言って手を振りながらナオトを見送るお姉さん。その笑顔は、先ほどの無邪気な笑顔とは打って変わって母性を感じさせるものだった。ナオトもお姉さんとのこの雰囲気のまま、
(まあ、いいか.....)
「わかった、期待して待っとけよ?」
そう言ってタイ焼き屋を後にした。帰路に就いたナオトはあつあつのタイ焼きを頬張りながら、
「今度ヒロト達にも食わせてやらなきゃな」
そんなことを考えながら、一人夜明けの道を帰っていくのであった。
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