第12話 あいさつと僕。

「ふわぁ~~~.....」




 大きなあくびをしながら朝の道を歩くナオト。


 いつもどおり深夜のコンビニ勤務を終わらせて帰ろうと思っていたのだが、早朝のシフトに入っていた人が寝坊して遅刻したため、その人がバイトに来るまで早朝の業務も手伝うことになったのだ。いわゆる残業というやつである。




「深夜と違って朝のコンビニは混むからな~、あー疲れた」




 右肩に手を置き、ぐるぐると肩を回しながら小言を言うナオトであったが、家に近づくと見慣れた人影を見つける。




「いってきま~す」


「いってきます」


「ヒロト~、もっと元気よく言わなきゃダメよ~」


「いってきます」


「はい!よくできました!!」




(いや、変わってないだろ.......)




 おもわず心の中でツッコミを入れてしまったナオトであったが、そのツッコミをさせた相手と言えば、自宅に『いってきます』の挨拶をしている、これから幼稚園に向かうヒロトと、ヒロトを送った後に仕事へと向かうであろう竹下家母だ。


 ナオトの帰宅時間と二人の家を出る時間がちょうど重なったらしい。




「おはようございます」


「あら~!!ナオト君じゃない!!おはようございます」




 ナオトの挨拶でこちらに気が付いた竹下家母は、朝からハキハキとした声で深くお辞儀をしながら挨拶を返してくれた。バイトの疲れも無くなるような、朝からなんとも癒される萌え母である。




「ヒロトもおはよう」


「朝から兄ちゃんか....」


「ヒロトさんは朝から辛辣ですね!!!」




 夜勤に続き早朝の勤務までこなし、疲労が蓄積したはずの体でも、ヒロトの言葉には反射的に勢いの乗った反応ができるようだ。




「ヒロトも朝からナオト君に会えてよかったわね~」


「お母さんの目には何が写ってるんだろうね」


「そんなの、愛しのわが子と、お隣の頼りになるお兄さんに決まってるじゃな~い」




 朝一番のニヘラくねくねをいただいたナオトは、さらに『頼りになるお兄さん』などと言ってもらえたのだ。湧き上がる喜びと癒しに、こちらも自然と顔がニヘラッとしてくる。




(いやぁ~、やっぱヒロトのお母さんはいい人だし癒されるなぁ~)




 ナオトが緩んだ顔を露呈しながらそんなことを考えていると、それを見つけたヒロトがすかさず、




「あのー、そこの不審な方。うちのお母さんは幻覚が見えているようで『頼りになるお兄さん』が見えているようなのですが、どちらにいらっしゃるかわかりますかね」




 ヒロトの言葉にハッとして、顔を引き締めるナオト。




「ヒロトく~ん、その『頼りになるお兄さん』というのは紛れもなくこの僕のことだと思うのだけれど」


「いやいやご冗談を」


「ご冗談ではありません!!」




 そんな二人のいつも通りのやり取りを見ていた竹下家母は、




「やっぱりナオト君に会えて嬉しいんじゃない」




 そう言いながらヒロトの頭を優しくなでる。




「いやだからべつにそういうわけじゃ」


「もお~、素直じゃないんだから~」




 最初の挨拶をした時よりなんだかご機嫌な竹下家母である。




「それじゃ~、私達はそろそろいくわね。ナオト君、お仕事お疲れ様です」


「ありがとうございます。お母さんもお仕事頑張ってください」


「あらやだぁ~、ヒロト聞いた?今ナオト君が『お母さん』って呼んでくれたわ~」




 ナオトの『お母さん』という言葉に嬉しくなった竹下家母は、頬に手を当てくねくねしだした。




「いいからいくよ」




 そう言って母の手を引っ張り歩き出そうとするヒロト。




「それでは、いってきます」


「いってらっしゃい」




 竹下家母の『いってきます』を笑顔で手を振りながら見送るナオトに、




「いってきます」


「おう!ヒロトもいってらっしゃい!」




 遅れてきたヒロトの『いってきます』も元気に返し、朝の小さな幸せにむかって力強く親指を立て、二人を送り出すナオト。




「たまには、こんな朝もいいもんだなぁ」




 二人が見えなくなると、自宅の玄関の鍵を開けて家に入る。




「ただいま、我が家」




ナオトも、だれが聞いているわけでもないけれど、自分の家にむかって挨拶をする。そして、靴を脱いで家に上がった瞬間に、自分が疲労の塊だったことを思い出す。




「とりあえず、お布団」




 居酒屋の席での第一声のような言い方でそう呟いたナオトは、のそのそと階段をのぼって行った。おやすみなさいである。

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